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青の女王  作者: 月影


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36/37

行くべき道へ2

 強い光に包まれていたサラの身体の輪郭が徐々に見え始める。

 その時、ドアが吹き飛んだ。同時に大きな黒い物体がパンのショーウインドにぶつかる。粉々になったガラスが雨のように床に降り注ぐ。大きな衝撃を受けて、家が悲鳴を上げるように大きく揺らいだ。

 

 サラはその衝撃のお陰で、途切れそうな意識に活を入れられたかのようにつなぎられ、飛んできた物体を見た。

 ショーウインドにめり込んでいた黒い物体は、人間だった。重力に逆らって張り付いていた身体は、どさりと床に落ちる。その背中は、ガラスの破片が数えきれないほど刺さっている。

 ニックを守るようにきつく抱きしめていたレインはその人物が誰なのか悟り、顔を歪め叫んでいた。

「ロジャー!」

「兄貴!」

 ナリーも続いて叫ぶ。うつ伏せに倒れ込んだロジャーは、痛みをに耐えるように体を丸めていた。その額から、とめどなく血が流れの顔は真っ赤に染まり、腕にも鋭利なもので切られた傷いくつも刻まれている。普通の人間ならば、とっくに倒れているところだろう。しかし、ロジャーは血を吐きながら、ゆっくり身を起こしていく。誰の目にも、ほとんど気力だけで動いているように映った。

 それを見たナリーはすかさず、ロジャーの横へ走っていた。

 ロジャーは、敵かと鋭く睨んだ。が、それが誰なのか認識すると、その眼光を緩めた。

 ナリーが無事だったことに、一瞬だけ安堵の表情を浮かべていたが、すぐに鋭くなる。

「……ナリー! 今すぐ……ここから、逃げろ!」

 血が喉に張り付いているのか、酷くかすれた声だったが、危険が目の前に迫っていることは、血に濡れた顔を見れば明白だった。


 サラも、意識を鮮明に保つために自分の頬を叩く。そして、ロジャーの方へ駆け寄った。

 その横で膝をつき一つ息を吐く。

 あの映像が本物だとしても、このペンダントがある限り魔法は使えるはずだ。

 ロジャーは血を手で拭いながら説明を求めるような視線を送ってくる。サラは、求められた説明を行動で表した。

 ロジャーに手をかざす。ペンダントが再び輝きはじめ、大きな青い光がロジャーを包み込んでいた。みるみるうちに傷が癒えていく。ロジャーの体はあっという間に、通常の状態へと戻っていた。

 まだ魔法は使えるどころか、それ以上の魔力をこのペンダントが引き出していることに安堵して、サラはほっと息を吐いた。

 ロジャーは驚きを隠せないようだったが、すぐに理解し唇を戦慄かせた。

「……あんた、女王か」

 ロジャーは、鬼気迫るオーラを纏いながらも、複雑な表情を浮かべ、青い瞳を見つめていた。

 サラは、静かに頷く。


 刹那、ロジャーが弾けるように窓を見た。窓ガラスが派手に割れる。そこから、短剣が数本矢のように飛んできた。

 ロジャーは、咄嗟にナリーとサラへ覆いかぶさり、身を伏せさせる。その真上を、ナイフが通り過ぎ、壁に突き刺さっていた。あのまま動かなかったら、確実に心臓を貫いていただろう。

 突然の出来事に、サラとナリーはただただ驚きの表情を浮かべている。

 ロジャーが舌打ちした時、何度も聞いてきた独特な足音がぶち破いたドアの前で止まっていた。


 ロジャーが苦悩の表情を浮かべ、奥歯を噛み締める。

 ロジャー以外の全員が弾けるように、その方向を向いた。

 部屋は薄暗いため外の明るさで、目が染みた。逆光もなっているため、顔は見えない。だが、その体つきは誰しも見覚えのあるものだった。全員、それが誰なのかを認識していた。

「アレス!」

 レインがその名を呼ぶと、ぎりぎりと張られていた緊張の糸が一気に緩んでいた。

 レインの目は安堵で潤み、ナリーからは弾けるような笑顔が浮かぶ。

 サラも、アレスが無事だったことへの喜びが押し寄せそうになった。しかし、それはすぐに堰き止められていた。アレスから放たれる違和感。背筋に汗が滑り落ちてくる。それが、氷のように冷たく、全身の体温が奪われていくかのようだった。


「アレス兄ちゃん! よかった!」

 ナリーが満面の笑みをさらにを爆発させて、つま先をそちらへ向けようとした。その時、アレスは何の前触れもなく霧のように突然消えていた。

 ナリーは、忽然と消えてしまったアレスに驚いて、ぴたりと動きを止めていた。

「今、アレス兄ちゃんいたよね?」

 ロジャーへ確認するように振り返る。ナリーの質問に答えることはなく、ロジャーは全神経を集中させ戦闘態勢に入っている。ナリーには、その理由がわからず再び、アレスがいた場所へと顔を戻そうとしたとき、その真横を突風が吹き抜けた。ピンピン立っているナリーの茶色い髪が、ざわざわと揺れる。


 風のようなスピードで、誰もその姿を捉えることはできなかった。

 ごくりと固唾をのむサラの目の前に、アレスはいた。

 サラの青い瞳は、ただただ大きく見開いて、アレスを絶望するように凝視することしかできなかった。

 強烈な違和感の正体は、明確にそこにあった。滲みそうな視界の奥でも、残酷なほど鮮明に見える。

 いつもの優し気な黒い瞳は消えて、赤く光っている。

 

 どうして、アレスが。

 どうして、こんなことに。

 全身の鳥肌が立ち、腹の中を真っ黒いものが渦巻いていく。その中へ落ちて、真っ暗な中で体を粉々に引きちがれていくような気がした。

 体中のありとあらゆる臓器が、引き裂かれるように痛くなる。

 サラは、その痛みに耐えるように眉を寄せる。

 アレスは、どこまでも無表情だった。アレスの手にある剣は、サラの心臓に狙いを定めようとしている。

 サラは、ただその鈍く鋭く光っている切っ先を、赤く染まった瞳を、見つめることしかできなかった。

 

 急激に目頭が焼けるように熱くなった。

 アレスがサラの命を奪いに来たあの日を思い出す。

 目の前に颯爽と現れたアレスの冷え切った黒い瞳は、どんな感情をも覆い隠していたが、殺意だけは隠しきれていなかった。

 ずっと籠の鳥で過ごしていた自分でさえも、わかるほどに。

 今のアレスの瞳は、真っ赤に光っていて、本来の色とはまるで違う。

 でも、その奥の瞳の色は本来の黒さが残っている。それは、ミリオンが操作して今しがた作られたものではない。

 ずっと昔から今まで、ずっと傍らにあったものだ。いつも隠し持っていた感情。あの時と同じ。私へずっと向けていた怒りと憎悪。それをまざまざと見せつけられ、全身に突き刺さってくるようだった。

 親を殺された怒り。大事な仲間を失った悲しみ。すべてを壊された絶望。

 それは、全部お前のせいだ、と。

 サラの身体には杭が打ち込まれ、張り付けにされたかのように、動けなかった。

 

 アレスは両手に剣を握り直し、重心を落とす。剣を後ろへ引いていく。

 少し高いところにあった触れただけで何もかも切れてしまいそうな鋭い視線が、まっすぐにかち合った。赤く光った鋭い視線が、青い瞳の真ん中を捉える。

 それが合図だったかのように、ひゅっと風を切る音がした。


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