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第一話 教本通りのはずなのに

どうぞよろしくお願いします!



 なにもない床から風が立ち昇った。


「王太子殿下、万が一があるといけません。どうかあちらへ」


 振り返ると、見習い魔導士の制服を身につけた、まだあどけないと言ってもいい少年がこちらを見ていた。

 随分と緊張しているようだ。表情も強張り、声も指先も震えている。このような場合の常の対処として、私は顎を引くと両方の口角を持ち上げてみせた。少年は全身の緊張を解き、大袈裟に礼をとって先に立った。

 私は後に続きながら、この様に幼く、物慣れない者までこの場に招集されていることに儀式の規模を思った。


 祭祀場の中心はすでに風が強く渦巻き、ほの明るく照らされ始めている。私は目を凝らすも、やがて風は体を押し、光は目を開けていられないられないほどとなった。


 誰かの叫び声がするが、風の音で聞き取れない。中心近くで祈りを捧げる魔術師長が床に崩れ落ちるのが見て取れた。なんとか両腕を翳して目を庇い、中心を見ようとするが、あまりの眩しさに目を閉じてしまった。


 その一瞬に、光は人の形をとり、尻餅をついた少女となって現れた。


「殿下!」


 呼びかけられて、風のおさまりつつある中心へ向かう。大きく目と口を開け硬直する少女の前で片膝をつき、唇の両端を持ち上げてみせた。


 聖女召喚は成った。





「つまり、まとめると、」


 ようやく泣き止んだ少女が重く湿ったハンカチを絞ったり解いたりしながら話し出した。


「断りもなく突然知らない世界へ拉致してきた挙句、助けてもらいたいってことね」


 私は我が婚約者である令嬢を見やった。彼女は召喚された少女の隣に座り、ゆっくりと頷いた。


「そうなりますわね」

「都合良すぎない?」

「重々承知の上ですわ」

「早く帰りたいんだけど、絶対帰れるんだよね?」

「必ず。お約束いたします」

「不安しかない」


 聖女はまた涙を流しはじめた。


「……で、具体的には、ただ居れば助けになるってこと?」


 私は涙声の少女の正面に腰を下ろした。口角を上げて見せる。


「あなたという「異物」がいると、世界にひずみが生じ、そこへ私たちの生活に欠かせない魔素が集まるのだ」

「異物って、アタシが?!」


 少女は驚きのあまり涙も止まったらしい。どこに驚きの要素があったのかは理解できないが。


「そうだ、そしてあなたは、その集まった魔素を吸収して増やし、放出することができる」

「アタシできないわよ、そんなこと」

「既にできている。今のあなたの、ただの息ですら魔素は出ているのだ」

「……なんかヤな言い方」

「ただそれはほんの少量だ。異物へのゆがみに集まってくる量の方が多いくらいだ」

「……言い方!」


 言い方とは?知りたい情報と違ったということか。


「これは、あなた次第なのだが、魔素を増やすための練習を受けてもらえるだろうか。難しいものではない。歴代の聖女方は皆、すぐに習得していた」

「聖女……?」

「そう、あなたのように召喚した異世界の少女達を、我々は聖女と呼ぶ」


 少女は眉を吊り上げると立ち上がった。


「ちょっと待って、歴代の聖女?今までに何人もいたってこと?その人達はどうなったの?!」

「聖女様」


 我が婚約者殿が柔らかく聖女の手を握った。


「どうぞ落ち着いて、ご安心下さいませ。聖女様方は、お帰りになられた方も、こちらに留まられた方もおいでですわ。全ては聖女様のお心次第です」


 聖女は我が婚約者殿を振り返り見下ろした。


「帰った?」

「さようです」

「いつになったら帰れるの?今すぐ帰して!」

「十日ほど経てば、いつでも」

「十日?」


 聖女は放心したように腰を下ろした。そんな彼女に、我が婚約者殿はゆっくりと頷き微笑んだ。


「魔素を体内に蓄積すると、ひずみが大きくなり、それが十分に大きくなれば、世界を渡って帰ることができますの。それにはこちらの時間で十日ほどかかります。でも、魔素を放出されればひずみは大きくなりませんので帰れません。魔素の放出により体内の魔素量を調節できるのです。ご意志で調整することができますわ」

「十日なんて!そうだ、ウチの猫が!!アタシがいないと死んじゃうよ!」

「大丈夫です。あちらのどの時間にお帰りになるかは、自由にお選びいただけます。こちらで十日過ごされたなら、あちらの一日目から十日目のいつでも。場所は元の場所になりますが」


 令嬢が柔らかく話しかけ続ける。こういう会話は忍耐が必要なのだと聞いた。私には理解ができないが。


「……いつ帰るのか、アタシが決められるってことだね」


 聖女は背もたれに身を預け、深く息を吐いた。


「何か不満か」

「……は?」

「不足があれば補わせる」

「はぁ?」

「不満は何だ」

「……不満だなんて!手厚いオモテナシで大満足だわ!」

「それならよかった」


 するとなぜか聖女は令嬢の手を振り払って再び立ち上がり、叫び始めた。


「……んな訳あるか!なんなのこの王子様、さっきから失礼なことばっか言って!馬鹿にするにも程がある!」


 怒らせてしまったようだ。何故だがはよくわからない。婚約者の令嬢を見ると彼女は問いかける様に首を傾げた。私の事情を説明する許可を求めているのだろう。私は顎を引いた。


「聖女様、そうではないのです。ご説明する前に、殿下」


 そう言って彼女は私に向き直った。


「先程の聖女様のお言葉は皮肉と申しまして、わざと反対のことを言ったりして遠回しに非難する言い方なのです。大満足というのは皮肉で、不満ばかりだという意味になります。そこへ殿下が、何か不満があれば、と仰せでしたので、不満だらけの聖女様はお怒りになったのです」


 そういえば、教本にもあった。これが皮肉というものか。なんとも迂遠な表現だ。


「なるほど、そうだったのか。すまない、私は単に、要望があればできる限り希望に沿うと言いたかった」

「……え?」


 聖女は目を見開いた。驚きが怒りを上回ったようだ。婚約者殿は聖女に向き直り、姿勢を正した。


「その、申し訳ございません、聖女様。殿下は、感情が欠落していらっしゃいますの。王家に時折現れる特徴なのです。」

「ええ……?」

「ご自分に感情がないので、他の人の気持ちもご存じないのです。お小さい頃より、どういった場面で人は怒ったり笑ったりするかなど、人の感情を「勉強」したり、感情を表す表情の動き方を「練習」したりと、感情に関する訓練を重ねてこられたのですが……」

「そんなことある?」


 そう、私には「感情」がない。嬉しいとか楽しいといったことがわからないのは不幸だとよく言われるが、感情に振り回されるがないのは将来の為政者として悪くない資質だとも言われている。ただ、人の機微に疎いのはやはり支障があるので、小さい頃より訓練を受けてきた。


「怒らせてしまったなら申し訳ない。例えば私には、何故あなたが泣いているのかもよくわからなくてね」

「……聖女様は、想像だにしない出来事に驚いておられるのです。動揺されているのですわ。無理もないことです」

「成程、そういうものなのか」


 令嬢は私に頷き、私と彼女の会話を目を見開いて聞いていた聖女に向き直った。


「殿下は大変に努力をされておいでですが、まだまだ人の心の動きを察することは苦手でいらっしゃいますの。でも決して、聖女様をないがしろにするなどということはありません」

「えっとつまり、この人には、言葉は通じるけど気持ちは理解してもらえないってこと?」

「そうなりますわね……」

「なんてこった……」


 聖女は脱力し全身を椅子へと預けた。これはどういう心の動きだろうか。安心?少し違いそうだ。疲労?そうかもしれない。


「聖女様には、腹立たしく思われることもあろうかと思いますが、殿下に悪意は全くなく、そして人の感情以外のことでは誠に頼りになるお方ですわ。ご相談ごとなら、遠慮なくされて下さいませ」


 話が終わったことを察し、私は再び両方の口角を上げ、できる限り柔らかい声で言った。


「詳しい話はまた明日にしよう。お疲れだろう、部屋を用意してあるので、とりあえずはそこで休んでほしい。」


 教本通りの呼びかけ、話し方、表情のはず。しかし聖女は眉をひそめて私を見返し、なにも言わず立ち上がったが、去り際に振り返った。

 真っ直ぐに私を見るその瞳は、見たこともない深い色をしていた。






 翌日聖女の元へ行くと、聖女はまだ眉間に皺を寄せ、口を尖らせていた。婚約者の令嬢はあれからずっと彼女と共に過ごしていたらしかった。


 今後のことも、当座の環境も、すべて不足なく整えた。だが聖女はあの表情だ。何が足りないのだ。どういう心の動きなのだろうか。


 私は「動揺している」という言葉について考えた。

 教本によると、心が揺れ動き、落ち着かない状態だという。何とも理解に難しい心の動きだ。


 私は「動揺」について頭から追いやった。解決すべき問題は山積している。まずは聖女の魔素解放訓練だ。なんとしても受け入れてもらわねばならない。




 眉間の皺もそのままに、黙ったまま私の話を聞いていた聖女は、手を上げて私を黙らせた。


「……そんなにくどくど言わなくても、練習のことはよく考えるよ。そのためにわざわざ呼びつけたんでしょう?

 それよりも、聞きたいことがあるんだけど」

「何だろう」

「言葉がちゃんと通じるのが三人だけっていうのは?」


 そのことか。私は口角を上げて説明し始めた。


「私と私の婚約者である彼女、そして魔術師長の三人には『相互理解』という『能力』が備わっている。相手の意思を理解し、自分の意思を相手に理解させる能力だ。だから言葉が通じる様に感じるのだ」

「……そんな能力があるのに、まさかのボット残念仕様とは……」

「何だ?」

「場面に合わせた想定回答を返す……何でもない。

 他の人に言葉が通じないのは不安しかないんだけど」


 婚約者殿が聖女の手を取って声をかけた。


「いつでも私どもがお手伝いいたしますので、どうぞご安心なさって下さいましね」


 聖女はほんの少し微笑んだ。


「ありがとう、でもあなた、偉いお姫さまなんでしょ?さすがにこのままずっと一緒にいてもらうのは悪いわ。でも、こっちの人は王子様だし、一緒にいてもらっても困るし、もう一人はまだ目が覚めないっていうし……」


 私は聖女の言葉を聞き咎めた。


「私が一緒にいると困るのか?」

「え、だってウザ、いや、その。忙しそうだし」


 こちらの立場を考慮したのか。私は少し考えた。


「確かに、ずっとと言うのは難しい。が、私たち以外にも『相互理解』持ちはいる。ただ、魔力が低いので、理解も伝達も高くない。カタコトくらいだろうか。

 王宮にもいるので、この者たちをあなたにつけよう。多少の助けにはなると思う」

「カタコト同士でやり取り?……かえって手間そうだけど」

「礼には及ばない」

「え?」


 聖女はますます機嫌を悪くした様だが、何故だろうか。ふと令嬢を見ると、「苦笑い」の表情をしている。こちらも何故なのだ。理解できないことが増えていく。こんなにも想定通りにことが運ばないのは初めてだ。

 聖女は未だ目覚めない魔術師長の状態を確認してきた。令嬢が詳しく説明してやっている。疲労しているような状態だが必ず目覚めることを告げると、聖女が疲れを見せたため、侍女を手配し、私達は引き上げた。 




次回

お湯の夜はお仕事してない、走らない。



お読みいただきありがとうございました!

自称「なんちゃって週末ライター」佐伯と申します。


基本的には週末、金曜から日曜まで投稿しています。

今週は初めての週なので月曜日まで投稿します。

暇つぶしになれば幸いです。

どうぞよろしくお願いします。では、また明日!


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