不倫されましたが、これを幸せと言っても良いですか?
全編ギャグ小説です。最初に書いておきます。すいませんでした。
アルトコロ帝国では、幼い頃に婚約することは珍しいでもない。
特に上級貴族となれば、親の都合で結婚する方が日常的だ。
そこに愛など存在しない。あるのは大人の目論みだけ。
私、シアン・レーサーも例外ではない。そんなことは子供の中でも常識だ。
十歳になる頃、私は両親に連れていかれ、ある男性と会わされた。
それが私の婚約者となる、ゴールド・サビナ様だ。
見え見えの政略結婚。私と会う前の、ゴールド様の表情を今でも覚えている。
不満そうで大人を睨んでいる、あの顔を。
でも十歳の子供が、大人に変えてるはずがなかった。私達はその場で婚約を交わした。
それから七年の月日が経つ。この国では十八歳で、結婚することが出来る。
私の誕生日は明日。その日に合わせて私達は結婚することとなっている。
私は溜息を吐いた。正直な所、全く乗り気ではない。
何故なら私は、一週間前。とんでもない事を言われたからだ。
私は突如ゴールド様の部屋に呼び出された。
そこに居た一人の女性。シルバー・ヌリツブ様が、お腹をさすっていた。
『すまない、シアン。彼女のお腹に、私の子が……』
ゴールド様と、シルバー様は幼馴染だった。
二人が密に会い、お互いを思っていたのは知っていた。
でもまさか、こんな事になるなんて。
ゴールド様はこの不祥事をもみ消すために、シルバー様の子を、私の子として育てると言い出した。
当然私は異議を申し立て、婚約をなかったことにしようとした。
でも未成年が婚約を解除するには、親のサインが必要となる。
欲にしか目がない両親は、当然サインなどしてくれない。
それどころか、子供が出来る事が確定して、喜びさえもした。
私はもう、結婚するしか選択肢がないのだ。
どうにかして自立する力を身に着けて、早めにここから出ないといけない。
自分をずっと裏切っていた相手と、偽りの夫婦を演じるのは辛い。
「はぁ……。気が重い……」
元々私は、ゴールド様が自分を愛してくれるなんて思っていない。
お見合いの時から、私を毛嫌いしているのは分かっていた。
だから婚約前にあんなことを伝えたのも、嫌がらせだろう。
私は現在、サビナ家の屋敷で暮らしている。
時期当主の妻と言う、お飾り状態で。
従者との仲は悪くないが、サビナ家との相性は最悪だ。
この家での私の扱いは、道具である。
サビナ家とレーサー家を繋ぐための。
せめても扱いなのか。本日私の専属執事が、配属されることになっている。
身の回りの世話をする存在が必要だろうとのことだが。
大方私が余計な事をしないための見張りだろう。
離婚をするには、まずこの見張りを突破する必要がある。
世話係と名ばかりの、監視役を。
「もう来る予定だけど……」
正午過ぎに挨拶に来ると、伝えられたが。
もう十三時を迎えようとしてる。
扉の向こう側に気配も感じない。どういう事だろうか?
私がドアに近づいて、耳を澄ましていると。
窓ガラスが割れて、『何か』が入ってきた。
その『何か』は人間を引きずりながら、私の部屋を走り始めた。
「悲劇のお嬢、僕はサメのジョー。ただいま参上。この状況も惨状」
「思ったより変な奴来たぁ!?」
引きずられる人間は、黒いスーツを着ていた。
頭だけ地面に擦られながら、呑気に韻を踏んでいた。
謎の青年を引きずる者の正体は。カジキマグロとその上に乗ったジャガイモだった。
「僕は執事として、独立、確率変数、部屋参る」
「最後だけ韻踏んでねぇ!?」
十分彼の頭部を引きずった所で、カジキマグロは止まった。
尖った鼻でロープを切り、青年を解放する。
「ピッタリ正午だ。JK同盟舐めんじゃねえぞ!」
「もう十三時だけど……」
サングラスをかけたジャガイモが、青年に近づいた。
「お駄賃、千クレジットで」
「ポテトが苦いので、ワンコイン」
青年は硬貨を一枚取り出して、ジャガイモに渡した。
足りない。この世界で千クレジットはお札なので、
ワンコインでは絶対に足りない。
「よし! 撤収!」
「良いの!? 今の理由で値下げして良いの!?」
ジャガイモはカジキマグロに乗って、飛んでいった。
律儀に割ったガラスを、魔法で直しながら。
私は残った青年のロープを、解いてくれた。
「これが本当の、サイ登場!」
「どこにそんな要素があったんだよ! どう見ても、ジャガイモとマグロでしょ!」
「カジキの鼻とサイの角、ジャガイモアスパラガスは似ているのでサイなのです」
「どうしよう! 意味が一つも分かんない!」
私は青年の登場から一分も持たず、頭を抱えた。
多分執事っぽい格好から、彼が私の専属執事なのだろうけど。
この人と一緒に過ごす自信がない。これも嫌がらせなのだろうか?
「申し遅れました。僕はフォールと言います。本日から、お嬢様のお世話を担当させていただきます」
シルクハットを被り、丁寧にお辞儀をするフォールとやら。
その姿だけ見ると、まともそうな人だった。
「ねえ。なんなの? 今のは……」
「お嬢様のお元気がなさそうでしたので。ちょっと茶番を入れさせてもらいました」
「"ちょっと"でも"茶番"でもないよ!」
青年は魔法を操る結晶。通称"魔法石"を渡してきた。
それは映像を記録する魔法が使える、魔法石だ。
「これ、練習とNGシーンが入った魔法石です。暇な時にでも見ろ」
「何故命令口調!? あと何がNGシーン? 始まりから終わりまでNGでしょ!」
「冗談です。これは僕の秘宝」
青年は私から魔法石を取り、魔力を込めた。
魔法石から緑の光が放たれて。
空間に映像が出現する。これが魔法石の力なのだ。
「頭が悪くなる映像です」
映像にはサングラスを付けたアヒルが、ボウガンを持ち。
馬に乗った鹿を、追い回しながら、ライオンに追われている。
更にそのライオンも、クジラに追われていると言うものだった。
「頭が悪くなるというか、気が狂う!」
「僕は赤ん坊のころから、これを見て育ちました」
「なるほど! 全部納得……。出来るかぁ!」
私は気が狂い、机に手を叩きつけた。
「お嬢様が元気になられた様で。良かったです」
「元気と言うか……。まあ、気の重さは紛れたわ」
てっきり監視役の厳しい執事が来るのと思っていたのだが。
かなり愉快な人が、来てくれたようだ。
それに私を元気づけようとしたという事は、悪い人でもないらしい。
「それにしても、明日に婚約する身でどうしたんですか? 涙なんか流して」
ファールに指摘されて、私は目をこすった。
自分では意識していなかったが、泣いていてたらしい。
「美しい手が台無しですよ」
「そこは顔じゃないんだね」
「顔が台無しなのは、僕の方です!」
「頭でしょ」
フォールはハンカチを取り出して、渡してくれた。
私は彼の厚意と信じて、ハンカチを受け取る。
ハマグリが一面に描かれた凄い柄だったが、気にせず涙をぬぐった。
「えっと。お嬢様、結婚するんですよね? 旦那さんが出来るんですよね?」
「ええ。まあ、一応……」
私は歯切れの悪い答えを出した。
あの人を旦那と呼んでいいのか、疑問なところだ。
正直な所、ゴールド様に恨みはない。悪いのは周囲の大人たちだ。
「ふむ。結婚が嫌な様ですね。失礼ですけど、頭を探らせてもらっても?」
「え? そんなこと出来るの?」
私の記憶が読み取れると思って、頭を差し出した。
するとフォールは帽子を取り、後頭部を撫で始めた。
「あ。ここら辺、擦れてる」
「ダブルそっちかよ! 紛らわしいよ!」
私はフォールに向けて、拳を突き出した。
フォールは素早く横に回避し、私の腕を掴んだ。
「甘いな! セイヤァ!」
フォールは私に足払いを行った。
私は素早くジャンプして、足の上を飛ぶ。
「って、なにやってんの!? 私ら!」
「チェンです。これはチェンなのです」
フォールは私の腕から手を離し、その場でバク転をした。
「どうやらお嬢様は、結婚が嫌なのですね?」
「なんで今ので分かったの!?」
「さあ? なんでかなぁ? それはね……」
フォールは両手を突き出して、片足立ちをした。
「キョエー! キロキロッチ! だからです」
私は何も言わず、フォールへ足払いをした。
彼は簡単に体勢を崩し、その場に倒れる。
「痛い! 擦れた所に当たった!」
「私からの最初の命令よ。今すぐ出て行って!」
「ま、待ってください! これからが本番だから!」
本番ってなんだろう? 今までのは何だったんだろう?
とにかくこれ以上、頭を抱えたくないので。
彼に最後のチャンスを与えるとする。
「お嬢様は、結婚したくないんですよね?」
「え? う、うん……。正直、愛されてないし……」
「だったら僕に任せてください。明日のパーティで、全て台無しにして解決してみせますよ!」
胸を張って誇らしげに語るフォール。
結婚式が台無しになっても、両親が同意しなければ意味がないのだけど……。
微かな希望を抱いて、私は彼に聴いた。
「解決って、どうやって?」
「それはですね……。ムニョルニル! ムニョルニル! フシャー!」
「出てい行けぇ! 荷物を置いて、出ていけぇ!」
私が叫ぶと、フォールが立っている床に、穴が開いた。
彼は穴の中へと落下していく。
「あ! ヨーグルト!」
「ええ!? 私の部屋にこんな仕掛けが!? ここ一階なんだけど!」
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結局何をするのか知らないまま、時が過ぎ去った。
結婚式当日を迎えてしまい、私は朝からおめかし。
メイドに着替えを手伝ってもらい、着替え終わる。
「まあ、奥様! お綺麗ですわ!」
見え見えのお世辞を言われて、私は愛想笑いを返す。
このドレスのせいで実感する。私、今日結婚するんだと。
自分を愛してくれない、愛人有りの男性と。
ゴールド様も白いスーツに身を包み、私の前に現れた。
私を見るなり、一瞬顔をしかめたが、いつもの事だ。
「綺麗だよ。とても」
ゴールド様に心にもない事を言われた。
彼の心には最初から、シルバー様しかいなのだ。
私達はそれぞれの実家を繋ぐための、道具でしかない。
「それでは新郎新婦の、ご登場です!」
司会に言われて、私達はパーティ会場に向かう事になった。
会場にはそれぞれの両親と、パーティに呼ばれた親戚たちが居る。
私は溜息を吐きながら、ゴールド様と腕を組んだ。
「行こうか……」
「ええ……」
お互い気のない素振りで、ドアを開けて会場に入った。
せめてみんなの前では、夫婦を演じなければ。
それはゴールド様も同じだ。私達は注目を集めるライトを浴び……。
「ど真ん中に一+一=が立ってる!? しかもライト浴びているぅ!」
会場の中心に、木製の一+一=が建っていた。
鉢巻を巻いた芸術家っぽい人が居る。
「新郎新婦へのプレゼント! あの芸術家、ホール様の最高傑作です!」
「こんなのを傑作にしちゃったの!?」
ホールと言えば、天才芸術家として有名なお方だ。
そんな人がなぜ、この様な意味不明なものを造ったのだろうか?
「しまった! 答えがない!」
ホール様は頭を抱えた。確かに=までしかない。
肝心の答えがなければ、完成とはいかないだろう。
「安心しろ! 答えならある!」
何故かドラムの音が鳴り、声の方へライトが向かう。
私は声だけで嫌な予感がした。記憶に新しい声だ。
声の主。、フォールが前後が白と黒に塗られた丸い石を、荷台に乗せていた。
「一+一は#です! よってこれで完成なのです!」
「ならないよ! 一本線が多いし、#でもない!」
私は周囲の目線を忘れて、思わずツッコミを入れた。
フォールは背後をチラ見。すると驚いたように、目を開いた。
「ああ!? これ、ジェンガだ!」
「私、オセロよ」
「もはや何にもかかってねぇ!」
と言うより、今オセロ喋ったよね?
自己紹介して、アピールしたよね?
「しょうがない。日で勘弁してください」
「だからならないって! せめて引き算で……」
フォールは一+一=に近づくと。ポケットから銅像を取り出した。
もはや何故収納できたのかは、ツッコムまい。
銅像はコアラの姿をしている。一+一=の横に置くと、フォールが頭を叩いた。
「間違って、キリン出しちゃった~」
「どう見ても、コアラだよね!?」
フォールがコアラの銅像を、蹴り飛ばした。
銅像は横倒しで転がりながら。口から火炎放射。
「うわあああ! コアラが火を吹いたぁ!?」
「マーチですから」
「意味わからん!」
火を吹くコアラのせいで、会場が軽くパニック状態。
私の父が我慢の限界とばかりに、机を叩いた。
「いい加減にしたまえ! 君はここがどんな場か、知っているのかね?」
「分かってますよ。このパーティの主役は……」
フォールは指を鳴らした。その音と同時に。
私達の名前と結婚式と書かれた、垂れ幕が落下して、新しい垂れ幕が。
『お肉にことわざを教える会』と書かれたやつが出現した。
フォールはすかさず黒板を取り出して、チョークを持つ。
料理の前に移動して、眼鏡をかけた。
「お肉たちですから!」
「変なの始まったぁ!?」
フォールは物凄い速さで、黒板に文字を書く。
『同じようなものが、次々に現る事を何という?』と書かれた。
「この問題が解ける奴! 挙手!」
すかさずフォールが、黒板を膝で砕いた。
「って! 肉に手が上げらえるかぁ!」
「雨後のタケノコです」
「スゲぇ!」
サイコロステーキ答え、フォールは肉を食べた。
直ぐに答えを割れた黒板に書く。
「ならばこのことわざの由来、答えてみやがれ!」
フォールが黒板を叩くと、サビナ家の当主が立ち上がった。
彼に文句を口にするのかと思ったのだが。
眼鏡をかけ直しながら、不敵な笑みを浮かべた。
「雨後のタケノコとは、雨上がりにタケノコが次々と生える事から……」
「うるせぇ! そんなことは聞いてねえ!」
フォールは解答中のサビナ家当主を殴った。
当主様は頬に跡を作りながら、倒れた。
「クイズ本で得た知識を、自分の知識みたいに語りやがって。ふてぶてしい野郎だ」
フォールは次に、ゴールド様の方を見つめた。
彼は背筋が跳ねて、恐怖に怯えている。
「そこのお前! 答えを言ってみやがれ!」
急に振られてゴールド様は、目線を動かした。
「ええっと……。cosβ余り3です」
「正解だ!」
「数学に入れ替わってる!?」
フォールは割った黒板で、ゴールド様を刺した。
黒板が胴体に突き刺さった彼は、後ずさりをする。
「って! そんな答えがあるかぁ!」
フォールはトドメとして、ゴールド様を蹴り飛ばした。
彼は頭を壁に打ち、その場で気絶する。
「そこの父親ぁ! 僕と胸キュン対決だ!」
「なんだその勝負!? さっきから、なんで仕切っているの!?」
父はフォールの下へ向かった。
腕を鳴らしながら、彼と向かい合う。
「女性をキュンっとさせた方が、勝ちだ」
「彼女なしが、結婚して子持ちの私に勝てるとでも?」
「審判はアヒルの、モア―さんに行ってもらう!」
どこからからアヒルが飛んできて、マイクの前に立つ。
ニャーっと一声出して、飛び去った。
「アヒルがニャーって鳴いたぁ!?」
「いくぞ! 僕の先行! プレゼントで好意を引く作戦!」
フォールはポケットに、手を突っ込んだ。
あのポケットは異次元空間にでも、繋がっているのだろうか?
「鐘をやるから、好きなもん買え」
「プレゼントじゃないし、お金じゃないの!?」
私のツッコミに、フォールはどや顔を返した。
「まずは売るところから始めて、商売の術を学べ」
「キュンっと来ないし、意味も分からん!」
「面倒だなぁ……。じゃあお盆休みをあげるの券」
「もはや何もあげてない!」
しかも最後はやっつけ気味だった。
この男、一生彼女出来ないと、私は確信した。
「フォール選手、五ポイントです」
「なんでぇ!? 減算レベルだろ、これ!」
私がツッコミを入れている間も、父は涼しい表情だ。
先ほどから気になっていたが。何故私以外、誰も異常事態にツッコミを入れないのだろう?
「ふん。物で釣ろうなど、お前は女性を何も分かっていないな」
父はネクタイを調節しながら、ニヤリと笑った。
「良いか。夫婦円満の秘訣。それはさり気ない、気づかいだ」
「マイナス五ポイント。アホらしいので、×十二」
「なんでだよ!?」
アヒルが父の頭上へ飛んだ。
「貴様にはへカトンを除霊された恨みがある。忘れたとは言わせんぞ」
「誰だよ、へカトンって!?」
「罰ゲーム! アヒルの大群!」
アヒルが父の腕に噛みついた。同時にどこからか、大量のアヒルが現れて。
父に向かって、飛び跳ねていく。
「やめろ! 口ばしが刺さるだ! 痛い!」
「正義の裁きを知れぇ!」
アヒルに飽きたのか、フォールは次の人物の下へ。
パーティに参加していた、シルバー様だ。
彼女はこの事態で、呑気にジュースを口にしていた。
「お前……。あの時の……!」
フォールが凄い剣幕で、シルバー様を睨んだ。
その顔を見て、シルバー様も表情が険しくなる。
「あの時バーゲンセールで、ジャンケンをして奴か……」
「凄くどうでも良い因縁を、クールに言い切ったぁ!」
「あの時の雪辱、晴らさせてもらおう!」
フォールは厚紙を、シルバー様に渡した。
筆を取り出して、自らも紙を持つ。
「俳句で勝負だ。ダサイ句を読んだ方が負け」
「ジャンケンじゃないんだ!?」
「良いだろう。受けて立とう」
「良いの!? シルバー様ってこんな人だったの!?」
何故か筆を持ち歩いていたシルバー様は、懐から取り出す。
フォールも筆で、紙に俳句を書いていく。
書き終わったと思うと。二人はしゃがんで、筆を置いた。
その後即座に立ち上がり、鞘かから剣を引き抜く。
シルバー様が勝ち誇った顔で、フォールを見つめる。
「私の先行だな」
「どういうルールなんだ……」
「赤き花、散りゆく姿は、夕日かな」
シルバー様の頭上に、カジキマグロの鼻が近づく。
ギリギリのところで止まり、鼻は引っ込んだ。
「流石に妊婦は傷つけないよ」
「だよね……。でも判定厳しい……」
「じゃあ、次は僕だね」
フォールは体を反転させて、私の母の下へ。
拳を握り、一気に振りかざした。
「さっさとサインを書けぇ!」
「せめて文字数は合わせよう!」
強烈なアッパーを食らい、母は意識がもうろうとした。
フォールは書類を突き出して、母に筆を渡す。
あれは、私の婚約破棄のための書類だ。既に父のサインが書いてある。
母は意識がしっかりしていなのか、素直にサインを書いた。
あれ? これって……。私があることを考えていると。
パーティ会場の窓を割って、新たな乱入者が。
それはカジキマグロに乗った、サングラスをかけたジャガイモだった。
ジャガイモはシルバー様をカジキマグロの上に乗せた。
「早く乗れ!」
「ええ!? なんで!?」
「良いから早くしろ! 時間がない!」
私は言われるがまま、カジキマグロの上に乗った。
フォールは再びロープで足を縛られて、ジャガイモが引っ張る。
「行くぞ! 脱出!」
カジキマグロが空を飛び、窓から脱出する。
私達が少しだけ屋敷から離れた直後。
背後から大きな爆音が聞こえてきた。
振り返ると、サビナ家の屋敷が爆破されている。
何回かに分けて爆発し、一種の解体作業の様になっている。
「え? 会場に居たみんなは?」
すると引きずられながら、本を読んでいるフォールが笑った。
「大丈夫です。火薬の量調整しましたから」
「お前が仕掛けたんかい!」
「失礼な。ホールが仕掛けたんだよ。芸術は爆発だとか言って」
「火薬調整するなら、解除しろよ!」
父達の命は別条がないと、信じて。
次の不安が私に襲い掛かる。
「これからどうすれば良いの……? あんな無茶苦茶して」
「なにって、これを提出すれば良んです」
フォールは懐から、婚約を破棄するための書類を出した。
既に父と母のサインがあり。私がサインすれば、成立する。
これが受理されれば、私達の婚約はなかったことになるのだ。
「なるほど。これで私は、ゴールド様と婚約が破棄されるわね……。で?」
「終わり」
「終われるかぁ! 屋敷爆破しちゃったし! 無理矢理書かせたし! シルバー様のお腹の子は、不安な将来だし!」
フォールは本を閉じて、シルバー様を見つめた。
「生まれた子を一旦、僕に預けなさい」
「なんでだよ!? 何の接点もないだろ!」
「僕が責任を取って、育てます」
「取るもんじゃないだろ! 持てよ!」
ようやくカジキマグロが止まり、私達を下した。
「千クレジット」
「カードで」
フォールはトランプを、ジャガイモに投げた。
ジャガイモは絵柄を確認すると、カジキマグロに座り直す。
「よし! 撤収!」
「だから良いのかよ!?」
飛んでいくカジキマグロを、私達は見送った。
もはや海の生物がどうかとか、問題ではないだろう。
「で? これからどうするの?」
私は再びこの質問を、フォールにぶつけた。
「私は家に帰れなくなったんだけど?」
「え? それ、何か問題あるんですか?」
「……言われてみれば、最終目標は達成しているけど」
私の目標は家から独立して、離婚することだった。
書類がある限り、婚姻は有効にならない。
どのみち離れる予定だった家から、逃げ出している。
「でももっと、準備が。社会的地盤とか、資産とか……」
「ああ。それなら問題ない。私が支援してやろう」
「え? なんでシルバー様が?」
「ああ。私が妊娠したという話。アレは嘘だからな」
私は理解が追い付かず、思考が停止した。
は? 嘘? どういう事なの?
「あの男は、昔から女癖が悪くてな。少し痛い目を見てもらった」
「じゃあ、シルバー様以外にも、愛人が……?」
「沢山居たんじゃないか? お金の権力をチラつかせて」
知らなかったなぁ。知ろうとも思わなかったけど。
ゴールド様想像以上のクズだったわ。
「迷惑料として、資金と資材と人材、住める家を用意しよう」
「迷惑料、高過ぎません?」
「そんなことはないさ。貴方の苦労に比べれば、大した額じゃない」
シルバー様、意外と私の事見てくれていたようだ。
確かにこれで問題は解決したように思えるけど……。
「良いの? こんな事になっちゃって?」
「良いんです。綺麗に終わればそれで」
フォールが異次元ポケットから、大砲を取り出した。
導火線を握って、口角を上げる。
「それではお嬢様の独り立ちを願って。打ち上げをしましょう!」
「……」
「……。打ち上がる花火がねぇ!」
フォールは大砲に、足をかけた。
「こうなれば、僕が花火に……」
「ダメだって! 死んじゃうよ!」
私は大砲に入ろうとするフォールを、必死で止めた。
「大体お前が入れば、誰が火をつけるのだ?」
「ん? 確かに」
「そこが問題じゃないよ!」
この二人変な食事でもしたの?
全然話が通じないんだけど。
「クッソ! じゃあ、誰を飛ばせば、良いんだ」
「お前ら! 良くも屋敷を爆破してくれたなぁ!」
私達の下へ走る、黒焦げのアフロになって人物。
ゴールド様が、怒りの形相で近づいてきた。
全員の目線が、すっと彼の下へ向かう。
「ボーンっと行っちゃう?」
「行っちゃいましょうか」
「うん。行っちゃおう」
私達はゴールド様を捕らえて、大砲の中に入れた。
「え? え? ちょっと待って! 何これ!?」
「それではお嬢様の成功を祈って。パラレル!」
フォールは無慈悲に、導火線に火をともした。
炎が徐々に大砲に近づき、一気に放出。
される直前で大砲が下向きに回転した。
ゴールド様が地面に叩きつけられて、大砲が飛んでいく。
空中で大砲が爆破して、綺麗な花火となった。
「束縛が外れた、令嬢。新たな旅立ちを祈り、祝杯の花を散らさん」
「えっと、一言だけ良い?」
私は深呼吸をして、決定的な言葉を告げた。
「これ、幸せと言って良いの?」