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8、領土の実効支配 中国の戦略

 道下たちのシーズンスポーツサークルのテニス合宿は10日間で、霧ケ峰高原のペンションに大学生の男女が30人泊りがけで、昼はペンション併設のテニスコート2面であまり激しくない程度に練習した。テニス初心者の道下も2年目でかなりボールを返せるようになってきた。夕方からはペンションのオーナーが作ってくれた夕食を食べながらお酒を飲み、暗くなったテニスコートの脇のベンチには、急接近した男女が話し合いながら恋に進展しているものもいた。しかし多くの学生たちは食堂に居残って、酔いに任せてわいわい騒いで青春を謳歌していた。

 道下は気になる男子学生がいた。国際学部の同級生の張自伝くんだった。彼は中国人でこの大学の国際学部に留学生として来ていた。背が高くハンサムで、友達の噂では中国の資産家の御子息らしい。かなり高級なマンションに住んでいて、身なりもいつもきちんとしていた。ただ傲慢なところはなく紳士的で、同級生の中でも評判が良かった。道下との接点は英語の授業で座席が近く、ペアで会話練習するときによく相棒になってくれて、彼の流暢な中国英語を聞かせてくれた事だった。それ以来学内で会った時には「ジャン君」と「みずほ」と呼び合う仲になっていた。今回のテニス合宿に彼も参加していて、今日は彼もかなり酔っているように見えた。

みんなと一緒に話し込みながら何気なくテレビのニュースを見ていた時、気がかりなニュースが報じられていた。

「南シナ海の南沙諸島近くで、アメリカ、日本、フィリピンの合同演習が行われた。中国の南シナ海でのフィリピン領域の侵犯行動への対応訓練」という物だった。ニュースによると領土拡大を目指す中国は南シナ海の南沙諸島の小さな島を実効支配して、滑走路や港を作り、その島をベースに民間船や中国海警の船や飛行機が活動しているらしい。その島の領有を主張するフィリピンは領海だとして漁船が近づくと、中国海警の巡視船が近づいて来て海水を放水して危険な行為をしてくるらしい。そこでアメリカと日本とフィリピンが中国に対抗するための訓練を実施したという事だった。

 道下がよくわからなかったので隣で一緒にニュースを見ていたジャン君に

「ジャン君、中国はあんなに大きな国なのにどうしてフィリピンの領土である島を取ろうとするの?」と無邪気に聞いてしまった。するとジャン君は少し顔色を変えて

「みずほ、領土の問題はとてもセンシティブだ。フィリピンは南沙諸島を自分たちの領土だと主張しているけど、それは第2次世界大戦後の支配です。私たち中国は1000年以上前から領土を拡大し、16世紀の明の時代には鄭和という航海者がインド洋一帯を開発しています。南沙諸島もその頃から中国の領域です。しかしアヘン戦争から太平洋戦争まで欧米列強と日本によって膨大な領土を侵略され続けてきました。今はその領土を取り戻している最中です。日本には尖閣諸島を返還してもらいたいと思います。領土に関する双方の主張はそれぞれに言い分があって、簡単には解決できないんです。」と力を込めて語って来た。するとその話を聞いていた東京の佐々木さんが口を挟んできた。

「中国の領土介入のやり方は、民間人が乗った漁船が無人島に上陸して、小屋を建ててしまうとその後で中国政府の巡視船や軍隊の船が現れて、実効支配の形を作ってしまう。相手側の国が避難してもどうせ大砲を撃って戦争になる事はないことをよく知っていて、少しづつ領海線を移動していく作戦ですよね。」と喧嘩腰で話してきた。」国際問題に発展しないことを心配して道下は

「佐々木さん、少し言葉がきつすぎるんじゃない。ジャン君たち、中国の言い分にも一理あると思うわ。中国とアメリカは今や世界の2代巨頭になっているんだけど、まともに戦時体制に入ってしまったら世界大戦になってしまうから、お互いに我慢しているけど、中国は19世紀から20世紀初頭には徹底的に西洋諸国に搾取されてきたことは確かなことなんだし。」と佐々木さんを諫めた。ジャン君は

「19世紀から20世紀の欧米列強の帝国主義を肯定的に語るならば、現在の中国の一帯一路政策にも肯定的になってもらいたい。現在の中国の一帯一路は植民地を作るものではなく、19世紀帝国主義のイギリスやフランスよりも友好的です。中国にとっては失われた100年を取り戻す政策なんです。アヘン戦争までは中国にとっては世界の中心は中国だったんですから。」と中国の立場を説明してくれた。しかしそこで道下が

「中国の主張はよくわかるけど、領土を侵略するやり方は、国際的なルールに反しているんではないでしょうか。戦争にはルールがあり、戦争にならないようにするためにもルールがあるはずです。国際社会が平和を希求し戦争を回避するには、報復行動を避け戦争にならないためのルールを守ることが大切なような気がしますが。」と指摘した。


 大学生たちの霧ケ峰での飲み会は夜遅くまで続いた。平和を守る国際協調のために幾分貢献したのかもしれない。


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