報連相を怠らない新人君は、女上司を好きになってしまった事もきちんと報告する
「課長、ご報告が……」
「ん、なにかな?」
入社二年目の吉永君が、眼鏡をクイッと上げながら、私のデスクの前へとやって来た。
「先日の歓迎会、誠にありがとう御座いました。まさか私まで呼んで頂けるとは」
「いやいや。去年はウイルスやなんだで中止だったからね。こちらこそ遅れてすまなんだ」
吉永君は入社以来とても丁寧な仕事で、些細な報連相も絶やさず周りからの評価も高い。だが時折、少し固い言動が見えるので、歓迎会で少しでも打ち解けてくれたらなと思っていたところなのだ。
「それで、ご報告なのですが……」
「うん」
昼休みまで後五分。少し緊張した面持ちの吉永君は、意を決した様に口を開いた。ははぁん、さてはお礼にご飯でも誘ってくれるのかな? おばさん嬉しいぞい。
「先日の歓迎会……締めのラーメン屋ですが……」
「うん」
なんだろう。何かあったっけか?
「ラーメンをふーふーする課長の仕草が……とても可愛いと思いました」
マスクから漏れる吐息で眼鏡を曇らせた吉永君は、恥ずかしそうに手を後ろへと回して姿勢を正した。
「……」
たしかに? どんな些細な事でも漏らさずに報告相談連絡をしてくれ。とは言いましたが? その報告は必要無い気がするなぁ……。
それとも? 打ち解けようとする吉永君の渾身のジョークってやつかな?
「ああ、うん。ありがとう……」
返事に困り、間抜け顔で礼を述べてしまう。
「それで……ご相談なのですが……」
なんだろう。先が読めない。
「なんだい? 何でも言ってごらんな」
「お昼……一緒に……ランチを……如何でしょうか!?」
わあ。ホントに誘われた。道中避けて通りたいデッカイ地雷があったけど、最終的に誘われた。やったー☆
──じゃない!!!!
──そうじゃない!!
「勿論食事代は僕が払います」
「行く♪」
全ては金欠が悪い。
「ふー、ふー」
「ご報告です。課長のふーふーが可愛くて仕方ありません」
これは一体どういった志向の罰ゲームなのだろう。私は入社二年目の新人とラーメン屋に行って餡掛けラーメンを頼まされ、隣で『可愛い』と言われ続けているのだ。
しかもラーメン屋のオヤジが『俺の作ったラーメンはどうだ!?』と言わんばかりに腕を組んでジッとこちらを見てくるのだから食べづらい事この上ない。
「吉永君、あまり年上の女性をからかうものではないぞ?」
いい加減にしないと、激おこぷんぷん丸だぞ?
「課長。ご連絡です」
「な、なんだ……」
急に鋭い目付きで箸を置き、眼鏡をクイッと上げた吉永君。思わずこちらも背筋が伸びた。
「僕はあの日以来、課長のふーふーばかり考えてしまい、業務に集中出来ずに居ます。既に通常業務の35%に支障を来しており、このままでは仕事になりません」
「そ、それはすまない……私のふーふーが君に迷惑をかけてしまったな」
何故私は謝っているのだろうか……イマイチ解せぬ。
「め、迷惑だなんて……! 滅相もありません。課長のふーふーは多忙に疲れる私の心のオアシスなのです」
だから困ってるんだってばよ。
「そ、そうなのか……」
返事に困り、ただ箸で持ち上げたラーメンを見つめ続けた。
「ふー」
ラーメンをふーふーする度に活き活きとこちらを見てくる吉永君。彼はもしかしたら変態なのかもしれない。気を付けよう。
「あちち」
「課長!」
冷ましきれずに口の中を火傷してしまう。餡掛けが熱すぎるんだがこのラーメンを作ったのは誰──そこに居るドヤ顔オヤジだ。
「課長! ご連絡ですが今の『あちち』はグッとくるものがありました! ふーふーしてからのあちちはナイスです!」
「知らんがな! ただ熱かっただけだ!」
「それがいいのです!」
鼻息を荒くして力説する吉永君に呆れつつも、気が付けば餡掛けラーメンは全て私の胃の中へと納まってしまった。全ては空腹が悪い。
「ギョーザ……」
「!?」
「ギョーザはお好きですか?」
な、なんという悪魔的誘惑だろうか!
この新人君は事欠いて、この私の食欲を更にかき立ててくるのだからたちが悪い……!!
「食べる☆」
「ギョーザ一つお願いします」
「あいよ!」
全ては食欲が悪い。
「へい、ギョーザお待ち!」
「いただきます」
出来たてのギョーザ。食うしかない。
醤油と酢を混ぜて、タレを作る。私はラー油は入れない派だ。辛いからね。
「ちょん、ちょん」
口に入ったギョーザは言うまでも無く暴力的に美味い。
「課長、ご報告が──」
「不要です」
何が飛んでくるか、大体察しがついている。
ギョーザに気を許して素が出てしまったからな。
「口で『ちょんちょん』言いながらギョーザをちょんちょんするのが途轍もなく可愛いです」
「不要だと申しました。それは即刻忘れて下さい」
「動画を回しておけばよかった……」
「そんなことをしたらスマホを四つ折りにしますから覚悟を」
「あ、ギョーザを口いっぱいに頬張る姿にキュンときました」
「それは気の迷いです」
あっという間に完食。これで昼寝でも出来たら最高なんだけどな。
私達は店を出ると、午後の憂鬱さに立ち向かうためにオフィスの方へと足を向けた。
「課長、ご相談が」
「何かな?」
新人君が眼鏡をクイッと持ち上げ、姿勢を正した。
「チョコとストロベリー、どちらがお好きですか?」
「……?」
新人君がそっと私の右の方を指差すと、アイスクリームの移動販売車が目にとまった。
「いやいやいや、流石に食べ過ぎでは」
「ミックスも出来ますが?」
「食べりゅ♪」
チョコとストロベリーのミックスソフトクリームに勝てるはずもなく、私は尻尾を振る犬の如く新人君の後ろをついて行った。人類は甘味に勝てない様に出来ているのだ、仕方ないよね。
「あんまぁい」
べらんめぇに甘いソフトクリームを一心不乱にいただく。これさえあれば午後の業務など相手にならないだろう。
「課長!!」
「は、はい……!?」
と、突然新人君が声を荒げて私を呼んだ。思わず此方まで姿勢を正してしまった。
「口の周りにアイスクリームをべったり付けて食べる課長が可愛くて仕方ありません。これでは午後の業務が手に着かないのですが、どうすれば宜しいでしょうか!?」
知らんがな。
「課長のせいですよ!? 課長が可愛くて仕方ないから……!!」
「ちょ、ちょっと……!」
あまり公衆の面前で『可愛い』を連呼しないで欲しい。視線が恥ずかしい。
「もう、課長の食べる姿で頭の中がいっぱいです! こんな事は初めてです!」
「食い気MAXで悪かったね」
「もうダメです! もっと課長が食べる姿が見たくて仕方在りません……!!」
やはりこの新人君は危険思想の持ち主だ。そろそろ誘惑を断ち切り業務に専念させねば、上司として名折れぞ。
「一度手を洗ってきなさい。落ち着くから」
「今日の夜はたこ焼きを食べましょう!!」
「たこ♬」
たこ焼きには勝てなかったよ。(誤字報告:作品一覧→本作品のあらすじ 人付き合いは気迫→→希薄)