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第十三話 初恋の人

こんばんは、どうぞよろしくお願いします。



 結果として聖女は無事救出され、第二妃は捕えられた。このまま幽閉されることになるだろう。


 第二妃は焦れていた。上手くいかない企みの数々。彼女を遠ざける息子。着実に王位に近付く私。そうしているうちに、当の息子が聖女と共に異世界へ渡ろうとしていることを知り、逆上した。そうはさせじと聖女を拉致したが、聖女殺しは確実に露見する上に極刑だ。そこで聖女の周りに結界を張り、魔素の放出をできなくさせるつもりだったらしい。そうすれば自然と魔素が溜まって聖女は一人であちらへ帰る。ただ十日間、彼女を隠し魔素を蓄積させ続けていればいい。そう考えたらしい。まったく、賢いのか愚かなのか。無謀であることは間違いない。


 救出の経緯は魔術師長の報告を待たねばならないが、彼は聖女の元を離れようとしないらしい。救出後発熱した彼女を甲斐甲斐しく看病している。

 再三報告を促すと、ようやく彼はやって来た。


「兄上。彼女が狙われているのを知っていて一人にさせましたね?」


 彼の言葉に私は文字通り驚愕した。


「そんなことはしない、彼女のことは私だって気に入っているし、義妹になってもらいたいと思っているんだ」

「でも、僕があちらに渡ろうとするのを妨害し、彼女を一人で帰そうとしていた。第二妃と目的は同じではないですか。あなたが僕を彼女から遠ざけなければ、こんなことは起こらなかった。あなたにも一因はある」


 私は苛立った。そしてそれを抑えることができなかった。


「一因というならば、お前があちらへ渡ろうなどとしたから、第二妃が逆上しこんな事になったとも言える。お前も一因だ」


 彼は何か言いかけ、唇を噛んだ。


「殿下。殿下の顔を見ていると、もっと酷い事を口走りそうです。不敬を働く前に退出します。今回の経緯は後ほど報告書にまとめますのでご一読ください」


 そう言うと、私の返事を待たず背を向けて退出して行った。私は背中を見送ることしかできなかった。



 数日後、「報告書だそうです」と差し出された封書を受け取ってみると、ずっしりと重い。これは公的文書ではなく私信の様だ。

 部屋に戻るのももどかしく、私は封書を開いてみた。


『王太子殿下。兄上。


 また同じ様なことが起こり、僕は逆上していた。冷静になれば、兄上がわざと彼女を囮になんてするはずがない、とわかるのに、八つ当たりしてしまった。許してもらえると嬉しい。

 まずは何が起きたのかを報告したい。


 包囲されているはずの別荘に行ってみると、何故だが誰もいないので僕は驚愕した。おそらく第二妃が暗示でもかけて、包囲を解かせたんだろう。あわてて救援を呼んだが、僕は待ちきれず一人で乗り込んだ。

 第二妃は聖女様といた。彼女を捕らえて周りに結界を張っていた。あの方は僕の姿を見て薄く笑った。本音を言うとその顔を見て僕は震え上がった。体や心の痛みが一気に戻ってきたような気がしたよ。


 そうしたら第二妃は、聖女様のまわりに張られた結界を空気を通さない物に変えると脅してきた。高い魔術の無駄遣いだ。それでは彼女が窒息してしまう。

 何も見なかった事にして去れ。でないと彼女を殺すと言った。そして僕に暗示をかけようとしたんだ。これでも魔術師長だ。そんなに簡単には支配されたりしないけど、長時間保つかは分からない。

 何とか第二妃のスキをつきたかった。そこで例のあの玩具を使った。背を向けて出ていくフリをしながら、あの人に向けてあの玩具を走らせたんだ。

 聖女様は僕が何をするつもりか分かったはずだよ、あの玩具のネジを巻く音は、あの子にしか聞こえないからね。狙い通り、彼女は何も気付かないフリをした。第二妃は玩具があの人に向かっていくのに気付き、大声で叫んだ。その瞬間僕はあの人に失神の魔術を使った。

 色々な感情とか、記憶とかが一気に湧いてきた。殺意も沸いた。もう二度とない機会に、いっそ……、とも思った。でも、兄上がやりすぎるな、と伝えて来た気がした。お互い相互理解があると、離れていても強い思いが伝わることもあるのかもしれないね。だから殺さなかった。その後の顛末は承知しているだろう。

 

 あの可哀想な少女の墓に、第二妃が失脚した事を報告に行った。聖女様も一緒に来てくれたよ。


 第二妃は幽閉されたけど、これで諦めた訳じゃない。僕がいる限り、きっとまた馬鹿な事をしでかすだろう。

 僕があちらへ行きたいのは、もちろん彼女と一緒にいたいのが一番の理由だけど、僕がこちらにいない方がいいという思いもある。


 兄上が僕のことを惜しんでくれるのは本当に嬉しい。僕も生まれ育った地だし、みんなと別れるのは辛い。でも兄上たちは、僕が居なくなるのを知っている。そしてなぜ居なくなるのか、どこにいるのかも知っている。

 だが、あの子の家族は違う。あの子が突然居なくなり、その理由も、何処にいるのかも、どうしているのかも全く分からなくなるんだ。あの子の猫も、あの子がこのまま帰らなければ確実に死ぬだろう。彼女がここで罪悪感と望郷の念を押し殺しながら暮らしていく傍らで、見ぬふりでずっと過ごしていくことはできない。いつかきっと、破綻してしまうに違いない。

 あちらへ行くなら僕にとっても同じことになると兄上は言うかもしれない。でも確実に違うことが一つある。彼女は何の承諾もなく無理矢理こちらへ渡ってきて、僕は自ら望んであちらへ行くと言うことだ。

 

 今だから告げるけど、僕の初恋は義姉さん、あなたの婚約者の令嬢だった。あれだけ幼い頃一緒に過ごしたのだから、淡い憧れを抱いても仕方のない事だと思わない?でも彼女は、そよりとも靡かなかった。兄上の婚約者に正式に決まった時は、そんな場合じゃなかったけどちょっぴり兄上をうらめしく思ったよ。

 あの時は諦めたけど、今度は絶対に諦めない。


 それに、兄上の感情は確かにまだ未熟だけど、今後どんどん豊かになった時、本当に聖女様に惚れちゃったらどうしようなんてことも考えてる。そうなる前に二人でとっとと手の届かないところに行くつもりだ。

 我が儘を言っているのは自覚しているけど、これだけは叶えさせて。


 兄上の治世が平らかで揺るぎない事を心の底から祈っている。』




 手紙を読み終え、私は目を閉じた。



 あいつは、狡い。

 こんなことを告げられては、反対できない。

 あいつはほんとうに、行ってしまうのだろう。


 だが、聖女は私にはこっそりと、一人で帰る決心をしたと告げてきたのだ。弟はその事をおそらく知らない。それを知ったら、弟はどうするだろうか。それでも二人で帰ろうとするのか。

 どちらにしても、二人の決断を受け入れなければならない。


 何故か、彼女の深い色の瞳が見たかった。




次回

相変わらずの朴念仁(最終話)

ありがとうございました!

ついに次回で本編は完結、その後、番外編を一話投稿する予定です。

最後までどうぞよろしくお願いします!

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