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7/8

7、戦時の報道

 夏休みが始まり道下は福井に帰らず、サークルの合宿に行くための費用を捻出するため、西宮北口の居酒屋でバイトすることにした。時給は1100円。昼12時から午後8時まで8時間働いて8800円、まかないの食事つきだ。6月20日から7月20日まで働けば何とか8月1日からの霧ケ峰高原でのテニス合宿に参加できそうだった。

 この居酒屋は昼はお酒も出すが、ランチとして定食を食べに来る客も相手にしていたし、夜は居酒屋としてこの界隈の大学生や会社員たちを相手にしていた。

 初日は仕事の説明を受け、バイトの先輩についてもらって、何とかこなしていった。2日目からは先輩とも時間がずれて、自分で頑張るしかなかった。昼は近くの会社のサラリーマンが多く、お酒を飲む人も少ないので騒ぐお客も少ないが、夜は大学生の団体の飲み会はひたすら騒がしかった。一気飲みはするわ、大きな声でみんなで歌うわ、嫌がる女の子を追いかけてキスを迫る男の子はいるわカオスだった。酔っぱらって呂律が回らない状態で追加注文されても言ってることが理解できないことも多く、大変だった。

しかし一番大変な客は学校の先生たちの飲み会だった。西宮北口近くの中学校の先生方が1学期の終業式を終えて慰労会をしていたが、先生たちと言うのは普段ストレスを抱えながら我慢していることが多いのか、お酒を充填させると人が変わってしまう種族のようだ。隣りの団体の人たちに迷惑になるような、大きな声で話し始めるし、部活動の試合があったのか、大きな声で成績を報告し、みんなで拍手し始める。途中から校歌を合唱したり学校祭で歌うような歌を全員合唱したりする。最後はお決まりのように一人一人のスピーチ。涙を流す人がいたりして感極まると叫び出す。ラストに3本締めでお開き。会の進行は体育の先生のような臥体のがっちりした人が仕切っている。子供たちに周りの迷惑にならないようにと普段からご指導なさっているのだろうけど、ご自分のこともよくお考え下さいと言いたかった。

今日もそんな学校の先生たちの飲み会があるという事で、やや憂鬱な気持ちになっていた道下だったが、夕方5時30分に宴会開始で多くの先生たちが店に入って来た。不思議なもので男性の先生たちはスニーカーにコットンパンツ、上は白いポロシャツかカッターシャツの人が多い。女性もパンツルックにポロシャツの人が多い。業界全体に夏休みモードのようだ。宴会の準備を整え、乾杯用のビールを運び終えると少し時間が出来たので、店の中のテレビでニュースを見ていた。するとウクライナ情勢について報じていた。

「ウクライナの放送局の発表によりますと、ロシア側が発射した巡航ミサイル約50基が首都キーウを襲いましたが、ウクライナ軍がほとんどを迎撃して2基のみがキーウの市内に着弾し、アパートに被害が出ましたが避難していたため、けが人はいませんでした。」という内容だった。しかしすぐにアナウンサーは

「また、ロシア軍からの情報では今朝、ロシア軍はウクライナの首都キーウに巡航ミサイルを50基打ち込み、内数基は迎撃されましたが、大多数はキーウ近郊の軍事施設に着弾し、大きな被害を与えることに成功しました。」という内容だった。

 道下はその画面を見つめながら素朴な疑問を抱いた。

「どっちが本当なんだろう。」

ウクライナが言っているように民間施設を狙われた府がミサイル迎撃に成功したのか、ロシア側が言うように爆撃は成功し、ウクライナの軍事施設にダメージを与えることに成功したのか。小さな声でテレビ画面につぶやいていると、その近くに中学校の先生らしい初老の男性が立っていて、一緒にテレビニュースを見て道下の疑問に答えてくれた。

「戦争の報道は嘘ばかりで、自分たちの都合のいいようにしか報道しないんだよ。聴く方が節度を持って理解しないといけないんだよ。」と言っている。道下は

「先生は社会科の先生ですか。」と聞くとその初老の男性は

「中学校で社会科を教えているよ。君は戦時中の話に興味があるのかい。」と聞くので道下は素直に

「大学の演習の授業で『戦争のルール』について討論してから戦争について考えています。」と答えた。そして思い切って聞いてみた。

「戦時中の日本の報道はさっきのウクライナの報道のように、自分たちはしっかりと防衛しているという事を言い続けていたんですか。」と聞いてみた。するとその初老の社会の男性は

「若い人の中には、昔の人たちのことを判断力のない頭の悪い人ばかりいたと勘違いする人がいる。しかし過去の人たちの方が今の人よりも良く考え、誠実に日本の将来を憂えていた人が多いと思うよ。ウクライナの報道も防衛線を破られ大きな被害を受けたと報道してしまうと、ウクライナ国民の戦意は崩れ、終戦のため大統領を否認するかもしれない。そうならないように国民の士気を高めるために報道を利用しているんだろうね。」と分析した。道下はウクライナ報道の趣旨は分かったが、何を信じたらいいのかわからなくなってしまった。

 先生たちの飲み会は今日も盛り上がりすぎていた。いつものようにお決まりの校歌合唱の後、三本締めでお開きになった。道下は8時にバイトを上がると、何か帰りたくなくて佐々木のマンションに向かった。誰かにむしゃくしゃした気持ちを聞いてもらいたかったのだ。


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