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2、ゼミ 原発について

翌週の木曜日午後1時、いよいよ村瀬教授の授業の2回目の時間がやってきた。道下たちいつもの3人は昼食を学生会館の第1学生食堂で軽めの食事をした。総合大学なので学生数がハンパなく多いので、昼時の食堂は大変な混雑だ。ただその安さが魅力で学生食堂を利用する以外の選択肢は田舎から出てきている道下にはなかった。食事を終えて生協の売店でお茶を購入すると村瀬教授の授業が行われる国際学部の講義棟の3階の302講義室に入って座席を確保した。

 時間になり村瀬教授が現れるとまず出席をとり、30人全員が出席していることを確認すると、早速グループのメンバーを発表した。

「第1班、安藤さん、東さん、伊藤さん、太田くん、江上くんの5人、第2班、上田くん、小畑くん、大盛さん、峠さん・・・・第5班、道下さん、キムくん、鈴木さん、森本くん、佐々木さん、・……以上」という発表をした。30人のメンバーをどのような順番で5人ずつ並べて班を組んだかはよくわからなかった。村瀬教授は

「それでは教室の前の方が1,2班、中央付近に3,4班、後方が5,6班。それぞれ集まったら机を並べて討論を始めましょう。5人集まったらまず司会者を決めてください。司会者は毎回交代です。では移動してください。」と指示があり、全員がうろうろと動き始めた。道下は佐々木や鈴木と同じ班になりうれしかった。2人に手を振って同じ班であることを喜ぶと、教室の後方にいっしょに移動した。後方にいた他のメンバーに手の指を5本とも立てて5班であることを確認すると首を縦に振ったので、その付近の机を集めて場所を作るとその周りに座った。

第5班は女子が道下、鈴木、佐々木の3人と男子が森本、キムの5人だった。それぞれが顔を見合わせてもじもじしていると男子生徒の森本君が

「順番で司会をすることになっているから今日はまず僕がやりましょうか。」と言って司会を引き受けてくれた。

 まず司会の森本君が

「まずは自己紹介と原発についてどう思っているか、意見表明を兼ねて発言してください。まずは僕からスタートさせます。」と言うと自分から話し始めた。

「僕は長崎県出身の森本です。原発については東日本大震災でメルトダウンを起こした事故以来、反対派になりました。古い原発から順番に徐々に廃炉にして、新しい原発は作ってはいけないと考えています。では次の人どうぞ」と言うともう一人の男子学生のキム君は

「私は韓国ソウルから来た留学生のキムです。僕も原発には反対で森本君と同じ意見だけど、原発にかわる新しい発電方法の開発が大切だと思います。新しい効率的な発電方法がない場合はすぐに原発をやめることもできないとも思います。」と発言した。道下瑞穂は原子力に代わる新しい発電方法について詳しく知らなかったので、キム君の言う新しい発電方法の開発がどんなものか見当がつかなかった。

次に隣の鈴木さんが手を上げた。

「私は広島から来た鈴木です。広島は森本君の長崎と同じ被曝地です。家族や親せきに被爆者や原爆による死者がいる家族は多いです。だから放射能に対するアレルギー的な感情は強いと感じています。原子力の平和利用として開発された原子力発電も基本的に賛成できません。」と立場をはっきりとさせた。道下は鈴木の厳しい意見に自分が責められているような気がして、目線を上げることが出来なくなっていた。

 次に手を上げたのは道下の正面に座った佐々木さんだった。

「私は東京から来た佐々木です。東京は地震が多いけど、2016年の熊本地震のニュース映像に衝撃を受けました。私がまだ小学校4年生でした。最初の地震よりも後から来た余震の方が大きかったので、捜索活動をしていた人が二次被害を受けた地震です。熊本には原子力発電所はなかったので福島のようなことにはなりませんでしたが、地震国である日本では原子力発電は無理だという事を感じます。」と当時のことを思い出しながら感情的に話した。

 5人目に道下瑞穂が残ってしまい、4人の目が彼女に集中した。道下は意を決して手を上げ、自己紹介を始めた。

「福井から来ました道下瑞穂です。福井は全国でも珍しい原発集中県です。1970年に大阪で万国博覧会が開催された時、美浜原子力発電所から送電された原子力の電気が万博会場まで送電され、電気が点灯した時には日本中の人が驚いたそうです。今では初期に設置された原子炉が老朽化し、廃炉作業を行っているものや、40年が過ぎて廃炉されるはずの物を耐久検査をして、さらに20年耐久年数を伸ばして発電しているものなど、いろいろです。ただ国からの原子力関係の交付金をたくさんいただいて、時代に取り残された若狭湾地域を開発してきたことも確かです。」と意見を述べた。ただ周りの4人の視線が刺さってきて、いたたまれない気持ちになったことは道下の心に大きく響いた。

 司会の森本君が

「それではそれぞれ課題として原子力発電について調べていると思うので、どなたかから口火を切ってください。」と発言を促した。するとまず道下の隣に座っていた鈴木さんが手を上げて話し始めた。

「わたし、原子力発電所の問題点について調べてみました。原子力発電は石油や石炭にかわる夢の燃料として開発されました。二酸化炭素を出さないし爆発的なエネルギーを抽出できるからです。しかし大量の放射能を出し発電に使用したウランからは原子力廃棄物が出来てしまいます。この廃棄物が放射能を出さないようになるまでには、長い年月がかかってしまいます。現在はその廃棄物は一時的に原子力発電所の敷地内のプールの中に貯蔵していますが、最終処分場を建設しないとプールは現在でもほぼいっぱいの状態です。しかしその最終処分場にしても、中間処分場の場所も決まっていないのです。捨てる場所も決まっていないのに生産を続け、廃棄物を出し続け、発電所が立地する自治体には、国から原発交付金が支給され住民感情を押さえているというのが現状です。」と発表した。司会の森本君は

「今の鈴木さんの発言に質問や意見はありませんか。」と問いかけた。すると東京出身の佐々木さんが

「私も原発について調べていて使用済み核燃料の処理の問題が大きいと感じたんです。普通の家でもごみを回収してくれる業者が来なかったら、家庭ごみはどうなると思いますか。東京オリンピック前の日本ではそれぞれの家で焼却したり、川に捨てたりしたから川はゴミだらけだったんです。オリンピックを前に世界中から観客を迎え入れるために、環境美化が進められ、ごみの回収が本格化したという話を中学校の公民の資料集で読みました。福井では原子力発電所の使用済み核燃料はうまく処理できているんですか。」と道下に質問してきた。道下は突然の質問にびっくりしてどぎまぎしたが、

「私、あまり詳しくないんです。それぞれの原子力発電所に使用済み核燃料を入れて置くプールがある事は聞いたことがあります。でもその許容量の何%くらいが埋め尽くされているのかは福井のニュースでも報道されてないと思うんですけど。」と言うと韓国のキム君が勢いよく話に割り込んできた。

「そのことについて僕も調査してきたんです。放射能を含む使用済み核燃料は一部は青森県の六カ所村の再処理工場で処理され、MOX燃料として再使用する核燃料リサイクルに回されますが、ほとんどは最終処分場に回されることになっています。しかし現状は再処理するスピードが追い付かず、さらには最終処分場の立地場所も確定していません。しかし現在も原子力発電所では確実に使用済み核燃料は増え続け、一時保管場所である貯蔵プールは5年後にはほぼ満杯状態になる原発がほとんどなんです。確か福井県の原発の名前も含まれていたと思いますよ。福井県にとっては切実な問題なんだから道下さんもこの問題にはもっと敏感になった方がいいんじゃないかな。」と指摘された。道下は福井県民である事が恥ずかしく感じられた。さらに福井県民なのにそのような問題に無関心だったことが恥ずかしかった。

 次に手を上げたのは東京の佐々木さんだった。

「私は東日本大震災で福島原発がメルトダウンを起こし、周辺住民に避難勧告が出されてから原発は危険だという風潮になりましたが、10年経った今では新しい発電方法のコストが高すぎるという事で、太陽光や風力発電が普及していない現状の中、耐久年限とされた40年を超えた原発を、原子力規制委員会の検査を経て、使用可能と言う判断が出た原発については、さらに20年使用可能として運転再開するという問題です。しかし原子力規制委員会は政府側が設置している委員会で、そのメンバーは政府側が招集した人たちです。だから結論ありきの審査で電力が足りないから、耐用年数を増やして運転を再開しようとしていて、充分にまだ20年以上仕えるという保証などないと言われています。地震が発生して想定外の津波に襲われたのであれば自然災害ですが、耐用年数を伸ばして原子炉が途中で破損して放射能が漏れたならば、それは人災だと思います。だから40年と言う原発の廃炉を順守したうえで、新しいエネルギー開発を急ぐべきだと思います。」と語った。道下はNHK福井の地方ニュースでもこの問題を報じていたことを思い出した。確か美浜原発3号機が40年の耐用年数を過ぎたので廃炉されるはずだったが、原子力規制委員会の検査をパスして20年延長されたというものだった。佐々木さんの話を聞いて司会の森本君が

「僕の調べた中に原子力関連交付金と言うのがあって、電源関連三法交付金とか原子力発電施設立地地域共生交付金とか言う制度があるんです。原子力発電所は放射能が発生する危険性があるから、どの自治体でも自分の所には来てほしくない。でも日本のことを考えたらどこかで設置しなくてはいけない。そこで立地を認めてくれた自治体に、莫大な交付金を出して、住民に納得してもらおうという物です。悪く言うと札束で黙らせるという事かも知れません。でも福井県の若狭湾の人里離れた岬の先端は、つい最近まで道路が整備されていなくて船で行き来していたらしいけど、原発が立地して道路が整備され、住民の暮らしは豊かになったという事も書いてありました。一概に原発反対とばかりは言えないのかもしれません。」と別の角度の発言をしてくれた。道下は自分の経験を話した。

「私たちの町では小学校5年生が臨海学習に若狭湾に行くんです。国立若狭湾少年自然の家は若狭湾に伸びた田烏半島の先端にあり、そこまで立派な道が出来ていました。途中に民家はなく、猿しかいませんでした。でも立派な道なんです。2泊目は美浜原発の近くの丹生という村の民宿に泊まって、早朝に定置網で漁業体験をしましたが、船を出す港の目の前に原子力発電所がある事は違和感がありました。でもその村も道路はすごく立派なんです。原子力発電所の定期点検があると、すごくたくさんの作業員の人が民宿に寝泊まりしてくれるので助かると民宿の人は言ってました。原子力発電所は地域と深く結びついているんだなと感じました。」と話した。すると原発反対の意見を述べていた鈴木さんも

「地域住民にとっては原発が無くなるという事は死活問題なのかもしれないわね。でも東日本大震災クラスの地震が若狭湾で起きたらと考えたことはありますか。また北朝鮮がミサイルを日本海に向けて撃ってるけど、若狭湾の原発がターゲットになって爆発させられたらと考えたことはありますか。そんなことになったら若狭地方の人は避難勧告が出るだろうし、また逆に放射能汚染が広がらないように、敦賀と高浜で道路を封鎖することもありうるんじゃないかと考えました。」と述べた。道下は問いかけに対して

「若狭湾がリアス式海岸である事は知っています。だから津波が来た時には被害が大きいという事も聞いたことがあります。だからこの地域に原子力発電所がある事は福島原発よりも危険かもしれないと思います。北朝鮮のミサイル問題は福井県庁では重く考えているようです。それから敦賀の国道27号線には通行を遮断する大きな遮断機があるのは見たことがあります。事故が発生した時に誰も近づかないように使うと聞いていましたが、若狭地方の人から聞いた話では、被曝した人が地域外に出て行かないように使われるかもしれないと言っていました。恐ろしい話です。」と答えた。

 それにしても道下は福井県の県民として原子力発電所についての見方が甘かったなと反省した。一緒に討論した他県の学生たちは日本国民として原子力発電について確固たる意見を持っていた。それに関連するニュースに関心を持っているし、これが普通の国際感覚なのかもしれないとも感じた。また自分に比べて周りのみんなが優秀であるという事も改めて感じた1時間だった。その後、みんなで考えをまとめパソコンで発表資料をまとめ、4回目の4月最後の授業で発表した。道下はあまり有効な意見を述べなかったのでコンピュータを操作する係になった。



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