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青の女王  作者: 月影


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行くべき道へ

「ニック!」

 傷が癒えたレインは、真っ先にサラの前で倒れているニックへ駆け寄り抱きしめていた。レインの目から幾筋の涙が零れている。

 サラは自分の手でニックの命を刈り取ってしまったのかと危惧したが、レインに抱きしめられているニックの顔は徐々に赤みを取り戻しているようだった。

 

 サラの胸のペンダントは、サラの意思に関係なく青い光を放ち続けていく。

 額から汗が滑り落ちた。サラの本来残さなければならない力までも、無理やり引きずり出されていく感覚。視界が歪み、息をするのもやっとという状態だった。ひどい脱力感が重力となって、身体を押しつぶしてくる。サラは、堪らず両手を床についた。酷く体が重い。

 酷く手が震える。

 青い光は、よりいっそう強くサラを抱きしめるように輝き、青を通り越して真っ白になっていくサラの頭の中に、映像が流れ込んできていた。

 


 

 ――それは、ペンダントの記憶。

 グラン王国とサルミア王国が、泥沼の戦を続けていた時代。

 

 後のサラの父でありグラン国王――ライツ青年王子は、王広間中央で呆然と立ち尽くしていた。

 大きく見開いた青い瞳に涙を貯めて、真っ赤に染まった自らの手のひらと足元に落ちている血に染まった王のマントを交互に見つめている。その傍らにピクリとも動かず倒れているのは、王子の父――当時のグラン国王本人。

「……僕が、父を殺した」

 ライツ王子その亡骸を呆然と見下ろし、戸惑いと絶望、そして若干の安堵が入り混じった声でそういった。瞳にかかった金髪が揺れている。

「僕は、君に感謝している」

 ライツ王子の横で、一部始終を見ていたまだ幼さが残る黒髪を束ねた少年が、寄り添うように囁いた。

 そして、黒髪の少年は倒れている国王へ、殺したりないとばかりに倒れている王を見下ろす。拳を握りしめる手の甲は傷だらけだ。その手は震えている。まるで、この手でさらに八つ裂きにしてやりたいという願望を握りつぶしているかのように漆黒の瞳は、冷えていた。

 その少年のさらに隣には、腰の位置に黒い頭がある。黒髪を束ねた少年そっくりの黒い瞳を持つその子は、子供にも満たない幼さだ。この状況を把握しきれていないのか、きょとんと立ち尽くしている。悲しみ、恐怖、憎しみ、そういった感情はその瞳に浮かんではいないが、緊張感だけはひしひしと伝わってきていたのだろう。隣の黒髪の少年のシャツを裾を握っていた。少年は咎めるでもなく、その行動を視界の外へ追いやって王子へと意識を向けていた。

 

「サルミア王は、俺の仇でもある。その息子であるライツ王子の手で終わらせてくれたことに、感謝する」

 述べた感謝とは程遠い無表情で、黒髪を束ねた少年はそういった。

 ライツ王子は自分の父親を自ら手にかけた罪を噛み締めるように、表情を歪めながらその声を聞く。やがて、苦しげに頭を下げた。

「……王に代わり、君――ミリオンと弟のジャンにに心から謝罪する。君たち兄弟には、辛い思いをさせた。人質である兄の君への風当たりは一際強かった。長い苦しみを与えてしまった」

 苦虫を噛み潰したように顔歪めるライツ王子を横目に、ミリオンの黒い瞳は天井を仰ぐ。

「すべてが、グラン王のせいではない。自分の命惜しさに、俺たちを差し出した我が父――サルミア国王の方が、断然罪深いのだ。俺を……敵国であるここへ放り込んだのはアイツだ」

 ミリオンは唇を噛む。口の中に、血の味が広がっていく。 ミリオンの黒い憎しみの炎が、瞳の中心に燃え上がらせる。

 自分の背中に刻まれたいくもの傷は、もう二度と消えることはない。


 

 サルミア国は一時、陥落直前まで追い詰められた。

 このままではサルミア国王が捕まるのは、時間の問題。そんなとき、王は自ら作戦を打ち出したのだ。

『我が子供らを囮に放て。相手は、その現実に虚を突かれるだろう。その間に我々は、体制を立て直すためにこの場から退避する』

 その作戦の一番の被害者であるミリオンは、その話を聞かされていなかった。ただ、この時まだ赤ん坊だった弟ジャンをミリオンへ託し、父から伝えられたことは。

 お前たちは、ここにいろ。そうすれば、すべてはうまくいく。

 それだけだった。

 ミリオンは、まだ赤ん坊の弟ジャンを胸に抱き、父の言いつけに従った。父の言うことさえ聞いていれば、きっといい未来が訪れる。我が父サルミア王の勝利が待っているのだ。一点の曇りもなく、そう信じていた。しかし、実際に訪れた現実は、地獄だった。

 敵国であるサルミア王の実子は、当然グラン国の人々の憎悪の対象だった。戦争で失った多くの命は、残された人々の感情に火をつけた。やり場のない悲しみ、怒りは、すべてミリオンに向いていた。グラン王を筆頭に、兵からも執拗に暴力を振るわれ、死にかけたことは何度もあった。耐え難い痛みで、生きているか死んでいるかもわからなかった。

 隣にいるジャンは、実の弟でありながら、幼すぎるが故にその対象から免れていた。その状況もミリオンは、許せなかった。

 もしも、あの時サルミア国がグラン国を追い詰めていたら。

 もしも、あの時父が逃げなければ。

 もしも、サルミア王の子供なんかじゃなかったら。

 もしも、生まれてきた順番が違っていたら。

 もしも。もしも。ミリオンの頭にそればかりが巡っていた。

 すべてが憎かった。この世が。世界が。人間が。父が。


 そんなミリオンを不憫に思ったのだろう。ライツ王子は、惨い仕打ちを受けるミリオンを目の当たりにし、同情を向けるようになった。次第にライツ王子は父王の在り方を疑問視するようになり、戦争を継続し続ける王の姿勢、ミリオンを苦しめる姿を憎み、そして、自らの手で父を手にかけた。

 それを目の当たりにしたミリオンは、これで地獄は終わると思った。この憎しみからも解放されると。

 しかし、ミリオンの全身を焼け付くすほどの怒りは、未だに消えない。消えるどころか、勢いを増していた。それをライツ王子に悟られてはならない。ミリオンは本能で、そう理解していた。

 

「王子。これから、どうするんだ?」

「グラン王国とサルミア王国の交戦を終わらせる。無駄な血を流すのは、これで終わりだ」

「停戦するというのか?」

「あぁ。僕が、この国を平和へと導く」

「サルミア国王を殺すんだな」

 ミリオンは、ギラついた暗い目で頷く。ライツ王子は、形のいい青い瞳を細めた。

「そんなことは、しない」

「は?」

「今言ったろう。無駄な血を流すのは、今ここで流れた血だけで終わりだ」

「殺さない……ということか?」

 ライツ王子は真正面から受け止めて、見返して頷く。

 

 常識を疑うとばかりにミリオンの鋭い眼差しが、青い瞳を突き刺していた。

 ミリオンの口の中は、更に濃い鉄の味が広がっていく。地獄を知らない奴らは、いつもそうだ。

「僕は、戦争に明け暮れ疲弊していく世界を変えたい。そのために、話し合うんだ」

 胸糞悪くなるほどの甘い理想を語る。その青い目が、大嫌いだ。

 何もかもが、憎い。すべてを包み隠すことに精一杯のミリオンは沈黙することしかできなかった。

「確かに、君たちの命は敵国である我が国へと差し出された。そして、我が父も……君に辛く当たっていた。本当に申し訳なく思う。父の罪は、国王の子である僕の罪でもある。どんな償い受ける覚悟だよ」

「だったら、俺に親父を殺させろ」

 漆黒の瞳が、浅黒い願望を映し出す。その眼を見つめるライツ王子の青い瞳は、悲しげな色に染めあげていた。

「君の憎しみは、理解できる。しかし、今はその憎しみを僕に預けて堪えてくれ。ミリオン」

 ライツ王子が、頭を下げる。それを冷たい黒い瞳がただ、じっと見つめていた。

 あぁ、やっぱりそうだ。こいつが憎くて仕方がない。穢れを知らない透明な瞳を、赤く染め上げてやりたい。

 だが、今はその時ではない。ミリオンは、密かな決意を言葉に代えた。

「わかった」

「ありがとう」

 ライツ王子は心底ほっとした顔をして、笑顔までも浮かべる。

「僕はこれから、王に即位する。そして、今までとは全く違う新しい国を作り上げる。ミリオン。どうか、僕の側近として、力を貸してはくれないだろうか?」

 まっすぐな水をたたえているような瞳がきらりと輝く。

 ミリオンは、これまで一度も見せたことのない笑顔を見せ、頷いた。

 

「ミュラー、聞いていたんだろう?」

 ライツ王子が叫ぶと、若かりし頃のファミル――王子に忠誠を誓っているミュラーは、どこからともなく現れ、王子の前に片膝をつき、頭を垂れた。

「ミリオンは、僕の大事な親友であり、仲間だ。ミュラーは、そのように心得てくれ」

「かしこまりました」

 ミュラーは頷き、その場に倒れている王の亡骸を弔うように外で控えていた兵士たちへ指示をだしていく。


 慌ただしくなる広間の喧騒の合間を縫ってライツ王子はミリオンへ向き直っていた。

「これを、君へ。信頼の証としてこれを君に託したい」

 王子は胸のポケットにしまってあった海のように深い青色のペンダントを、ミリオンへと差し出した。ただの石ころにしか見えないそれを受け取ったミリオンは、首を傾げながらひんやりとした感触を握りしめる。

「これは?」

「僕が再び父のように魔法の力を乱用し、人々を困らせたときは、これを君の手で僕の首へかけてくれ。そうすれば、この力はペンダントへと吸い込まれ、僕は特別な力を持てなくなるはずだ。そして、このペンダントをどこかへ捨ててほしい」

「どうして、捨てる必要が?」

 これはあくまでも推測だがと前置きをして、王子は続ける。

「おそらく、僕の吸い取った魔力はそのペンダントに保管され、そのペンダントを首にかけたものは、僕の魔法の力を使えるようになるかもしれないからだ」

「……ならば、自分で捨てればいいだろう」

「自分でできたら、そうするよ。でも、今まで長い歴史において、これを首にかけられてたものはいないんだ。だから、実際にどうなるのかわからない。そのまま死ぬ可能性もある。そうなれば、自分ではどうにもできないだろう? だから、君に頼むんだ」

 青い瞳にさらに、信頼を寄せる強い光が灯る。黒い瞳はその光を、脳に刻み、頷いた。

「わかった。その役目、俺が引き受けよう」

「ありがとう、ミリオン。これから、よろしく頼むよ」

 ライツ王子は、疑うことを知らない色白の手をミリオンへと差し出す。ミリオンは傷だらけの手でがっちり握り、握手を交わした。

 満足そうな笑みを浮かべる王子の顔をみて、握手を交わしている反対の手に収まっている青色のペンダントの感触を確かめる。ミリオンは再び笑顔を浮かべた。

 それから、ライツ王子は、グラン王国の王となり、ミリオンを側近においた。それから数年かけ、平和条約を結ぶことに成功。王は后を娶り、サラが生まれた。そして、王の悲願であった恒久的平和を結ぶために、グラン王国へ赴く最中、王は死んだ。

  

 

 

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