4-5 北プリン山脈にて
二人は『突撃アイスマン』を横に倒して麓へ向かって転がす準備をした。
「ルチカ。準備をしてくれ」
「ほーい!」
ルチカはドラゴンに変身した。
マトは『突撃アイスマン』を押して坂の上へ転がした。
始めはゆっくりゴロゴロと転がりだすと、少しずつスピードを上げていった。
ルチカは飛んで突撃アイスマンを追う。
マトは遅れて突撃アイスマンが通ったルートの安全を確認しながら下り始める。
突撃アイスマンが麓のボス部屋に突撃したり、転がる途中、雪崩を引き起こしたりしないようにルチカはいつでも突撃アイスマンに炎魔法をぶつけられる準備をしてマトよりも前を飛ぶ。
突撃アイスマンは「ガシャン!」「バキッ!」「ズドン!」などと音を立てて転がる。
それを聞いてマトは(やはり何かありそうだな)と警戒をした。
しかし、警戒が意味をなすことはなかった。
なぜなら、筋肉達磨蛙が仕掛けた罠は罠ではなかった。
彼ら筋肉を筋肉たらしめている、お菓子を利用した筋トレマシーンが、そうとは知らないマトを襲う。
マトが突撃アイスマンを追って下っていると、平らな場所が途中であった。
マトは特に気にせず、平らな場所に足を踏み込んだ。
その瞬間、マトは走りながらも全く前へ進まない現象に見舞われる。
(な、なんだ⁉ いくら走っても進まない! 確かに走ることはできている。なのにその場からは進めない。いや、進まないようにできているかのように・・・これは?)
マトはある衝動に襲われる。
それは急に頭に浮かんだ『ある言葉』を言いたいというものである。
(いったいなんだ! この言葉は!)
今は任務中だ。それに集中しなければいけない。
それでもマトは『ある言葉』が頭から離れなかった。
マトはついに我慢できなくなった。
マトは言う。
「俺はこの走っても走っても前に進まない、だが、実際に移動を必要としないで足腰を鍛えることができるこの現象に名前を付けなければならない! そうこれは『ランニングマシン』だ!」
やっと『ある言葉』を口にできたマトは安心してそのまま走るのをやめた。
すると、そのまま滑って平らな場所から下りることが出来た。
マトが「ふう」と一息ついていると「マト! 危ない!」とルチカの声が聞こえた。
顔を上げると目の間に突撃アイスマンが飛んで来ていた。
「うわーー‼」
マトはなすすべなく、腕で頭をガードしているとルチカが炎魔法で突撃アイスマンを溶かした。
「大丈夫? マト」
「大丈夫だ。一体何があったんだ?」
ルチカは山の下の方にある大きくそして、少しネバついたあるものを指さす。
「アレに引っかかって、突撃アイスマンが跳ね返されたんだよね」
それは筋肉達磨蛙達が噛んだガムを集めて作った筋トレ用のゴムだった。
「そうか。筋肉達磨蛙はあれでインナーマッスルを鍛えているのかもな」
納得するマトにルチカは言いづらそうに「もう一つ、大変なことが・・・」
「ん? なんだ?」
すると背後からダゴンダゴンと音を立てて何かが転がってくる音がした。
マトは振り返るとそこには麩菓子の両端にベイリア石を付けた巨大なダンベルが二人目掛けて転がって来ていた。
「なんだあれ‼」
「突撃アイスマンがなんかスイッチを起動させたみたい!」
二人は急いで麓目掛けて走り始めた。
もう罠を気にしている余裕はない。
二人は追いつかれないように必死に走った。
その途中またもあることが気になった。
(麩菓子にベイリア石なんて重い魔物付けたら簡単に折れるだろ!)
しかしマトは気付く。
(まさか、麩菓子を食べた時、誰もが思うアレを実践しているのか? 『麩菓子を握りつぶして極限まで圧縮すれば、めっちゃ固くなるのでは?』というアレを! アレを実践して作ったのか! 筋肉達磨蛙は!)
マトがそう感銘を受けているとルチカが言う。
「ねぇ! アレの真ん中の棒は麩菓子でしょ! なら炎魔法で溶かして砕けるんじゃない!」
マトは悩む。
(しかし、俺達の夢。めっちゃ固い麩菓子がそう簡単に砕けるだろうか! 炎を放つということはいったん立ち止まらなければならない。そうなればダンベルとの距離が縮まる。危険ではないか? 相手はあの圧縮された硬い麩菓子だぞ!)
マトが考えに耽っているとルチカが急かす。
「ねーえー。いいでしょー?」
マトは麩菓子の棒を惜しみながらも言う。
「わかった・・・やってくれ・・・」
ルチカは口から炎を吐いて麩菓子の棒の真ん中を砕いた。
するとダンベルは二つに分かれて二人のサイドに落ちて雪崩を引き起こした。
ルチカは飛びながらマトをつかんだが、二人はダンベルと共に雪崩に巻き込まれて山の麓にあるボス部屋の前まで転がり落ちた。
「ぐっ、いたたた」
マトは起き上がり、人間の姿になって倒れているルチカを抱える。
「大丈夫か? ルチカ」
ルチカはスッキリしない表情で目を覚ます。
「う~ん・・・さみぃ」
ルチカが無事で安心しているマトのところへオサトが飛んでくる。
「おっふたりさーん! お元気ですかぁ!」
オサトはニヤついた表情で二人に話しかける。
マトは怒った声で「これで満足か?」と言った。
オサトは悪びれずに「はい! 大満足です!」と応えた。
マトはナイフを取り出してオサト目掛けて振るう。
オサトは「うわぁ!」と言って避けると「まあまあ落ち着いて。僕なんかの相手している場合じゃないですよ」と言って二人の背後を指さす。
マトは振り向くと筋肉達磨蛙が十数匹各々お気に入りの筋トレ道具を持って集まってきていた。
マトはルチカが動けるか確認する。
しかし、ルチカはまだ動けないようで「う~ん。鼻がムズムズするよぉ」と言った。
筋肉達磨蛙達はボス部屋への道を塞ぎ、二人が逃げないように囲もうとオサトの方へ向かって来ている。
それを見たオサトは「じゃあ、僕は邪魔みたいなので帰りまーす!」と言って踵を返したその時、ルチカが言う。
「なーんか鼻がムズムズするんだよねぇ」
マトは「ルチカ大丈夫か?」と心配するとルチカは「だい・・・だい・・・だ・・・」と大きな口を広げ「ぶやっくしょーーーーーん‼」と力いっぱいのくしゃみをした。
そのくしゃみはくしゃみと呼ぶには余りにも激しく荒々しい風を巻き起こし、そのままオサトにぶつかり、オサトを南プリン山脈まで吹っ飛ばしてしまった。
マトは言う。
「なんだ今の威力!」
ルチカは飛び上がって「風魔法だ! 人間の姿で風魔法が使えたんだ!」と言って喜びの表情を浮かべた。
しかし、喜んでいるのは束の間。筋肉達磨蛙達に囲まれてしまった。
ルチカが強気に前へ出たのをマトが静止して筋肉達磨蛙達に言う。
「お前ら今の見てなかったのか? お前らも吹き飛ばしてやろうか! 火で燃やしたっていいんだぞ!」
オサトを吹き飛ばした風魔法を見ていた筋肉達磨蛙達は後ずさりした。
いくらオサトが小さくて軽くても筋肉達磨蛙でもただじゃ済まない。
筋肉達磨蛙達が少しの間硬直していると、筋肉達磨蛙達の背後から二回りは大きい筋肉達磨蛙が現れた。
それを見て部下達は膝をついて礼をした。
(あれがボス・・・)
マトがボスの動きを見計らっているとボスは二人の目を見た後、踵を返し家へ向かって歩き出した。
(ついて来いってことか・・・)
二人はボスの後を追ってボス部屋の玄関前まで来た。
「でっか!」
遠くで見るよりもボス部屋は大きかった。
ボスが低い声で「ケロ」と言うと玄関の扉を開けてボス部屋に二人を入れてくれた。
部屋の中は広く、まるで貴族が住むような家だった。
二人は玄関で部屋を見渡しているとボスは部屋の中に入って行く。
すると部屋の奥から胸元が大きく開いた赤いドレスを着たエルフが笑顔で走って来た。
エルフはボスにハグをして言う。
「ケロリン! おかえりなさーい! 早かったわね!」
「ケロケロ」
「うんうんそうなんだ! ぜーんぜんっ何言っているのかわかんなーい!」
エルフはとても上機嫌で魔物の世界に閉じ込められているとは思えない様子だった。
マトは言う。
「あ、あの! エンリさんですよね?」
エルフは玄関にいる二人に気付いて暫く眺めてから、全てを理解したのか「見廻隊の方⁉」と言った。
「そうです。エンリさん捜索任務でここまで来ました」
エンリは手で口を押さえて申し訳なさそうに「ごめんなさい! 私ったら! でも、手紙は残したと思うのだけど・・・」
「ええ。先ほど見つけました。綿菓子の雲に引っかかっていたみたいで見落とされていました」
エンリはまたもショックを受けたようで再び謝罪の言葉を口にした。
マトがこれまでの経緯を話そうとすると何故か不機嫌なルチカが「いつまで玄関で話すんじゃーい!」と叫んだ。
マトとルチカは応接間に通されると暖かい紅茶を出された。
エンリは三層に来た理由を話した。
エンリはマナを過剰に取り込みやすい体質で一週間前にお菓子のダンジョンに潜った際、マナの取り込み過ぎで体調を崩してしまった。
そこへ、筋肉達磨蛙のボスが現れた。
普段は三層に住んでおり、下には降りてこないがマナが集中している場所を感じ取り、降りてきたのだった。
筋肉達磨蛙は魔物であるため強くなるには、マナが多く必要で
筋肉達磨蛙のボスは筋トレにマナが欲しかったのだ。
筋トレをすることで体力も減るため、効率的にマナを取り入れたい。
マナ抜きを必要とするエンリと利害が一致したのだ。
ボスは無理強いをするつもりはなかった。
そのボスの優しさがエンリに伝わり、三層に行くことを決意して手紙を置いて行った。
ボスは紳士的にエンリを扱った。
エンリをお姫様抱っこで三層まで運び、魔物からも守ってくれたため、エンリは何も苦労しなかった。
マトが説明に納得しているとエンリの姿を見てからずっと不機嫌なルチカが席から立ち上り、エンリのもとへ行く。
「ルチカ。どうした?」
仏頂面のルチカはニコニコするエンリの前へ立って言う。
「なんだ! 一週間も遭難騒ぎ起こしといて! このたわわに実ったぺぇは‼」
そう言うとルチカは、ぺちんっとエンリの胸を叩いた。
「お、お、おい! ルチカ何をしてんだ!」
ルチカは「ムカつくから殴ってんだよぉ~!」と言って「このぉ! このぉ!」と再び叩く。
エンリは申し訳なさそうに
「すいません! すいません! 折角苦労して見つけてくださったのに、ルチカちゃんより何倍も巨乳ですいません!」
その言葉が更にルチカを怒らせた。
「このデカ乳バカエルフ!」
エンリは本当に申し訳なさそうに言う。
「すいません! 胸が大きいと凄く肩がこるんですけど、ルチカちゃんにはわからない悩みですみません!」
ルチカは炎を吐く勢いで「ぐおーーー!」と叫んだ。
マトはルチカの肩に手を置き「もうやめておけ。ルチカじゃ勝てない」
そう言われると、ルチカは「えーん」と言って応接間を出て行った。
マトは「帰りましょうか」と言うとエンリは「はい」と返した。
マトとエンリが玄関の前に行くとルチカがボスと話をしていた。
ルチカは大きな体をしたボスを見上げて言う。
「おい! どうやったらそんな体デカくできるんだ?」
ボスは低い声で気前よく応える。
「ケロケロケロ。ケロケロ」
ルチカは「なるほど」と言ってメモを取る。
エンリがマトに言う。
「ルチカちゃんはケロリンの言葉わかるの?」
「わかるよ。ドラゴンと人間の間から生まれた子だからね」
「へぇ。珍しいですね」
マトはルチカのもとへ行き、声をかけた。
「珍しく勉強熱心だな」
しかし、ルチカは不満げな表情で言う。
「だめだ。こいつケロケロしか言わねぇ」
「通じ合ってたんじゃないのか・・・」




