第5話
まるで夫婦漫才のように、息のあった掛け合いをする修夜と愛理を紫音と波莎は楽しげに笑い合い、たまに会話に参加する。
「てかさ、転校生ってホームルームん時に、ドアから入ってきて、そこで初めてみんなと邂逅! ……みたいなの想像してたんだけど、紫音を見るにそういうんじゃねぇんだな」
転校生といえばで、瞼に浮かんだ疑問を修夜は口に出してみる。確かに修夜の疑問は御尤もだし、それは一般的ではあるのだが、ここ聖高校においてはそれが当てはまらないようだ。ちなみにその理由は転校生本人の紫音でさえも分からない。
「あんたねぇ、漫画の読みすぎなんじゃないの? そりゃ、そういう所も確かにあるのかもしれないけど、全部が全部同じって訳でも無いでしょ。世界にはそれはもう沢山の学校があるんだし、学校以上にたくさんの人もいるし。ほら、千差万別ってやつ?」
「ふーん、まっ、そういうもんか!!」
学校の数だけ人がおり、人がおれば一人一人の性格も違ってくる。三者三様、十人十色。そういって愛理は修夜の疑問を解消した。
――本鈴のチャイムが響き渡り、時刻は午前八時三十分。愛理と修夜含めクラスメイトたちは全員席に着いている。が、これで全ての人が揃ったのかと思えばそうではなく、一つの空席を残していたこと以外は全員席に着いている形だった。
愛理と修夜、それから波莎の圧倒的な光のオーラが紫音の立場を狂わせていたのだが、これでも紫音は転校生だ。教室に入ってくる生徒の姿を、もれなく全員一瞥くらいはしていたのだが、その過半数が波莎の笑顔に顔を綻ばせていたのを紫音は知っていた。
やはり、その事実だけで彼女は『誰からも好かれる委員長タイプ』であることを紫音は確信していた。
圧倒的なまでの美貌はもちろんだが、一挙一動の細部まで気を使われた美しい所作が、これまた彼女の魅力を底上げしており、嫉妬する事すら烏滸がましいと思わせる程であった。
本鈴から時間を経たずして、一年D組の担任――佐藤柳子先生が教室へと入ってくる。やがて教卓の前まで辿り着くと、上半身の体重をかけるように両手を着いた。
「ホームルームを始める前に、もう既に見えていますが、転校生の紹介をします」
佐藤先生のこっちに来て下さいという手招きを見て、紫音は皆の前に出る。
緊張で喋れなくなったらどうしようと、不安に思いもしていたが、一応は教室にずっといたことも相まって、そこまでプレッシャーに感じる事は無かった。
スーッと一回息を吸って、口腔で空気の球体を作り、ホッと一回で全てを吐き切る。
「えー、初めまして! 転校生の天谷紫音です! 分からない事だらけではありますが、皆さんと仲良くできると嬉しいです!! よろしくお願いします!」
転校してくる前はどこにいて、何をしていたのか、本来ならば話さなければならない事から徹底的に遠ざかり、在り来りな自己紹介で済ませるのだ。
もちろん、事情を知っている先生が、それに対して咎めることは無く「ありがとうございました。席に戻って下さい」と促した。
そうして紫音はそのまま自席へ戻ろうと、足を踏み出したその時だった。後ろの引き戸がガラガラと開き、一人の生徒が入室してくる。
「悪ぃ〜っす〜、いやまじで遅れたわ〜、さーせぇーん。つかマジでさぁ、聞けよ修夜――」
既に本鈴は鳴り終り、辺りは静寂に包まれる中で、酷く陽気に包まれた、いや、それを陽気と表現するには同じ系統に属する修夜に些か失礼だろう、時間とその場の状況を考えられない耳障りな声色が、静まり返った教室内に轟いたのだ。
名前を呼ばれた修夜は机上に肘を立てながら、片手で頭を抱えており、佐藤先生は「遅刻ですよ、気を付けてください」と注意している。
「いやだからすんませんって〜。てか、それ誰?」
反省なんて微塵も感じさせず、終始へらへらとした声のトーンで、その標的は紫音に向けられ、周囲の視線もまた紫音に集中させられる。
それもそのはず、現状視線が集まる可能性のある人物といえば、三人しかいないのだから。
先ず一つ目の条件として、大半が座っていることに対して立っている人物が当てはまる。今回だと佐藤先生、紫音、そして遅れてきた男子生徒の三人。
佐藤先生はこのクラスの担任という事もあって無条件でその候補からは除外され、残りは遅刻してきた男子生徒と紫音の二人だが、そもそもの根源が男子生徒だったため、それは自ずと紫音に集まったという訳だ。
座っているだけで一際異彩を放っている波莎も、今回ばかりはあてにならない。
ダークブラウンに染め上げた頭髪に、耳朶にキラリと輝く十字架のピアス。聖高校の校則は、ハッキリ言って緩い為、彼が容姿で咎められることは無い。
その男子生徒は睨みつけるように眉を顰めて、紫音に向かって歩み寄ると、いきなり肩に腕を回した。
「えぇ、何その傷? うわ、しかもめっちゃあるし。くっそグロいけど超カッケェな。 え、何、お前もしかして、中学派手やってた感じ?」
そう言って紫音の体を揺らしながら、確実に人の地雷を踏み抜くのだ。