動乱5
ナリーを抱き締めるサラの横を通り過ぎて、兵と二人の間に立ちはだかった女は、すまなそうに眉間にしわを寄せていた。ナリーを抱きしめていた手を緩めて、その相手を凝視したが、記憶をいくら掘り起こしてもどこにもなく戸惑う。一方のナリーは、目を丸々とさせて、張り付かせていた。
「あんたたちの迷惑はかけないように、きつく言って聞かせます。申し訳ないね」
恰幅のよい身体を折り曲げる。下げた女性の目線が、サラとナリーを確認する。顔をしっかりと確認したナリーは、安堵した笑顔を浮かべていた。それを見た兵士は、本当に母親だったのかといわんばかりに、ふんっと鼻を鳴らして、獲物への興味を失ったように踵を返し離れていく。
それを見送った女性は、鬼のような形相でナリーを睨む。ビクッとナリーの肩が跳ねた。
「ほら、帰るよ。こっちへ、おいで」
言葉少なに、女性は先導して近くの閉店中と下げられた札のドアを押していた。サラは少し迷った素振りを見せると、ナリーは「大丈夫。仲間だよ」説明するように、きゅっと細い手を握り引いていた。
部屋の中に入るなり、女性がナリーの頭を思い切りげんこつしていた。
ゴン! という鈍い音。容赦なくその上から怒声が響き渡った。
「ナリー! こんな時に、どうして外を出歩いていたんだ!」
「レインおばさん、手加減してよ」
ナリーが頭を押さえて抗議の声を上げるが、そんな子と意に介さずレインは仁王立ちして、目を吊り上げる。
「ナリーもいい加減、そのくらいの分別はついているはずだろう!」
あまりの声の大きさと迫力に、サラは唖然とするばかり。むしろ、自分まで怒られている気分になってきそうになりながら、いつか洞窟でアレスとナリーの会話を思い出す。パン屋のレイン。
「あんた、ナリーを助けようとしてくれたんだろう? レジスタンスの子かい?」
ナリーに向けられている表情とは全く違って、笑顔で問われる。そこに、罪悪感がズキン掠める。レジスタンスに力を貸すということは、きっとレインも宮殿に対し、決していいように思っていない。ここで、ありのまま答えいいのか迷う。
だが、二人が信頼している相手だ。嘘をつくことは、あってはならない。サラが「私は……」と、防止のつばに手をかけて、口を開きかけたとき、怒号のような歓声がドアを突き抜けてきた。
「二階部屋の窓から、外の様子を見てみよう」
今怒られたばかりのナリーは、反省の色など微塵も見せずに、二階へと駆け上がっていく。
一気に緊張が高まった。レインも、ナリーの行動に非難することなく「あんたも、気になるだろう。おいで」レインに感謝して、サラもそのあとに続いていた。
二階の窓から、外を見る。
すでに宮殿の門が開いていて、前後をの兵士青年に挟まれて歩いているところだった。手と足を鎖でつながられた青年は、疲弊しきったように表情がない。
「ロジャー兄ちゃん!」
悲鳴に近い叫びがナリーから飛び出す。助けるのならば、今だ。サラは、そう思わずにはいられず、先ほど一瞬アレスの姿が見えた屋根の上を見る。この場所からであれば、アレスを確認できるはず。そちらに視線をやれば、アレスが男と火花を散らしている最中だった。甲冑を纏っていないところからすると、隠密警備隊の一人だろう。その現実にレインも、一層険しい顔つきになって、唇をかんでいた。
サラの指先が冷え出して、アレスの方を見据える。あれでは、間に合わない。もしも。このタイミングで私が出ていって、騒ぎを起こせば。あるいは、何か動揺させるような出来事を。
弾けるように走りだそうとした。が、レインの肉厚な手が、サラの手首をしっかりと抑えていた。
「行かせてください!」
「行くんじゃない。アレスは、望んでないよ。あんたの力を借りることを。私にはそう見える」
レインは、再びアレスの方へと顔を向ける。その瞳は、厳しく、悲し気に揺れている。
一方、何もない広場の中央では、ロジャーを今か今かと待ち構えるように一人の男が立っていた。屈強な男。上半身は筋骨隆々な肌を、自慢するように露出し、太い右腕には鎌を手にしている。
まるで、自分こそが命を刈り取る資格があるとでも言わんばかりだ。サラは、震える拳を押さえつけながら、思い出す。
宮殿一、残酷だといわれている男。アズリアルだ。
対象者がいくら命乞いしようが、泣き叫ぼうが、笑顔でその鎌を振り下ろす。背筋に冷たい汗がスーッと流れ落ちる。
アズリアルの前まで来ると、ロジャーは両脇の兵士に上から押しつぶすように無理やり跪かさせられていた。罪名が読み上げられ、最後に告げる。
「この裏切り者を、死刑に処する!」
大きな鎌が大きく振り上げられた。




