番外編 侍女ちゃんズの日常
こんばんは、どうぞよろしくお願いいたします。
ある日、わたしは困っていました。
わたしが行儀見習いのため王城に上がって数ヶ月後、『相互理解』の能力を買われて聖女様のお世話役に抜擢された時は幸福と緊張でめまいがして倒れてしまったものです。
わたしは、祖母は貴族でしたが両親は商人の家の者です。ですから『相互理解』の能力は、家の商売にも行儀見習いにも、あまり役立つことがありませんでした。幸運にもその持て余していた能力が聖女様のお世話に役立つとわかり、わたしは歓喜し家族も祝福してくれました。
お世話役はわたしの他に二人います。侍女長様と、見習い侍女様です。
侍女長様は身分のある方で、王太子殿下のご婚約者のご令嬢と直接お話になる程、完璧なマナーと美しい所作をお持ちのお方です。戸惑うわたしに王城での作法などを教えてくださいました。
侍女見習い様は、市井の家の方です。わたしよりも王城での経験は浅く未だ侍女には取り立てられてはいませんでしたが、『相互理解』の能力を買われて今回侍女見習いとして聖女様のお側にあがられました。
聖女様はわたしたちのことを「侍女ちゃんズ」と呼んでいらっしゃるそうです。そして、侍女長様は「大きい子ちゃん」、見習い様は「中くらいちゃん」、そしてわたしのことは「小さい子ちゃん」と呼んでくださるそうです。
わたしの『相互理解』は、他のお二方ほど高くありません。時折、「通訳」してもらわねばならないこともあり、お二方にも聖女様にもご迷惑をおかけしてしまい申し訳なく思っています。聖女様も当初は、一番能力が高く、わかりやすい見習い様を頼っておられました。
しかし最近は、わたしたち三人を平等に扱おうとされているのでしょうか、わたしにもよくお声かけいただくことが増えてまいりました。
そこで困っているというわけなのです。
「貴女がなにか思い悩んでいるように見えましたの。
聖女様のお世話に関することならば、お互いどんなことでも打ち明け合って解決しなければなりませんわ。よければ、お話しくださいません?」
侍女長様がわたしを呼んで、三人で打ち合わせをすることになりました。わたしたちは毎朝、その日にあったことや気付いたことを報告し合うのですが、この日は夕刻にもかかわらずお二方とも残ってくださいました。
「お二方……」
わたしはお二人を見ました。侍女長様は優しく微笑んでいらっしゃいますが、見習い様は少々不満顔です。あまりお引き留めしてもいけません。わたしは逡巡を振り払い、ご相談することにしました。
「ありがとうございます、実は、少し前のことですが、朝の身支度に伺った際、聖女様はハヤイ!と言われたのです。早く来すぎてしまったのかと思いましたが聖女様は笑顔ですし、わたしも笑顔で礼をしてお世話したのですが……。次の日は念の為少しだけ遅くお伺いしたのですが、ハヤイ、アリエナイ!と言われてしまって……。
聖女様はずっと笑顔でいらっしゃいましたが、なにかしら粗相をしてしまって注意をされているのだとしたらと思うと身も細る思いなのです」
わたしは『相互理解』の能力が一番低く、聖女様のお言葉があまり理解できません。情けなさと申し訳なさで目頭が熱くなってしまいます。
侍女長様は、そんなわたしの手を優しく取って微笑んでくださいました。
「そのお気持ちはよくわかりますわ。わたくしも、同じ思いです。でも、ただ思い悩んでいても解決しませんわ。どんな些細なことでも私たち三人、話し合って解決しましょうと決めたではないですか」
そこに、見習い侍女様が口を挟まれました。本来ならば、侍女長様のお言葉の途中で口を挟むなどあり得ないことなのですが……。
「昨日の朝のことだったら、聖女様は、早いね、ありがとう、って言ってたんですよ、わかんない時は教えてあげるって言ったでしょ?聞いてくださいよ」
見習い侍女様は得意そうに、そして少しわたしを見下すように微笑まれました。
「まあ……。お叱りではなかったのですね。ありがとうございます」
わたしが微笑んでそう言った時、なんと聖女様と一緒に、王太子殿下の婚約者のご令嬢が入ってこられたのです。なんということでしょう。わたしたちは慌てて立ち上がり、礼をとりました。
「皆様お集まりで、なんの密会ですの?」
ご令嬢が揶揄うように仰いました。そこで口を開いたのは見習い様でした。
「こっちの、聖女様が「小さい子ちゃん」と呼んでる侍女様が、聖女様のお言葉が全然理解できてなくて、あたしたち困っているんです」
わたしはつい、見習い様をきつい目で見てしまいました。最初にお話になるならまず侍女長様でなければなりませんし、そもそもわたしたちはまだ発言も許可されていません。
「なによ、本当のことじゃない」
見習い様の言葉に、わたしはサッと目を伏せました。高貴な方のまえで口論するわけにもまいりません。
「あなたに発言の許可をした覚えはありませんよ、ましてや侍女長よりも先に口を出すなんて言語道断です。わきまえなさい」
ご令嬢が厳しく叱責なさいました。見習い様は顔を赤らめましたが、羞恥なのか怒りなのかはわかりません。
「アリエナイ、ワカラナイ?」
聖女様がわたしにおっしゃいました。
「ありがとうという言葉がわからないのかとのお尋ねですよ。発言を許します、率直に申し上げなさい」
ご令嬢が訳してくださいます。
「はい、申し上げます。そのお言葉が、わたしには、あり得ないと聞こえるのです。能力が低いために聖女様にご迷惑をおかけして大変申し訳無く思っております」
ご令嬢からの訳を聞いた聖女様は、なぜか大きな声で笑い始められました。わたしがキョトンとしていると、なんと微笑みながらわたしの頭を撫でてくださったのです。
「カンシャ、ワカル?」
「……はい!感謝ならわかります!聖女様、ありがとうございます、じゃなくて、感謝申し上げます!」
「ツネニ、カンシャ!」
「いつもありがとうと仰せですよ」
ご令嬢が言い添えてくださいました。
「そうですね、聖女様もあなた方も、一つの言葉には大抵、他の言い換えがありますわよね。さまざまに言い換えて、一番よく意味のわかる言葉をお互いに決めていくといいと思いますよ」
そうしてご令嬢はわたしに歩み寄ると、わたしの手を取られたのです。この方は王太子殿下のご婚約者様で、ゆくゆくは王妃、国母となられる方です。私はすっかり上気してしまいました。
「よいですか。よく覚えていてくださいませ。最も大切なのは、聖女様への感謝と忠誠の心です。『相互理解』は思いが強ければ強いほど、よく理解できるのです。貴女は信仰に篤く聖女様へ深い感謝の心を持っていますわね。それは表面の言葉面を理解する力よりもずっと貴重なことですよ。聖女様がよく貴女を頼っておられるのは、その気持ちが伝わっているからなのです。皆様もそのこと、心に刻んでくださいませ」
そう言われるとご令嬢はチラリと見習い様を見やり、にこりと微笑まれ、聖女様と共に退出されました。わたしは礼をとりながらも感涙を抑えることができませんでした。
それから、わたしはできるだけさまざまな言葉で聖女様と会話するように心がけました。例えば、おやすみなさいませならば、「良い夜を」とか「十分な休息を」などです。聖女様がお気に召したのは、「夢でお会いしましょう」という言葉でした。「ステキ!」と言われて、毎晩「ユメデアウ!」と言ってくださるのです。なんて素敵な方なのでしょう。わたしは嬉しさと感謝の気持ちを精一杯込めて、「はい、夢でお会いしましょう」と申し上げるのでした。
ある日、聖女様がお出かけになるので、わたしは他の侍女たちと並びお見送りいたしました。三人で順番に「いってらっしゃいませ」と申し上げたのですが、わたしの番の時に、聖女様は意味がわからないという顔をされました。皆、同じことを申し上げているのに、やはりわたしの『相互理解』では意味が通じないのでしょうか。見習い様はわたしを見てこっそりと笑いました。
しかし精一杯微笑んでいると、聖女様はわたしに話しかけてくださいました。
「ソトニデル、コトバ?」
わたしの申し上げたことが外出の際の挨拶なのか?というお言葉でしょう。わたしはいつものように、色々な言い方で外出の際の挨拶を申し上げてみました。ご無事で、とか、お早いお帰りをお待ちしています、などの言葉の中で、わたしが「楽しい一日をお過ごしください」と申し上げると、聖女様はにっこりと笑って、「カンシャ!アナタモ!」と言ってくださいました。お見送りのご挨拶はこれに決まりです。
こうやって、わたしと聖女様との間には、挨拶などの決まり事がひとつずつ増えていきました。わたしはいつでも、心を込めて聖女様にそういった言葉を申し上げ、聖女様もわたしに理解できる言葉を選んで答えてくださるのです。
わたしは幸せでした。見習い侍女様がそれを憎々しげに見ているのには気付いていました。しかし彼女があのようなことをしでかすほど屈折した思いを抱いていようとは、夢にも思わなかったのです。
城の中がなにやら騒がしく、わたしと侍女長様は顔を見合わせました。わたしたちは教会の先生から能力向上の指導を受けている最中でした。でも、王城の中でこのように騒がしいことなど、あってはならないことなのです。足音や物音を立てないように、扉の開け閉めにも食器の持ち運びにも細心の注意を払うのが王城なのですから。
「なんだろう?」
先生が教本から顔を上げておっしゃいました。この方は貴族の出で、侍女長様はともかく、本来ならばわたしなような身分の者を指導されることなどはないお方なのですが、教会の魔術師長様直々のご依頼で指導をかって出て下さった、熱心な先生なのです。その先生が眉根を寄せて聞き耳を立てておいでです。なにやら男性の怒鳴り声が聞こえるに至って、先生は立ち上がられました。
「僕が様子を見てきます。僕が外に出たら、あなたがたは中から鍵をかけるんです。信頼できる人からの呼びかけ以外、決して開けないように、いいですね」
そんな、それでは先生が危険な目に遭ったら、とっさに逃げ込むところが無くなってしまいます。わたしは、なにも言うことができませんでした。
「わかりました」
侍女長様はしっかりとした声でお答えになりました。わたしもハッとしてコクコクと何度も頷きました。
「どうか、お気をつけて……!」
わたしが思わず呼びかけると、先生はちょっと驚いたようにわたしをご覧になりましたが、顎を引くと素早く出ていってしまわれました。
侍女長様とわたしは扉以外でも鍵をかけることのできる場所は全部かけ、部屋の真ん中へ腰掛けを移動して二人で座りました。この腰掛けは、わたしたちが普段、部屋の隅に控えている際に使うもので、いざという時は座面をしっかりと持って足の部分を武器がわりにするようにできています。
わたしと侍女長様はじっと待ちました。そして、どれほど時間が経ったのか、トントンと扉を叩く音がして、声をかける方がいます。
「僕です、お二方はご無事ですか?」
よかった、先生です。わたしは侍女長様と顔を見合わせ、頷き合いました。侍女長様が扉の前で大声で話されました。
「そちらはどのような状況なのですか?」
「聖女様のお姿が見当たらないそうなのです、お二人も捜索に協力願います」
聖女様が!?わたしたちが慌てて扉を開けると、青い顔の先生と騎士様がお二人いらっしゃいました。騎士様方は部屋の中を見渡されましたがもちろん聖女様のお姿はありません。
「聖女様は今朝は見習いの侍女と共に図書室に向かわれました、彼女はどこに?」
侍女長様がお尋ねになります。
「その娘もいません、図書室の奥から姿を消しています」
先生のその言葉の衝撃で、その後の記憶は曖昧です。ただ立ったり座ったりをやたらと繰り返していた覚えはあります。
その後、聖女様は第二妃様によって拉致されたと判明しました。そして、それを手伝ったのが見習い様だとも……。
無事に救出された聖女様と、殿下の婚約者のご令嬢、そして私たちは、一度だけ見習い様とお会いいたしました。手枷をつけられ、騎士様に連れられた彼女は、それは物凄い形相でわたしを睨んでいました。
「なぜですか?」
尋ねたいことはないかと騎士様に聞かれて、わたしはそう彼女に問いかけました。
「あたしの方がずっと能力が高いのに!あんたなんか、「ありがとう」すらわかんないのに!身分があるからってヒイキされて、そんなあんたも、あんたをヒイキする聖女も、いなくなればいいと思った!」
あまりの言葉にわたしは頭が真っ白になり、なにも言うことができませんでしたが、聖女様がなにかおっしゃっているのを、ご令嬢が訳してくださいました。
「小さい子ちゃんの背は低いけど、いつも踏み台を持ち歩いたり道具を作ってあちこちに置いたりして、考えて工夫して、高いところでも届くようにしている。だから背は低いのに中くらいちゃんよりもずっと高く届く。
言葉も同じ。中くらいちゃんの言葉は伝わる言葉だけど、いつもぶっきらぼうで雑。小さい子ちゃんの言葉は心がこもっていて丁寧。今では小さい子ちゃんの言葉の方がよくわかる。あのね、あなたの身分なんて、アタシ知らなかったんだよ」
見習い様は崩れ落ちたまま、騎士様に連れられていきました。どのような罰を受けなければならないかは、わたしは知りたくありませんでした。
それからしばらくして、聖女様はお帰りになってしまわれました。魔術師長様と共に……。お帰りになる前日、聖女様はわたしと侍女長様とに、「ピアス」という耳飾りを片方ずつくださいました。そしてわたしたちを一人ずつぎゅっと抱きしめると、「オオキク、オオキク、カンシャ!ゲンキ!」とおっしゃいました。わたしは涙を抑えることができませんでした。わたしたちはそれぞれ、常にしていた聖女様の侍女の印である腕輪を聖女様に差し上げました。
「聖女様にも、大きな大きな感謝を申し上げます。どうか、楽しい日々をお過ごしください」
わたしがそう申し上げると、聖女様も涙を流され、もう一度強く抱きしめてくださいました。そして、たどたどしく、わたしの名前を呼んでくださったのです。私たちの名前は難しすぎて覚えられないとおっしゃっていたのに……。
聖女様がお帰りになられて三年後、わたしは結婚しました。お相手はあの時の先生です。子供にも恵まれ、幸せな日々を過ごしています。それも聖女様のおかげです。聖女様からいただいた耳飾りは、我が家の家宝となっています。
どうかあの方々の日々が、幸せで満たされていますように。わたしは毎日、そうお祈りを申し上げています。
ありがとうございました。
今話をもちましてこの物語は終了とさせていただきます。
続編として、短編を用意しました。明日投稿します。
世界を渡った弟くん目線のお話です。
ジャンルが違うような気がしたので、独立させて短編にしてみました。そちらも、どうぞよろしくお願いいたします。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
それでは、また明日!
(投稿しました。目次ページ上部のシリーズリンクから飛ぶことができます。タイトルは「僕の楽園」です。どうぞよろしくお願いします!)