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8月12日―AM8:00


 翌朝、僕は母の叫び声で目を覚ました。

 

「ちょっと理玖、なんてところで寝てるの!」

「うんにゃ、きのうはおんなのこが……」


 むにゃむにゃ言いながら寝返りを打つと、母が悲鳴を上げた。


「あんた、なんでこんなに汚れてるの!?」


 明らかに怒っている声と口調に、僕はがばりと起き上がる。迫りくる身の危険を感じて、睡魔など一瞬で吹き飛んでしまった。

 目の前には、眉間にしわを寄せ、目を三角にして怒っている母の顔。


「ええっと、これは、あいたたた……」


 鬼から一旦距離をとろうと身体を動かした途端、背中に激痛が走った。

 見れば、僕が寝ていたのは硬い板敷きの上だった。昨日、縁側に座り込んで力尽き、そのまま眠ってしまったらしい。

 昨日の出来事が噓や夢ではないと証明するように、僕の髪や服は汚れ、そのせいで縁側には乾いた土と苔が散らばっていた。

 それを見て、母はだいたいのことを察したらしい。


「あんた、寝ぼけて庭出たの?布団汚さなくてよかったけど、そんなとこで寝たら風邪ひくじゃない……って、あんたあそこでコケたわね!?苔、ぐちゃぐちゃじゃない」

「……ゴメンナサイ」


 僕の必死の偽装工作は見事にばれた。

 確かに、明るくなってしまえば、そこだけ不自然に苔が剥げているのは一目瞭然だった。誤魔化しは不可能だと判断し、僕は殊勝な顔をして謝る。

 母はその後もぐちぐちと小言を続けたが、反抗せずひたすら謝罪に徹したのが功を奏したらしい。案外と早く説教から解放された。

 箒で縁側を掃きながら、母は「さっさとシャワー浴びてきなさい」と言い、僕は素直に従った。



 そして、予想外の出来事がもう一つ。

 祖父が腰を痛めた。

 どうやら、昨日の墓参りの疲れが出たらしい。さほど酷いというわけでもなく、人の手を借りれば歩けるし、体調も普段通りだ。

 だが、祖父は今日から二、三日間僕らと一緒に親戚の家に出かける予定だった。流石に人様の家に泊まるのに腰痛を抱えていくのはちときつい。

 どうしたものかと両親が頭を抱えていたので、僕はハイと手を挙げて「僕が残る」と申し出た。

 桃は従姉妹と遊ぶとだいぶ前から張り切っていたし、両親だって親戚への挨拶やらがあるのだ。その上、山道の運転は母では心もとない。二人揃っていないと大変だろう。

 かと言って祖父を一人にはできないし、お盆で病院は休みだ。

 僕が残るのが妥当なところじゃないか?


 そんなわけで、僕と祖父はこの家で二、三日一緒に過ごすことになった。


 

「じゃあ、行ってくるな」

「行ってらっしゃい」

 父は桃を車に乗せ、見送りに出てきた僕に申し訳なさそうな顔をする。

「理玖、本当にいいのか?」

「うん。どうせ、向こう女の子ばっかで退屈だし」

 僕は興味ないと言わんばかりに肩をすくめ、三人を見送った。

 

 

 桃と両親を見送った後は、祖父が寝ている和室の隅に座り込んで本を読んでいた。

 開け放した襖の向こうから、心地よい涼風が吹き込んで眠気を誘う。

 僕は開いていたページに栞をはさんでぱたんと閉じると、縁側までトテトテと歩いてそのままごろりと寝転んだ。

 ちりんちりんと風鈴が鳴り、ジーワジーワと蝉が鳴く。

 夏らしいせわしさの中、寝不足のせいか、僕はすとんと眠りに落ちた。

 

 どのくらい眠っていたのか、瞼を開けると日差しが目にしみて、僕は顔をしかめた。

 テテテと音がして横を見ると、小さな茶色い物体がいくつも並んでいて、僕は飛び起きた。

 なんだコレはと恐る恐る顔を近づけると、何のことはない。

 蝉の抜け殻だった。

 なぜこんなところに抜け殻が列をなしているのかと眉をひそめたところで、縁側の床板の下から、ひょっこりと昨晩の女の子が顔を出した。

 床板から顔を半分だけ見せ、まんまるな目で僕を見つめる。


 「あのね、昨日の、お詫び」


 どうやら、僕に昨日のお詫びをするために蝉の抜け殻を集めて持ってきたということらしい。

 必死で探していたのか、髪や服には泥がついていて、僕はどうしたものかと困ってしまった。


 「えっと、……ありがとう。嬉しいよ」


 蝉の抜け殻って、これくらいの年の子どもにとっては宝物みたいなものだよな。かく言う僕にも覚えがある。

 だけど、身体を汚してまで探さなくても、と思ってしまう。

 しかも、彼女の足元を見ればなんと裸足だった。


 「……とりあえず、上がって。で、一旦汚れ落とそうか」


 きょとん、と首を傾げる彼女に手を差し出す。

 条件反射のように手を伸ばした彼女を、風呂場まで有無を言わさず連れて行く。

 

 風呂場を前にしてやっと状況を理解したらしい彼女が、顔を引きつらせ、握った手を離そうとする。


「や、やだっ」

「いや、泥だらけじゃん。早く洗ってきて。じゃないとうちが汚れる」


 嫌がる彼女に、僕はにべもなくそう言い放つと、Tシャツと短パン、下着を差し出した。

 ここには、桃が服を汚した時のために、予備の着替えが一式置いてあるのだ。

 往生際悪く僕の手を引っ張る彼女に、「大丈夫だから」と言い聞かせ、風呂場に放り込む。

 渋々ながらシャワーを使い始めたのを確認し、僕は彼女が着ていた白いワンピースを洗濯機に放り込んだ。


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