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第6話 

 紫音の傷痕を気になっていたのは、何もチャラチャラとした男子生徒だけでは無く、全員がそうだと言えるだろう。紫音に目を向ける時、大抵の人間は顔などでは無く、その傷に吸い込まれるくらいなのだ。寧ろ、気にならない方がおかしいというのは紫音でも分かる。


「え、傷痕って、そんなのあったんだ。うわ、全然気付かなかった」


「修夜ねぇ……」


 先程全員といったが、それは修夜の言葉によって訂正させられる。それには愛理も思わず呆れ顔だ。


 傷痕なんて関係なく、ただの普通の人として接されていた事を知った紫音は、修夜の言葉に嬉しくなった。


 だがそれは同時に、知られてしまった事による恐怖、即ち、気持ち悪がられて距離を置かれたりはしないだろうかという不安も募っていったのだ。


「ハッハハァ! 修夜はほんっと〜に馬鹿だなぁ〜。おい愛理、修夜にもっとちゃんと勉強教えてやれよ」


「うっせぁボゲェ!」


「おいおい、マジか。大輝(だいき)に言われちゃったよ俺……いよいよ終わりだって俺ぇ!!」


 教育不足だと指摘するその男子に、愛理は一言叱咤し、当の修夜は言ってきた人物が人物なだけに悲嘆に暮れるが、実の所、その大輝と呼ばれる茶髪ピアスの成績は、容姿に見合わずある程度できるのだ。


 そしてそれは、愛理と修夜も例外では無い。では何故修夜が終わりだと嘆いたのかといえば、ひとえに大輝の素行の悪さが理由であった。


「はっ! うっせぇぞお前ら!」


「一番うるせぇのはお前だよ」とは、クラス全員の心中で相違ない。

 自分が発端なのにも関わらず、大輝はめんどくさげに二人を一蹴すると、改めて紫音の傷を見た。


「――んで、お前よ、お前。この傷なに?」


 再度紫音のタブーを問い質す大輝だったが、一概にそれを悪いと言えないのが現状の教室の空気にあり、紫音のその切創を気になる者からすれば、大輝の質問は願ってもない事なのである。


 だが大輝が紫音に訊ねるまで、誰一人としてそれを聞くものは現れなかった。(確かに波莎には聞かれはしたが、最終的に、はぐらかす事に成功したし、その時には周りはまだ誰一人として来ていなかったので例外とする。)聞けなかった理由としては、やはり紫音が転校生であるということもそうなのだが、その創痍があまりにも惨たらしいために、本人にとって繊細なものであるということは、明言されなくても誰もが感じ取っていたからである。


 故に、誰も聞くような真似はできなかったし、聞く勇気も無かったのだ。


 もし仮にその傷が大輝の言うように、本当に過去に馬鹿をやって作られた物だった場合、聞いた本人は、今後の学生生活を安全に過ごせるとは限らないのだから。

 されるかどうかも分からない報復を恐れて、不登校や自主退学なんてのもあるかもしれない。結局は皆怖かったのだ。


 気にしていた所をほじくられた事に、紫音は一瞬、感情的になって言い返そうとしたが、目を閉じて、冷静になって考えてみる。


 ここで大輝の言葉に乗っかれば、この状態からは脱却できるかもしれないが、今後のことを考えると、交友関係が限定されそうなので紫音としては避けたいところ。


 あやふやにして応えたり、無理のありすぎる嘘を付くのも、自分が危険であると暗に示す事になるし、変な噂に尾ひれがついて、孤独街道まっしぐらだ。


 いっその事真実を話すべきかとも思ったが、それを話すにはまだ信頼関係が足りなさすぎる。


 しばらく学生生活を共に過ごし、お互いの性格やらを理解できた段階で、実は――と打ち上げることができれば、『お前はそういうのを気にされるのは嫌いだから……』とか、『いつも通り接していこう』などという考えも浮かぶのだが、それが無いゼロの今では、同情されるだけで終わりだ。


 何よりそれには、悪意が全く乗っていないのだから余計にタチが悪いのだ。

 もしその同情を無下にした場合、矛先は自分に向くのだから。


 つまるところ紫音はここで、大輝の質問には乗っからず、かと言って波莎の時のようにあやふやにしたりもせず、真実も話さずの、ハッキリとしているが事実ではない理由を、あたかも真実であるかのように述べなければならないのだ。


 ――うん、無理!!


 紫音は目線で佐藤先生に助けを求めた。

 佐藤先生はそんな紫音のSOSを察知すると、大輝の方に視線を移して、「伊賀(いが)さん、早く自分の席に座ってください」と窘めた。


「えー、でもよ〜、ぶっちゃけ先生も気になんだろ? これ」


 先生の諫言も他所にして、伊賀大輝は負けじと紫音の弱点を探ってくる。


 そんな彼に怒りを覚えたのか、佐藤先生の目付きはいつの間にか鋭いものへと変化しており、「気になりません。早く座って下さい」と、その声色も数段怒気を帯びており、先生としての威厳をふんだんに発揮させていた。


 それを聞いて、さすがに大輝も不味いと思ったのか、「つまんね〜」と悪態をつきつつではあったが、大人しく席へ座るのだった。


 こうして空席は一つも無くなり、初めて全員が揃ったのであった。


 大輝の件はその場しのぎで何とか切り抜けることができたが、釈然としない気持ちは残らせたままである。


 遅かれ早かれどうにかしないといけない状況に、紫音は頭を悩ませた。

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