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第九話 聞かれたら嫌だなと思っていたけど

こんばんは、よろしくお願いします!


 弟は決意したかのように両手を膝の上で握りしめると話し出した。


「聖女様のことで。兄上は……、その。あの子のこと、どう思ってる?」

「どう、とは……、またその質問か。人柄についてなら、得がたい人物だと思っている。是非こちらに残っていただきたいと思う」


 婚約者殿といい、最近聖女殿について立て続けに問われている。なぜだろう。と、弟はためらいがちに続けた。


「彼女を……、その、婚約者に替えるつもりは、ある?」

「は?」


 あまりにも想定外のことを言われ、私は彼をまじまじと見つめた。

 なるほど、そういうことか。婚約者殿が、何も聞かないでくれと言ったり気持ちと向き合えと言ったのは、婚約者の交代を視野に入れていたからか。私が聖女を気に入り、長年の婚約者と交代させるかもしれないと思ったということだ。彼女はそれでいいというのか。私は苛立ちを感じた。


「そんなことで私は、自らの婚約者に避けられていたのか」


 しばらくの沈黙の後、私が言うと魔術師長は詰めていた息を吐いた。


「そこまですぐ推測できるほど頭の回転がいいのに、全く、兄上ときたら。聖女様は、伸び代しかない残念仕様だの、ポテンシャルオンリーのポンコツだの言っていたよ。言い得て妙としか言いようがないなあ、反論したくても出来ない」

「意味はよくわからんが、お前に私の悪口を散々吹き込んだと聞いている。ろくでもない事なのは回転の良くない私の頭でも推測できるな」


 弟はため息をついた。


「あのね、兄上が彼女を気に入っている様子は、割と知られてるんだ。すわ婚約者交代かと、普通はそれをすぐ思いつくでしょ、普通は」

「普通でなくてすまないが、婚約者の交代など、今お前に言われるまで思いに浮かびすらしなかった。そんなつもりは一切ないし、そんなことを私がすると、自分の婚約者にも、自分の弟にも思われていたとはな」

「世間一般に思われてるよ。思っていないのは、兄上と聖女様本人くらいじゃないか。彼女はやっぱり、僕たちと感覚が違うから。それが兄上には影響しているみたいだね」

「影響というか、私の感情発露の一因に、聖女殿があるのは間違いない。彼女に振り回されて様々な感情が湧いてきたからな。今後も側に居てくれれば、感情発露も更に促進されるだろう。しかしそれは、お前や婚約者殿が長い時間をかけて素地を作ってくれたからだ。例えそれがなかったとしても、長い間支えてくれた婚約者を替えたりしない。

 確かめたい事とはそれだけではなさそうだが」

 

 弟は居住まいを正すと頭を下げた。


「兄上。すみませんでした。その……。いささか焦っていて。

 ……とにかく僕は思っていた以上の答をもらえた。聖女様は、兄上と婚約者の距離が開いていることを心配しているよ。それとなく探ってきてと頼まれたんだ」


「私の知る、()()()()()とはずいぶん違ったが、心配いらないと伝えてくれ。

 では、私からもひとつ聞きたい。私はお前に率直に答えたつもりだ、出来ればお前にもそうしてもらいたい」


 私はさらに酒を勧めた。


「……聞かれたら嫌だなと思っていたけど、やっぱり聞かれるか。何だろう」

「何を聞かれるか分かっているようだが、聖女殿のことだ。お前は、「どう」思っているのだ」

「何を答えるか分かっているみたいだけど、僕は……、あの子が好きだよ。できる事ならゆくゆくは婚約したいと思っている」


 予想通りの答に、私はゆっくりと頷いた。


「その事を彼女には?」

「いや、まだ何も。兄上のお心を確かめてからと思っていたんだ」


 つまり、私が婚約者を聖女に交代すれば、弟は思いを伝えないつもりがあったのだ。ずいぶんと余計な気をまわしたものだ。


「お心も何も。私の感情は未熟なのだろうな、離れがたいとは思う。共にいたり、お前たちと楽しそうに過ごしているのを見ていると、心が湧き立つ思いがするが、それ以外には何とも。こんなことを言うと婚約者にさらに距離を取られてしまうかな」

「あの方は兄上を愛してるよ」


 私は苦笑した。


「それは彼女の口から聞きたかったな。さすがに私でも、それくらいは承知している。そうでもなければ、こんな私を献身的に支えることなど出来ないだろうからな。

 私には愛という強い感情はまだ分からないが、お前と彼女だけが、昔から私の特別だった。それは人の気持ちが分かるようになるずっと前からだ。そして今後もその予定だ」

「感激で涙しそうだけど、そうじゃないんだよなあ。僕と婚約者を同列にしてる時点で、不安しかない」

「よく分からんが、聖女がこちらに残るかはお前次第という訳だ。大いに頑張ってもらいたい」

「それもだいぶズレてるけど、彼女は帰る気持ちは変わらないと思うよ。そこは変に期待しない方がいい」

「お前はそれでいいのか」

「全くよくない。だから道を探っている。とにかく、自分の婚約者と、もっと話をしたほうがいいよ。相当誤解してるみたいだ」

「それが避けられていて困惑している」

「困惑。兄上がねぇ。召喚前には想像すら出来なかったけど、嬉しい変化だよ。

 さて、すっかり酔ってしまう前に、イヤな宿題を済ませてしまおうか」


 第二妃の事だ。こいつらしい言い草だ。


 数日後、ふと中庭を見下ろすと、聖女と弟が何やら話し込んでいるのに気付いた。ずいぶんと深刻な顔で熱心に話している。なんだか落ち着かない気分で見ていると、ようやく弟は聖女を抱きしめ口付けした。

 おいおい、何もそんな場所で告白しなくても。誰が見てるのかもしれないというのに。いや、見ているのは私か。

 自分の思いが滑稽に思えて、私はそっと窓際を離れた。




次回

どういうことだ!

ありがとうございます、また明日!

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