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電車売りの男

作者: 村崎羯諦

「今年度より我が社は富裕層をターゲットに電車車両の個人向け販売を行うことにした。そしてその事業の責任者を牧野くん、君にお願いしたい」


 狭い社長室。何も聞かされないままやってきた私は社長が言っていることがよくわからないまま「はあ」と返事をする。


 なんでも社長がJRの偉い人とコネを持っているらしく、使わなくなった車両を安く売ってくれることになったらしい。でも、なんで私なんですか?と社長に尋ねると、社長は私が飲み会で、子供の頃は電車の運転士になりたかったと言っていたからだと教えてくれた。


 理由はさておき、任命された以上自分の勤めを果たさなくてはならない。だけど、電車の車両が欲しいなんていう個人はそうそうにいないし、電車が好きそうな人たちに営業をかけても、値段を言った瞬間にシャットアウトされるのがオチだった。


「電車を個人で買おうとするなんてアラブの石油王くらいだよ」


 私の仕事を聞いた同期は笑いながらそう言った。私もつられて笑いながらも、同期の言うことももっともだなと心の中で思った。ちょうどその頃、ニュースでアラブの石油王が日本に観光に来ているということを聞いたので、私はあらゆるコネを使い、なんとかその石油王へコンタクトを取った。


「ちょうど良かった。今まさに私の邸宅が広すぎて移動に困っていたところなんだ。電車を売ってくれるということはつまり、線路も一緒に引いてくれるんだろ?」


 そこまでできるかは正直わからなかったけれど、できますと答えた。それからはトントン拍子で話が進んでいって、うちの会社はアラブに大富豪の家に邸宅の中を一周する電車を建設することが決まった。


「そういえばこの電車を運転する運転手を探しているだが、やってみないか?」


 私は大富豪に直接そうスカウトされた。資格とかは持っていなかったけれど、電車が好きだったからどうすれば運転できるのかは知っていた。ちょうど無理難題を言うだけの会社とおさらばしたいと思っていたのでそれを承諾し、石油王の家で住み込みの運転手として働くことになった。


 それから毎日、私は遠い異国の地で電車を運転し続けている。電車に人が乗っていたのは最初の数ヶ月くらいで、今はほとんど乗客はいない。それでもクビになることはなかったので、決められたダイヤで電車を運転している。


 電車を運転しながら、昔は親と一緒に電車で遠い場所まで出かけたことを思い出す。その帰り、遊び疲れてクタクタになって、寝ぼけ眼になりながら、車窓から見えた綺麗な夕焼けを私は今でも鮮明に思い浮かべることができる。不満とかがないわけでは決してないが、子供の頃の夢を叶えられる人は少ないから、私は幸せ者なのかもしれない。誰もいない電車の運転席で、遠くに沈んでいくアラブの夕日を見ながら私はそう思うのだった。

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