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青の女王  作者: 月影
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女王2

 兵の後に続いて、アレスも入室すると正面奥から「どうかされたのですか?」という遠慮がちな声と共に、立ち上がった気配がした。真正面がリビングなのだろう。だが、肝心の女王の姿は兵士が邪魔をして見えない。舌打ちしたくなるところに、近づいてくる足音がする。こちらとしては、有難い。


「女王は、そのまま動かないでください」

 兵は女王への敬意も感じられない声色で言い放っていた。ドアの前の施錠といい、輪郭がつかめないぼんやりと浮かぶ違和感。

「……はい」

 兵の圧で簡単に、屈する王女に違和感から疑念に変わる。

 兵は『女王』と呼んでいた。ならば、本人で間違いないはずなのだが、テレビ演説の時に聞いていたあの傲慢と強さを比較すると、あまりに弱弱しい。その上、兵の態度は女王に対して高圧的だ。仮にも女王は、国のトップに君臨する人間。そんな相手に対する敬意が感じられない。ここにいる女は、本物なのかという疑いすら過る。

 

 そこで、アレスは、兵に挟まれているところから、女王が視界に入る一歩横へずれた。

 

 毎週行われている女王のテレビ演説は、腐るほど見ている。その度に、女王への憤りと殺意を持て余していた。そのせいか、女王の顔形の細部までしっかりと脳に刻まれている。もしも、影武者であれば絶対にわかるはずだ。


「本日、宮殿内の点検に入っている『ルーツ』と申します」

 偽名を名乗り、首にかけている身分証明書を女王に向けて、愛嬌を振りまきながら彼女の顔を確認する。

 

 艶やかな長い金髪、小さな丸い輪郭、大きな瞳、高い鼻、形のいい口元。アレスの記憶と一寸たりとも乱れなく、整った顔立ちが重なった。

 本物だ。脳は、判定を下す。その一方で、赤い女王だと呼ばれる所以は、赤いイヤリングと特徴的な赤い瞳が思い出された。今、耳元に赤いイヤリングはない。それは、単に日常的に身に着けていないことかもしれない。それは、理解できる。だが、瞳の色は、どう理由をつける? 特徴的な赤い瞳はどこにもない。そこにあるのは、透き通ったブルーの瞳。

 一体、どういことだ? 身体から放つ雰囲気もまるでちがって穏やかで、鋭さがない。演説中、いつも毒々しいワインレッド色のドレスを纏っているが、今は白いロングドレスを身に纏っているからだろうか。部外者である俺への警戒心が全くない。一方で、女王の細ながい白い指先に留まっているエメラルドクリーンの小鳥が、警戒を通り越して今にも襲いかかってきそうな勢いで睨んでくる。それを、沈めるように女王はそっと小鳥の背を撫でて宥め、微笑み横に吊られている鳥籠へと戻していた。その所作も、優雅で全く壁がない。 

 ぼんやりとしていた違和感の輪郭までも浮かんでくる。 

 兵の不機嫌な声がアレスの思考を遮断する。

 

「勝手に女王と喋るな」

 兵のお陰で、余計な方向へ走り出しそうな意識が戻る。アレスは、怯えたように見せかけてつつ、正論を述べる方向へ舵を切った。

「すみません……ですが、これから作業に入るにあたり大きな音がしたり、気になると思いますので、説明だけでもさせていただけませんでしょうか」

 瞳の色さえ横においておけば、本人であることは、間違いない。

 ある程度、警戒は解いてもらっておいた方が、こちらとしてもやりやすい。兵の沈黙を肯定と受け取り、アレスは説明を並べた。


「今下の階で不備がないか確認作業に入っているのですが、こちらの部屋から水が漏れてきているようで、壁がずぶ濡れになっているのです。恐らく水漏れの箇所は、洗面所だと思われるのですが……」

「そうでしたか……。すみません、私のせいでしょうか……」

 申し訳ないと項垂れる。心底そう思っているような仕草。これは、対外的な演技なのだろうか? 話せば話すほど、心臓がざらつく。

 

「いえ、壁奥の配管の劣化のせいだと思います。このままだと床と壁が腐ってしまう可能性もあるため、少し確認をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「もちろんです。お手数かけますが、よろしくお願いいたします」

 女王は、丁寧に頭を下げる。アレスもそれに、深々と頭を下げ応えた。苛つきを隠すことなく、やっと終わったかと兵が不満そうな顔を向けてくるが、すみませんと眉をハの字にして、左正面にある洗面室へと入った。兵は洗面室には入らず、廊下の前へ立っている。

 

 洗面台の下を点検するふりをして、配管を叩こうと胸のうちポケットから工具を出した。配管を叩けば下に響く。三度続けてならせば、下にいるマットへ秘密の合図が伝わり、騒ぎを起こされる。張り付いている兵たちは、その騒ぎを聞き付けるはずだ。この場から立ち去った隙に女王の命を奪うという手筈となっている。


 いくつも浮上している女王への疑問は、何一つ解決しないままだが、俺にとってはどうでもいい話だと言い聞かせる。あの女が殺される理由は腐るほどある。俺はこれまで、この日のために生きていきたようなものだ。この手で確実に仕留めてやる。

 

 いざ、工具を叩きつけようとしたとき、バタンとドアが乱暴に開く音が響いて、手が止まる。そして、室内に複数のブーツの足音。アレスは、咄嗟に気配を消し身を隠した。


 

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