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青の女王  作者: 月影
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女王5

 刹那、部屋に入ってくる兵士の気配。女王に意識を向けすぎた。アレスは舌打ちしながら、ナイフの切っ先の方向を変える。

 アレスの存在を確認した兵士は、援軍を求めようと口を開きかけていた。

 その前に、アレスは身体ごと銃弾になったかのように兵士の方へ身を飛ばした。

 兵士の急所へ一直線に飛び込むと、手に持っていたナイフで急所を一突きする。あまりの速さに恐怖さえも感じないまま、兵は絶命した。命が切れ倒れる兵士。その後方にあった存在に、足元に広がっていた赤の中へ、自分の血が吸い込まれるように、引いていく。

 

 気配は全くなかった。そして、たった今、その男の目の前で兵士がやられたというのに、立っている男には、憤りも浮かんでいない。兵士が倒れた現実さえも視界に入っていないようにただ、アレスを表情一つ変えず検分するような視線を向けてくる。

 先ほどは、身を隠していたために確認できなかったが、その男が放つ空気で理解する。こいつは、ミリオンだ。すかさず、アレスはミリオンへ攻撃を加えようと身体が動き始めた。が、アレスは目を見開いた。視界に入った男の顔。長い黒い髪を後ろに束ね、生やした黒いひげに特徴的な鉤鼻、漆黒の瞳。視覚が脳へ直接刺激して、アレスを静止してしまう。

 ミリオンは、すっとアレスの顔面に向けると、金色の腕輪が淡い光を放ち、手のひらにも乗り移る。

 魔法は、魔法は王家の血を引くものにしか使えないはずだ。あの腕輪によるものなのか?

 身構えるアレスのアレスの視界いっぱいに、ミリオンの手のひらが映る。

「死ね」

 同時に熱と白い光が一気に集中していった。アレスの毛先がちりちり焼け、その光が完全にアレスを飲み込む直前、身を低くし床に這いつくばった。刹那、大きな白い光の塊が、すさまじい爆音と衝撃と共にアレスの後頭部すれすれを飛んでいた。壁を突き抜け、すさまじい爆音が宮殿の全体を揺らす。

 風穴ができた壁から、外が丸見えになる。

 アレスは俯せにしていた身をばねのように弾いて、後方へ引いた。身を固くしている女王の横へ降り立つと、細い腕を乱暴に引き寄せ盾にし、細い首にナイフを突きつけた。

「……いい判断だな」

 ミリオンは女王の身を案じるどころか、満足そうに笑っていた。

 再度、ミリオンを見据えるアレスは、自分が異常なほどに動揺してことがわかった。女王を盾にとっても、動揺することもない言動に対してではない。理由を見透かすように、ミリオンは言い放っていた。

「俺の顔は、ジャンと似ているからな。思い出したか、アレス」

 暗い記憶の中で、埋もれしまっていた朧げな輪郭が鮮明になっていく。名を呼ばれ、女王の首へつきつけているナイフが僅かに乱れる。女王は突きつけられたナイフよりも、アレスを気遣うような瞳を向ける。

 それを見て、またミリオンは興味深い顔をして漆黒の瞳を細め、マントを翻しながら、アレスと女王の間にあった距離を詰めていた。


「お前が乳飲み子の時に、一度だけ会ったんだぞ? お前は覚えていないだろうな。俺の存在は、ジャンから聞かされていなかったのか」

 庭に面していた部屋の外壁は、ミリオンが放った攻撃のせいで丸ごと破壊されて、部屋が剥き出しになっている。状況は丸見えだ。庭に集まっていた兵士が一気に宮殿内へ入ってくる騒がしさ。激しく降り始めている雨音の奥から、自分が子供らしい純粋な願いを両親へした、他愛のない会話の一端が思い出された。

 

「ねぇ、僕兄弟がほしいんだけど、うちには生まれないの?」

 そんなことをいう幼いわが子にジャンは、困った様な笑顔を浮かべていった。

「アレス、実はお父さんには兄がいるんだ」

「え? そうだったの? いいなぁ!」

 素直に羨ましいというアレスの頭を撫でながら、父は地面に埋めていた過去を、嫌々ながらゆっくり掘り起こすような顔をしていた。

「……父さんにとっては、兄弟がどうしてもいいものだとは思えないんだよ」

「どういうこと?」

「両親も育った環境は同じなのに、考え方、視点、生き方が全く違っていた。そんな中でも、お父さんは兄のことを少しでも理解しよう、歩み寄ろうと、同じ仕事をしたことがあったんだよ。でもな、余計に溝は深く、それまで以上に理解できなくなってしまった。むしろ、憎む心の方が重くなってしまった。だから、お父さんは兄弟というものに対して、大きな心の傷があるんだ。アレスには同じ思いをしてほしくなくて、お母さんと兄弟は作らないと決めたんだ。これは、お父さんの一方的な価値観を押し付ける形になって、申し訳ないとは思う。ごめんな」

 父は、深々とアレスへ頭を下げていた。それは、アレスへの謝罪というよりも、これ以上、語りたくないと言っているように見えた。それでも、まだ幼いアレスは納得いかず、隣にいた母の顔を見上げた。その母の顔もどこか暗く、許してねというように、頭を優しくなでられた。幼さというのは単純で、頭を撫でられることが好きだったアレスは、漠然とした願いよりもその嬉しさの方がはるかに勝って、不満は母の手に吸い込まれて跡形もなく消えていた。

 父から聞いた自分の叔父にあたる会話を耳にしたのは、それが最初で最後だった。

 

 

「二度と会わないと思っていた甥とこんな場所で再会とはな、アレス。いや、ジャンが死んだとき、あの場にお前もいたから、これで三度目か」

 ミリオンは、薄く笑っていた。どうして、父が死んだことを知っている。どうして、あの場に俺がいたことを知っている。顔形は、父とそっくりだ。だが、その瞳は父の優しい瞳とは程遠い。濁り切った漆黒の瞳が歪んでいる。知っている理由は、一つだ。「まさか、お前が……」呟きが震えた。


「そうさ。俺がジャンを殺したんだよ」

 ミリオンは当たり前だろうといいたげに、冷酷な目尻に皺を作っていく。

 


 




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