第7話
ホームルームが終了し、それからも大輝から詰め寄られるのかと不安に身悶えしていた紫音だったが、意外とそうでも無く平和に時間が過ぎていった。
彼は、あれでもと言うべきか、あれのおかげと言うべきか、他クラスにも友人がいるらしく、紫音に構う暇など無かったのだ。
普通の学校生活を望み、それを叶える為にも友達を欲している紫音は、そんな彼を羨ましく思う。尤も彼のようになるつもりは毛頭無いが。
放課後になり、佐藤先生から職員室へと呼び出されていた紫音は、タイミングを見計らって愛理と修夜に別れを告げる。そしたら二人とも部活動に行くらしく、丁度いいとの事だった。
職員室まで足を運び、「失礼します」と踏み入れ、名前と来室した理由を告げる。するとそこには、天使を彷彿とさせる女子生徒――その比喩をするとなれば、自ずと誰かは絞られるが、雨塚波莎も訪れていた。
「へぇ、雨塚さんも呼び出されてたんだ」
「私はあくまでもオマケみたいなもんだよ。今回は紫音くんがメインだね」
「え、俺? 何で?」
そこで紫音が疑問を提示したことで、事務作業のためパソコンとにらめっこをしていた佐藤先生が、くるっと椅子を回すと、こちらに向かい合って口を開いた。
「これから天谷くんには、学校の全体を覚えてほしいんだけど、生憎先生は今、手が離せない状態だから雨塚さんに頼んでもらったの」
「あー、なるほど、分かりました」
試験の際に職員室に赴く必要があったため、その階層の教室は既に脳に入っているのだが、それ以外の場所はからっきしである。
事実、紫音は佐藤先生と共にするまで、自身の教室の場所さえも分からなかったくらいなのだ。そんな彼だから他の教室が分からないのも当然であった。
「じゃあ行こっか、紫音くん」
「うん、よろしく!」
そう言って二人は職員室を後にすると、隣に並んで歩きながら、波莎に教室の紹介をしてもらった。
「紫音くんまだ時間ある?」
一通り場所を理解し終えた所で、波莎が言った。
「全然あるけど、どうして?」
「せっかくなら部活も見てもらおうと思って」
「あぁ良いね。見たい!」
後遺症の都合上、入部できる部活は限られている紫音なので、正直に言えば、元から入る気などはさらさらなかったのだ。だが、知っておいて損は無い。
運動部ばかりに考えを取られていた紫音だが、もしかすれば文芸部にも興味が湧くかもしれない。そういう訳で波莎の提案に快諾したのだった。
――色々な部活を見学していく内に、分かった事があるのだが、やはり波莎はモテていた。
特に外で活動をしていた人たちなんかは、波莎の存在を見つけた途端に、露骨にペースを上げていたのだからかなり分かりやすかったのだ。
そうやって紫音たちは、テニス部の前まで足を運ぶと、一枚の金網フェンスを隔たりにして、聞き馴染みのある声がかけられる。
「お、紫音じゃねぇか。それに雨塚さんも。何だ? 二人きりでデートでもしてんのか?」
波莎に視線が集まる中で、命取りなことを平然と言ってのけるのは修夜だった。これが彼女持ちの余裕とでも言おうか、その言葉に悪意が無い事が怖い。
「ううん、全然そんなんじゃなくて、ただ部活を教えてるだけだよ」
と、波莎はすぐさま訂正する。それには変に誤解されると困るというのももちろんだが、一番は波莎を崇拝するファンを暴走させない為であった。
「そういうことだね」
「ふーんそっか」
少し思うところもあるようだが、これ以上何か喋るのは危険だと悟った修夜は体面だけでも納得する。
そして今度は表情を変えて、
「よかったらテニス触ってみるか?」
と修夜に持ちかけられた紫音だが、紫音はいろいろ考えて、最終的には断った。
「てか、部員でもなんでもない人が勝手なことしてたら怒られるでしょ」
真っ当に拒否の理由を述べる紫音に、修夜は「先生はいつも来るの遅いから、あんま気にする必要ない」と言っていたが、それでもやはり傷のことがあって紫音には、まともに運動をやろうとする気力が無い。故に全力でお断りする。
「そう言えば、雨塚さんは部活入ってないの?」
ふと気になったことをそのまま尋ねてみる。
「私は生徒会に入ってるからね。やる時間が無いんだ」
との事だ。
そうして一通りの部活動も見学し終えた所で、波莎に一言礼を言って別れると、校門まで歩き出す。
そこには紫音の実妹――天谷美波が待っていた。
「お帰りお兄ちゃん。学校はどうだった?」
「初日だからいろいろあったけど、まぁ楽しかったよ」
今日だけを振り返ってみても、それはもういろいろあった。波莎との開口一番が謝罪だったり、大輝にしつこく過去を探られたり、だが、それらを紫音は妹に話すことは無い。それはひとえに心配をかけたくないからである。
そうして二人は家へと帰った。
一旦区切りです。ありがとうございました。
二章からは体育祭編に移ります。