第六話 おにいちゃんの悪口
その後聖女は定期的に通ってきて、歴代聖女の手記を読むようになった。その中には聖女の故郷からすると外国語にあたる言葉で書かれた物もあったらしい。「もっと勉強しときゃよかった」などど言いながら読み進めている。
ある時は婚約者殿を、ある時は魔術師長を伴って執務室にやって来た。侍女を連れてくるようにもなったので、特別に入室を許可した。そのうち時折、休憩と称して雑談をするようになった。
ある日は、私の婚約者である令嬢について話題が及んだ。婚約者になった経緯や、初めて出会った時のことなどを聞きたがった。単に、幼い頃から最有力候補だったので、親同士が交流させたのだが。
「あのお姫様は、すごいね。あんな風に自分の気持ちを客観的に見れるなんて、きっとずーっと王子様に、自分の感情を説明してきたからなんだろうなあ。アタシ、大好き。他の人の気持ちもよく分かってるっていうか、説明も上手だしさ、こうこうこうだから、今こんな気持ちだとかさ。……わかる?」
「……いや。申し訳ないが。彼女が優秀だと思っていることは伝わった」
聖女は一呼吸置いてから、ため息をついた。
「……あのさぁ、ぶっちゃけ。じゃなくてえーと、率直に。彼女のことはどう思ってるの?」
「どうとは?」
「そっか、わかんないのか。えっとー、どんな人だと思ってる?人柄が」
人柄か。
「公平で、偏見なく物事を見る」
「うんうん」
「努力家で、粘り強いな」
「そうそう。それで?」
「面倒見が良くて、優秀だ」
「うんそう。そうなんだけど、そういう部下への評価みたいんじゃなくて、婚約者なんでしょ?もっとこう、なんていうか、なんかこう、ないの?」
なんかこう、とは?
私が黙っていると、聖女は再びため息をついた。
「……ごめん、わかりにくかったね。じゃあ、小さい頃の思い出話を聞かせてよ。お姫様、どんな子だったの?」
「魔術師長にも聞くといい。幼い頃はよく一緒に過ごしていたからな。彼女には私たち兄弟と同じく相互理解の能力が発現したので、婚約者候補になったのだ」
「え!」
聖女が大声をあげた。
「兄弟って、あの魔法使いのお兄さんと?!兄弟だったの!?ウッソー!」
「嘘ではない。あいつは私の弟だ」
「いや、嘘だと思ってるわけじゃなくて、信じられないくらい驚いたっていう意味なんだ。じゃあ、あの人も王子様なの?」
「血縁関係から言えばそうなるが、あいつはもう王族を離れているから厳密には違う」
聖女は一瞬言い淀んだが、すぐに続けた。
「でも、その……。あんまり似てないね」
「母親が違うからな。私の母は亡くなってね。あいつの母を陛下は娶られたが、正妃には据えず第二妃とした。あいつと同じく魔術に優れた、賢妃と呼ばれる方だ」
「衝撃の事実。最初に紹介した時に教えて欲しかったな、そういう家族関係とかは、あんまり人に言わないものなの?」
私は少し考えた。ああ、そうか。兄弟と紹介しなかったのをそのように捉えるのか。
「そんなことはない。私にとって、弟であるということより魔術師長だということの方が重要だからというだけだ。わざわざ言及するまでもなかったと言うべきか。弟は生まれで決まるが、魔術師長はあいつの努力の賜物だ」
「なるほどねぇ……。めちゃ納得の理由。そうだったのか、アタシ、弟におにいちゃんの悪口、いっぱい言っちゃったよ」
「おにいちゃんの悪口……。私のことか。参考までに、どのようなことを言ったんだ?」
「そりゃあもう、色々!苦笑いしてた」
「苦笑い?あいつがが。見たことがないな。次回来た時に、是非そんな顔をさせてみてくれ」
それは、あなたの悪口を目の前で言うことになるんだけど!と聖女は笑った。
思いの外長時間、話してしまった。おかげで執務を急いで仕上げねばならなくなったが、不思議と捗った。
次回
一生後悔しそうなので申し上げます