ふたもじいのり!(ひぐらし令SS)
※ 本家『ひぐらしのなく頃に令』を参照した、ファンによる非公式の二次創作SSです
※ 本家『ひぐらしのなく頃に令』の解答編『色尊し編』の内容を含みます(犯人バレはありません)
※ このSSは『色尊し編』3巻までを読んだ上で書いたものです
※ 最下部がこの話の結末なので、ページめくりにお気をつけください
[ 登場人物等 ](本家読者は読み飛ばしてOK)
□ 朏依乃里 (みかづきいのり)・・・ 中1。他人におびえる長い黒髪のポラリス会員。
□ 一色くるる (いっしきくるる)・・・ 中1。元気にふるまうピンクのツーサイドアップのポラリス会員。会の自警団に属し、子供の会員達のフォローをする。
□ 聖母さま ・・・ ポラリス家族の会の主宰。白く宗教的なローブをまとう。
□ ポラリス家族の会 ・・・ DV被害者の保護団体。会員全員を家族とし、それ以外とのコミュニケーションを断ち、心穏やかな暮らしをもとめる。雛見沢村の奥を洋風に改築し農業生活。
私くるるが依乃里の部屋に入ると、ベッドで体を起こした依乃里が、気恥ずかしそうにふとんの端をぎゅっとにぎる。
「くる……?」
……これは一緒に寝ようと誘っているのではなく、私の名前を呼んだだけなので、カンチガイしてはならない……!
── もし突然人が、ひらがな2文字しか喋れなくなったら。
依乃里がそうなって、2日目のお見舞い。
そろそろ私にも何かできないかと考え、今日学校の購買で、"単語カード"を買ってきた。小さな厚紙がリングで束ねられている、英単語を覚える時とかに使うやつだ。
ネームペンで[くる]と書いたカードを表にし、名札のように依乃里に見せつけた。
「正解! くるるでっす! 依乃里、これでいっしょに探し物を見つけに行こう!」
── 聖母さまは私たちに、このようにお示しくださった。
『これは依乃里ちゃんの魂の、不思議な探し物かもしれません』と………。
今日の学校のプリント類を依乃里に渡す。板書したノートはすでに写真で送信済み。
「あり………、………っ」
……ひらがな2文字ずつしか喋れないって謎現象すぎるけど、相当きついよね……。ひとまず依乃里には学校を休ませてる。その他に異常がないのが救いか……。
……おとといの夜のこと、
依乃里はふとんの中で過去のトラウマが蘇り、
「いや」って言葉を、繰り返し繰り返しつぶやいていたらしい。
そのまま眠りについたからこうなったんだと思うと、昨日メッセージアプリのやりとりでおしえてくれた。その後、私と依乃里と依乃里のママの3人で、聖母さまのもとへご相談に伺ったのだ。
『なんとおいたわしい……依乃里ちゃん……』
『それこそ、このポラリス家族の会での暮らしで、まずは心身ともに休めてください』
『これは依乃里ちゃんの魂の、不思議な探し物かもしれません』
『心優しい依乃里ちゃんなら、必ず素敵な星のお導きがあることでしょう』
そのように聖母さまはおっしゃった。
「そう、探し物……。入口の反対に出口があるよね。もしかしたら、入口が『いや』の2文字だったなら、その反対にあたる2文字を探す旅なのかもしれない。わざわざ道が2文字に限定されてるわけだしさ。『いや』の反対……。その"解答の2文字"を胸に眠り、明日を迎えることで、今度はこの不思議現象から抜け出せるのかもしれない」
………………。
……2人して考えこんで、部屋がシンとしてしまう……。
「……あれ?『いや』の反対の2文字ってなんだろ……? 意外と思いつかないかも……?」
「あう………」
「うひひ、聖母さまが、依乃里は心優しいから星回りがいいってさ☆ だから心配しなさんなっ」
単語カードは、日常で使う2文字の言葉がパッと出てくるように買ってきた物だけど、これが2文字探しにも役立つかもしれない。今はまだ2人の名前の『いの』『くる』しか書かれてないけど。
50音表の総当たりを脳内でしてみる……けど……、2文字の単語ってそんなに無いんじゃ?
「……あ、ふと思ったんだけど、小さい文字ってどうなるんだろ? たとえばさ……なんかいい例ないかなぁ……、そだ、『わん』は普通に言えるとして、『にゃん』はどうなるんだろ?」
依乃里が小さな唇を動かし、発したかわいらしい声が耳朶を打つ。
「にゃん………」
あ"……っ!!
破壊力……ッ!! そ、そんなつもりじゃ全然なくて、(にゃんって言った!!)なんか意図せずして悪い事してしまった感というか、(依乃里がにゃんって言った!!)すごい"聞いてしまった感"というか、(レアボイスだ!!)本当にパッと出た例がこれだっただけでぇ、(生ASMR!!)うれしいけど罪悪感ーーっ!!(やばいシチュボ脳に刻まれたぁーーっ!!)
……じゃなくてじゃなくて、
「へ、へぇ~! にゃにゅにょみたいなのは1枠判定なのかぁ~、オッケ~。……あ、単語カードにさ、遊びで『わん』も『にゃん』も書き足しちゃおって思ったけど、パパが言ってた言葉思い出したよ」
「なに?」
「えーっと、"がーびっじ いん、がーびっじ あうと[Garbage In, Garbage Out.]"ってやつ?」
「……ゴミ……」
「2文字問題のつもりはなかったけど正解!!(ゴミも別ジャンルのレアボイスでは!?)『ゴミを入れればゴミが出てくる』って意味らしーね! 元々はコンピューターの、入力と出力の言葉なんだってさ(てかパパなんでこんな言葉……?)」
「へえ」
「ゴミな入力はゴミな結果を招く!!『にゃん』めちゃくちゃかわいかったけど、この単語カードは普段用にするから特殊な言葉は………ってあれ? 依乃里?」
ぷしゅーー………!!
なぜか蒸気音が依乃里からするので見ると、依乃里が顔を真っ赤っかにしていた。
「あう……あう……あう……あう……」
へ……? あれ……?
依乃里が『あう』しか言わなくなっちゃった………こ、これは……!!
「ダブル発症!!?」
あうあう言っちゃうのとの………ダブル発症………!!
……ではないらしく、単に恥ずかしがってるだけのようで、顔のほてりがひくまで続いた。
「あう……あう……」
あくる3日目のお見舞い。今日は大事な話を持って来られるようになった。
「学校のことなんだけどさ……、依乃里の体調や気分が向いたら、いつ来ても大丈夫だってさ。元々ポラリスと共学だから、喋れないことは気にしなくていいって」
「………………」
しばらく考えこんだ依乃里が、
口を開いて紡いだ、2文字ずつの言葉に驚かされた。
「………………あす………………いく………………」
……すごく勇気のいる発言だったと思う。
たぶん、休んでいる間も考えてくれていたから、すでにこの返事に至ってるんだ……。
依乃里の手を握る。
「学校でも私が一緒だから!!」
「くる………」
依乃里への応援も込めて、単語カードの進捗をお披露目する。
「ポラリスだからどのコミュニケーションも必要ないんだけど、『嫌がるとき』と『助けを求めるとき』の言葉は最低限用意しておきたくて、まっさきに3つ、単語カードに書いといたんだ」
① 嫌がるとき/助けを求めるとき → 『いや』『やだ』『だめ』
② うれしい/ありがとう →
③ かなしい/ごめんなさい →
④ あいさつ/入退室 →
⑤ トイレ/保健室 →
「わあ」
「②~⑤は、次に挙げるならここら辺かなってくらいだからあまり気にせず、とりあえず①だけでいーよ。じつは②~⑤も言葉は考えてあるんだけど、考えてるうちに自分の中で1つ、ある問題定義が生まれて、ちょっと保留中」
「うん」
「ま! なんかごちゃごちゃ言っちゃったけど……」
「?」
「ちなみにこれ全部、『やば』でいけまーーっす!!☆」
① 嫌がるとき/助けを求めるとき →
② うれしい/ありがとう →
③ かなしい/ごめんなさい → 『やば』
④ あいさつ/入退室 →
⑤ トイレ/保健室 →
「!?」
「『やばいって日本語の汎用性がやばい!』って記事、見たことあるくらいだもん!」
依乃里があうあうと首を横に振る……。
「ごめんごめん、そんなキャラじゃないよね。でも困った時はとりあえずこれでOKなんだけどなぁ~。……あ、なるほどぉ、依乃里向けの便利ワードを考えればいいのか!」
「うん」
「オッケ~。まだ考えようはあるわけね……。相づちのパターンも単語カードに書いときたいな」
「うん」
「あ、①のうち『だめ』なんかは、可愛げも出したいときに使ってよ。他と比べて傷つけたりしなさそーだし」
「うん」
「とりあえず前原センパイには何言われても、『いや』『やだ』『だめ』でOKですぅ!」
「はい」
「この子まさかすでに……『うん』と『はい』を便利ワードとして使いこなしてらっしゃる!? おそらく『うん』と『はい』で数多のシチュエーションを切り抜けてきた猛者だ………面構えが違う」
帰り際、依乃里に単語カードを手渡した。
まだ大してできてないけど、勇気をふりしぼるであろう、明日の再登校のお守りとして。
お守りは大事だから……。これも今の依乃里の、新たなお守りになりますように……。
……でもこの単語カードは、対症療法であって原因療法ではない……。依乃里の魂が探す2文字を見つけないと、この不思議現象は終わらない……。
ん~……。『いや』の反対の2文字、簡単そうで意外と難敵なんだよな~~……。
もうすぐ3日目が終わる。2文字の単語なんて限られてるし、そろそろ見つかりそうなもんだけど。2晩たってもその2文字がまだ依乃里の中に訪れていないとしたら、そんな珍しい2文字だったりするわけ………?
翌日も依乃里の2文字縛りは続いていた。
依乃里の登下校は、私を送り迎えするパパの車に一緒に乗せる形となった。登校時から付き添っておきたいのと、依乃里のママを休ませたい気持ちからだった。
……車が学校の駐車場出入口を抜ける時、
依乃里が隣の私だけに知らせるように、小さく学校の外を指さした。
それが何を指しているのか………すでにそっちを睨み続けている私には分かっていた。
── 雛見沢のおじさんおばさん4人が、世間話か何かしながら、向かいの道路脇からこの駐車場の中を見ていた。
……あそこはもう定位置ってカンジですぅ。
近ごろ、嫌がらせ問題などで疑念視されている、ポラリス家族の会。
雛見沢の人たちがポラリスの人たちを見ようと思ったら、どこへ行くか?
ポラリスの人たちは車移動。村の奥で農業生活をしている。外出も好まない。だから人数はいても、普段なかなかお目にかかることはない。
かといってポラリスの集落に近づくのは、不干渉のお触れにそむくことになる。
いつもの登下校時間の車の行列、あれで気づいてしまった。
"学校の駐車場に行けば、ポラリスの大人も子供も見られる"と。
村で口づてに広まって、家族友人誘い合わせで、代わるがわる見に訪れる。
車から降りた後、昇降口へと向かいながら、依乃里と話をした。
「たぶん……べつに怒られてもいいって思ってる。ダメ寄りなのはわかっていながら、怒られるまで続けとけばいいって。いちおう体裁を取り繕って、注意されづらくしてるのも姑息だよね。実際もう用は済んでるんだよ。ひとり1回か2回見れば充分で、1人1人が、入れ替わり立ち替わり、好き勝手し終えてくだけ」
……考えれば考えるほど厭になってくる……。
「このラインならいけるって思ってるんだろうけどさ、それ、普通にやめてほしいよ。充分嫌がらせだよ。やってることめちゃくちゃ卑怯で気持ち悪いよ………!!」
「……くる………」
「私たちはまだ中1なのにこれからずっと……代わるがわる……あいつらに見られるのが続くんだ………。私たちだけじゃない、他のポラリスのみんなも………。……まじキショいって……。あんなやつら………っ、もう、来ないでよ……っ!!!」
ポラリスのみんなのことを思うと、感情が止まらなくなってきた。
……注意が効かないんなら……、"星の環"の私が……うまくやるしかない……。私はミアプラキドゥス……。みんなを守るのが私の役目………。
依乃里の再登校初日は、発話の不自由に苦労しつつも、特に大きなトラブルもなく、午前を終えることができたらしい。そんな依乃里といっしょにお昼ごはんを食べる。
── 昼休みの残り時間、
………連中のピーピングスポットに、依乃里と2人でおもむいた。
この時間は誰もいない。用事はすぐ済むので、次の授業もあるしあまりのんびりせずいこう。
ここで利用できそうなものは見繕ってある。定位置の傍らに立つ電柱、これがうってつけだ。
これを横倒しにしてあいつらを・・・なわけもなく、ここに注意書きを置く。揉め事を起こすなというお触れがあるから充分びびってくれるだろうけど、ただの注意書きじゃだめだ。それじゃ罰せてない。
……午前中私は、考えた文面をしたためようとして、手を止めた。
新たに書く必要ないじゃんか。
「困った時は………あの言葉だよ………依乃里………」
「くる………?」
買ってきたストラップ付き名札入れを、電柱の突起に固く結びつけ終わった。
「依乃里、単語カードを出して」
依乃里がいぶかしがりながらもスカートのポケットから単語カードを出す。
「ここにあのカードを置こうよ。どんな時にでも使える、あの言葉でいーじゃん。たったの2文字でいい!! これからここに来た人にさ、『やば』って言葉を見せようよ!!」
『やば』の単語カードをここにぶらさげよう。きっといい警告とダメージになるはずだ。
依乃里は震える体で単語カードを胸に抱き、後ずさりする。そうだ! 依乃里じゃなくて私がやらないと! そんなに時間もない。モタモタしていられない!!
「私がやる!! だからカードを貸して依乃里!! 大丈夫!! どーせ……っ、誰が書いたかなんてわからないんだからさァあぁあアアア!!!」
── 依乃里もポラリスのみんなを思ったのだろう。
勇気をふりしぼるように、つかんだカードをちぎり、
ネームストラップの中に入れ、
決意を込めるように目をかたくつぶった………。
………私は………『やば』を置いちゃえって言ったんだ………。
『 やば 』
これからここに来る人たちに、この言葉を見せちゃえって。
これしか罰する方法はないぞって。
たったの2文字でも、これはかなり鋭利だぞって。
実際そう言われて当然のことしてるやつらだ。
だから……、誰かもわからない人から、こんな言葉を言われちゃえって思ったんだ。
でも依乃里は、───『だめ』を置いた。
あんな気持ち悪い加害者たちにも、不要に傷つけたりしなかった。
たったの2文字でも………依乃里は言葉を選んだ。
思えば私自身、言葉がどれほど人を傷つけるか、身に染みてわかってるはずじゃないか………。だからこそやりかけてしまったのかもしれないけど、そんな私なんて捨て去んなきゃ。卑怯で気持ち悪いっつったのも、完全にブーメランじゃん………。
「くる………」
気づけば立ちつくしてた……。ごめん依乃里……。
……あ……、くる……? くる……、……そうだ。
私は依乃里にお願いし、『くる』のカードを差し出してもらった。それをちぎる。
ネームストラップの中には、これも縦に並べて入れることができた。
昼休み終了5分前の予鈴が鳴ってしまう。ほんと馬鹿だな私……。
[くる]
[だめ]
……『来るだめ』
校舎へ戻る足取りで、照れ隠しに前だけ向きながら、依乃里に説明をする。
「あんなカードで揉め事になんてならないだろうけどさ、万が一を考えたら、カードを依乃里だけに置かせたりなんかしない。私は依乃里を1人になんてさせないんだからっ!!」
「………!! うん………!! あり………、がと………っ!」
「……②、ありがとうのところはそれでいいよね。誰もお話で急いでなんてないんだから」
単語カードを作ってる時に、素朴に思い至っていたこと………。
――――………………
……………………
………………今日は久しぶりの学校だったから、もうくたくただ………。
レシピ本も読まずに、もう寝よう……。部屋の明かりを消し、ふとんをかけて目をつむる……。
………今日はどんな気持ちで眠り、明日を迎えよう………。
これも大事かもしれないという話をしていた。
―― 今日1日をふりかえってみる。
今日は学校がんばった。学校、とりあえず大丈夫だった。
くるるがいっしょだから安心感がある。もらった単語カードも、くるるが言っていた通り、不思議と心強いお守りになっている。
注意書きの件は、くるるがくるるのお父さんに、冷静にちゃんとした物を相談するらしい。あの[くる][だめ]のネームストラップは、子どもからの訴えとして、残すのが良さそうと言っていた。
……今日、あの時、がんばったな私……。
明日からの2文字探しだけど、くるるがゲーム形式を考案するらしくて面白そう。それならこれからも、楽しく探していけるかも。
2文字制限に苦しんでたけど、ゆっくり喋るでもいいとくるるが言ってくれたから、とりあえずなんとかなりそうな気がする………。
少しずつ大丈夫にすることができてる………この調子だ………できないことはあるけど、できることが増えていってる………このまま少しずつ、大丈夫にしていける………。
少しずつでいい………。
たったの2文字でいい………。
今の自分と、これからの自分に向けて………。
「よし………」
[ ふたもじいのり! おしまい ]