表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の女王  作者: 月影


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/37

動乱7

 アレスたちの戦闘が始まる。

 二階のから見守ることしかできない三人は、自身のもどかしさと共に、手に汗を握るしかなかった。

 サラは祈るように、両手を合わせる。ナリーは今にも飛び出しそうに、足をじたばたさせて、それをレインが頭を乱暴に撫でながら宥め続けていた。食い入るように戦況を見つめていると、コンコンと、階下の玄関を叩く音が響いてきた。

 外の大混乱のせいで、誰かが助けを求めているのだろうか。それにしては、やけに落ち着いたリズムだ。

 レインは苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、こんな時に誰だと、苦言を零す。そのまま、階段の方へと向かおうとするレインの肩を、サラは咄嗟に掴んでいた。

 

「どうしたんだい?」

 レインが振り返り、丸い瞳を向けて尋ねてくる。だが、そうした張本人のサラもはっきりとした理由は、答えられず言葉を詰まらせながら、ポツポツと答える。

「嫌な予感が、するんです。もしかしたら、宮殿兵かもしれない」

「だとしたら、余計に出ないとまずいだろう。あんたたちを拾ったとき、私らがここに入っていったのを兵士は見ていたはずだ。居留守を使っていては、後ろめたいことがありますと、白状していることになる。心配せずとも、大丈夫さ」

 レインは肩に乗っている思いつめたサラの手に、自分の肉厚な手が包み込む。笑顔はどこまでも、温かい。うっすらとしか記憶には残っていないが、母はきっとこんな笑顔を向けてくれていたのだろうと、ふと思う。陽だまりにいるような、優しい眼差しだ。

 だから、どうしても、離したくなかった。サラは唇をかみ、被っていた帽子をゆっくりと外してみせる。


「……私は、赤の女王です。私を追って、誰かやって来たのかもしれません」

 サラは、引き結んでいた唇を震わせると、レインの笑顔は消えていた。温厚な双眸がすっと冷え鋭く光る。動じることなく、返ってきたレインの視線は、鋭利だ。サラは怯みそうな気持を、何とか踏みとどめて、受け止める。

「知っていたよ」

 レインの冷えた視線の先に、慌てた様子でナリーが割り込んでくる。レインはナリーをやんわり睨んでら、横へ追いやっていった。

「この前の任務で、アレスが連れてきたって情報は、私のところまで届いていた。最初は、信じられなかった。どうして、あんたを殺さなかったんだって、思ったよ」

 レインの瞳は、憎しみ、悲しみを隠すことなく一層鋭く尖っていく。ずっとため込んできた感情を、開放するように鈍く暗い。

「でも、アレスがその判断をしたということは、それだけの価値があんたにあるのだろう。利用価値なのか、それとも他の何かなのか。正直、私は信じがたかったけどね」

 そこまでいって、ふうっと大きく息を吐いた。 

「でも、あんたに会って、なんとなくそうした理由がわかったよ。アレスが、どうしてあんたを生かす判断をしたのか」

 レインの尖った目尻が元の位置に戻っていく。温厚な瞳がさらに慈しみ深い色に染められている。強い優しさを、サラはそっと胸にし舞い込む。私はもう、絶対に取り落としてはならない。

 

 再びノック音が響く。

 なかなか出てこない家主に対して、苛つき、ノックに強さや乱れが生じるところだろう。が、今も叩き続ける誰かは、先ほどとはまったく変りない。不気味なほど、淡々とした同じリズムでゆったりと叩かれていた。サラの不安は、増幅されていく。表情ごひどく硬くなる。それを拭い去るように、レインは笑った。

「大丈夫。私は何度も兵を何度も穏便に兵を引き返させてきた。問題ない。あんたは、ここにいな」

 今度こそレインは踵を返し、ゆっくりと階段を下りていく。うるさいねぇと、ぶつぶつとしたレインの文句が遠ざかっていく。それでも、引き止めたい思いをどうにか押し殺して、サラはその背中を見送るしかなかった。


 空気が震えた。玄関のドアが開かれたのだろう。その数秒後、二階まで届くほどのレインの息をのむ音が伝わってきた。

 少し遅れて、聞こえてきたのは「母さん、ただいま」という、感情が消えた男の声だった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ