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6、兵器輸出

7月に入り夏休みに入ろうとする時期にテレビニュースでよく訳の分からないニュース報道があった。

「日英仏共同開発の戦闘機の第3国への輸出解禁」という物だった。道下はよくわからなかったので新聞の解説記事を隅から隅までしっかりと読んだ。新聞の解説では日本の企業がイギリスとフランスの企業と共同開発で戦闘機を開発した。イギリスとフランスは出来上がった戦闘機を海外に販売したい意向だが、日本は憲法9条で戦力の不保持、戦争の放棄を宣言し、自衛の目的のもの以外は戦争のための兵器を製造したり輸出したりすることを禁止してきた。日本が製造した兵器を使って他国が戦争した時、攻撃を受けた国は兵器の製造国である日本を攻撃しかねないからだという説明がされていた。しかし道下は完全な理解に至らなかったので、友達の佐々木と鈴木を誘って、授業でお世話になった村瀬教授に話を聞いてみることにした。


 国際学部の建物の3階に教授たちの部屋が並んでいる。3人が階段を昇り廊下をゆっくりと歩きながら教授の部屋を探していると、廊下の中央あたりに「村瀬教授」という名札を見つけた。3人は顔を見合わせて相槌を打つと道下がドアをノックした。

すると奥から「どうぞ」と声がして村瀬教授が材質であることが確認された。

3人は初めて入る教授の部屋にびくびくしながら扉を開けて

「失礼します。」と言って中へ入っていった。教授の部屋は案外狭く、部屋の半分は書架が立ち並び、本が溢れている。書架と書架の間が通路になっていて、その奥の机に村瀬教授が座って何か本を読んでいた。

「どなたですか?」と聞かれたので

「木曜日の午後の国際問題演習でお世話になっている道下と佐々木と鈴木です。」と答えた。3人とも夏らしく鮮やかなTシャツに若々しいスカートを着用していた。教授は女子大学生の扱いには慣れていたが、目の前にはち切れそうな若い肌を露出した二十歳前の女の子が3人も来たことで、ややびっくりしたが

「君たちか。今日はどうしたんだ。」と冷静を装って話した。すると道下が

「実は6月の授業テーマで『戦争のルール』を勉強してから戦争について興味がわいたんですが、先日の報道で『日英仏共同開発の戦闘機の輸出解禁』という記事が出て、詳しい内容がわからなかったので、先生に少しお聞きしたいと思ってお尋ねしました。」と訪問の趣旨を述べた。村瀬教授は

「熱心だね。他の学生はもう夏休み気分で沖縄でバイトに入っていたり、運動部の合宿で長野県に行ってしまった者も多いのに、まだ学内で演習の問題に取り組んでいるとは。」と感心している。しかし教授は立ち上がって書庫の端に積み上げてある新聞の中から、2日前の毎朝新聞を取り上げて持って来てくれた。そして新聞を応接セットのテーブルに乗せて

「まあ、座りなさい。」と言って3人を教授の座る1人掛けのソファーに向かい合った3人掛けのソファーに導いてくれた。3人はそのソファーの前に立ち

「失礼します。」と一礼して並んで座った。ソファーは普通の椅子よりも座面が低いので膝よりも腰が下がってしまい、露出した膝が前に座る教授の目の前に出てしまうので、3人とも膝を広げないように気を付けて座った。

「この記事だね。僕もこの件は問題があると思っているんだ。国会で審議して法律として認めるなら仕方ないと思うけど、閣議決定で了承して決定だったから、民自党の政府が認めたという事さ。でも民自党の支持率は今、30%前後だろ。衆議院の過半数は民自党の勢力だけど、国民は決して民自党を支持しているわけではないからね。ここまではわかるかい。」とひとまず話を中断した。佐々木は

「もう少し初歩の段階から話しませんか。難しくてわかりません。」と言うと

「これは失礼。話を記事の内容に戻すよ。日本政府は英国と仏国と3国の共同開発で戦闘機を作る計画をした。そこで戦前から戦闘機や戦車など軍用兵器を作って来た帝国重工に英国と仏国の企業と共同開発させ、戦闘機のエンジンの開発を任せたんだ。それまでは日本の自衛隊が購入する戦闘機は日本の帝国重工が製造したものかアメリカの航空機メーカーが作ったものに限られていたから、アメリカ一辺倒の体制を多方面に展開することで、非常事態に備えようとしたんだよ。そして3か国共同開発の戦闘機は見事に完成した。ここまでは理解できるかい。」と一区切りしてくれた。道下は

「大体わかります。アメリカだけに頼っていることは、今の外交関係が保たれればそれでいいかもしれませんが、アメリカの新しい指導者が日本の車の輸出超過に腹を立てて日本に戦闘機は売らないとか法外に高い値段を吹きかけてきたら大変なので、アメリカ一国に頼り切る今の情勢を打破したかったという事ですよね。」と確認すると

「そう言う事だよ。半導体でも同じようなことが起きたよね。半導体生産で世界をリードしてきた日本だったけど、中国や韓国、台湾が安価で製造するようになると、半導体生産から手を引いて付加価値の大きい分野に生産のポイントを移していった。つまり製造業の構造改善だよ。戦後の日本は軽工業から重工業へ、そして第3次産業へと時代と共に構造改善していって、付加価値の低い大量生産品は韓国や中国に渡してきた歴史があったんだよ。しかしコロナの蔓延で工場がストップして、半導体が不足するようになると、自動車工場も電機工場もみんな生産ラインが止まってしまっただろ。その時初めて生産の効率を求めすぎると危機に対応できないことに気が付いたのさ。戦闘機の輸入でもアメリカ一辺倒ではアメリカに何かあった時には対応できなくなるからね。」と教えてくれた。3人はニュース番組で聞いていた内容が自分たちの思考の中でようやくつながり、腑に落ちた。続けて教授は

「それじゃ話を続けるよ。せっかく完成した戦闘機には膨大な開発資金が投入されているから、イギリスもフランスも他国に販売して収益を上げたかった。生産してきたのは企業なんだから利益を求めるのは当然のことだよね。イギリス、フランスでは他国に販売することは何の問題もない。敵対する国でなければ販売したいわけさ。でも日本はそう言う訳にはいかない。なぜなら憲法第9条があるからね。覚えているかい。

『第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』

こんな条文だったね。でもこれに派生して『防衛装備移転三原則』が決められていたんだ。殺傷能力のある武器は輸出禁止になっていて、日本の企業が輸出する製品の中に殺傷能力のある武器の製造に転用できるような技術が含まれている場合、輸出が出来ないことになっているんだ。でも今回、この規定を大幅に緩和しようとしていることを問題視して報じているのがこの記事なんだよ。」と解説してくれた。3人は呆気に取られていたが鈴木さんが

「メイドインジャパンの武器を買った国が戦争して、その武器を製造した日本が相手国から恨みを持たれることも考えられるし、その武器を使って日本を攻撃してくる国があるかもしれないという事ですね。」と聞くと

「そうだよ。充分考えられるね。」と教授が頷くと道下は

「前回の授業でも思ったんですが、戦争のルールは定められているけど、結局のところ何でもありなんだという気持ちにさせられてしまいました。世界で唯一の核被爆国で、世界に核戦争反対と世界平和をアピールするべき日本が、武器輸出をすることは国際的に信用を無くすんではないでしょうか。」と考えを述べた。道下の意見を聞いた村瀬教授はしばらく考え込みながら、

「そうだね。君のいう事も大事だね。でも経済的に豊かである事も大切だから、政府は帝国重工に輸出することを認めるんだ。帝国重工だけでなく、その下請け企業や多くの従業員とその家族、また帝国重工の工場が立地する地域全体に対する経済効果は大きいからね。平和を願う気持ちと経済との両天秤に政治家は苦しみ悩むんだろうね。」と大局的な意見を教えてくれた。ただまだ納得できないことが道下にはあった。

「先生、こんな大事なことをどうして閣議決定だけで決められるんですか。私は憲法解釈にかかわる大事な問題のように思うんですが。」と真剣なまなざしで教授に迫った。すると教授も真剣なまなざしで3人の顔を見渡して

「僕もそう思うよ。このことが憲法違反かどうかは最高裁判所の判断に寄るんだけど、今のところは内閣法制局という機関の見解で、閣議決定で判断できるという事で進められている。誰かが最高裁判所に提訴すると最高裁判所で審理が始まると思うけど、なかなか内閣法制局の見解を覆すことは難しいと思います。なぜなら最高裁判所の裁判官たちと内閣法制局のメンバーたちは同じ穴の狢だからね。みんな法曹界のトップの連中なのさ。」と難しい壁であることを語ってくれた。さらに鈴木が質問した。

 「戦時体制に入っていった1930年ごろからの日本ではやはり今回のような法改正は強引に進められていったんですか。」と聞いた。鈴木の考えでは戦前の日本は軍部の強引な手続きでどんどん法改正が進んで、軍事国家になっていったと思っていた。しかし教授は

「当時の軍部や政治家を悪者扱いしたい気持ちは、戦後のアメリカによる教育改革や東京裁判によるところが大きいと思うよ。戦前の政治家たちもみんな一生懸命に日本のために働いていたよ。選挙もきちんと行われていたし、選挙によってえらばれた議員たちは話し合いで法律改正を行ってきたわけで、決して軍部が違法な手続きで強引に戦時体制を作ったわけじゃないからね。ドイツだってナチスが軍事クーデターでもしたかのように悪者扱いされているけど、ドイツ国民による正当な選挙で力を強めていったナチスが第一党になり、議会での議決を経てヒトラーは総統の地位についたわけで、違法行為ではないんだよ。そこで今の時代を考えなければいけないけど、憲法9条が拡大解釈され、自衛隊の防衛力は増大し、兵器を輸出することまで出来るようになってきたこの流れは、1935年ごろと何も変わらないかもしれないよ。どこかで歯止めをかけないと再び戦争に突入してしまう恐れがあるのかもしれないよ。」と言われて3人は呆然とした。

 結局、30分ほど話し込んで教授の部屋を後にした。3人はまた戦争について気になることがあったら集まろうと意気投合して別れた。7月の暑さは西ノ宮を焦がしていた。




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