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青の女王  作者: 月影


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22/37

動乱

 早朝、ファミルが身支度を整えていると覚悟を決めたような声がかかった。

「これから、ロジャーを助けに行きます」

「今回、アレスがやろうとしていることは規定違反に等しい。故に、どんなことが起きても我々は一切の助けは入らん。それでも、本当に行くのだな? 」

 ファミルが、再度確認するもアレスはなんの躊躇もなく頷いて出ていく。これ以上の忠告は、無意味。背中でそう語りながら、出ていく。ファミルが部屋を出て、一階へと降りていくと、アイザックもアレスからの覚悟を聞いたのか、沈黙だった。だが、黙りこくる日に焼けた顔には不満が充満している。何か言えば刺激され、また一気に噴火することは、明白だ。ファミルは刺激しないように、淡々と準備を進めていくアレスを静かに見守っていた。

 

 アレスは、様々な視線を感じながらも、ロジャーが愛用しているナイフを懐に入れる。

 今回はいちいち変装したり、無駄な小芝居は必要ない。ただ、ロジャーを助け出すことだけに集中すればいい。言い聞かせるように、よく身体に馴染む黒で全身を固めていった。

 アレスの茶色い瞳に、すっとサラが映りこむ。サラもまた、黒のティシャツにパンツといういで立ちだ。女性メンバーから借りてきたものだろう。いつもの雰囲気とは、ガラリと変わっているように見えた。そう見えたのは、自分自身を責めるような顔をして、ただ固く表情を閉ざし、うつ向いているせいなのかもしれない。昨夜の時点では、納得させられたと思っていたが、一晩経てば揺らぎが生じてしまったようだ。これ以上は何を言っても、効果はないだろう。

 アレスは、気を取り直して背に剣を背負った。 女王暗殺計画の時は、絶対的に武器を隠す必要があったため、短剣で対応していたが、これがアレスの本来のスタイル。その上に、フード付きのマントを被せれば、アレスの身体によく馴染む。一気に、スイッチが入っていく。余計な雑念が削ぎ落とされ、身も心も洗練されていく。そこへ、ナリーが駆け込んできた。そこに昨晩のような焦りは見えず、代わりに何か強い意志を胸にしたかのような力強さに変わっている。

 そのことに、若干の不安を感じ取ったアレスだったが、それ以上の詮索を阻止するようにナリーはハンカチを手渡してきた。

「前の今回も無事に帰ってこれるように、願いを込めたんだ。だから、持っていって」

 先ほどの不安は、勘違いだったかと思わせるほどの真っすぐな瞳。霧のように湧いてきていたアレスの疑念をまき散らされていく。

「効果抜群だったからな。有り難く持っていくよ」

 差し出してきたハンカチ。今回は淡い紫色をしている。そこにまた「がんばれ」と書かれていた。その端に見逃してしてしまいそうなほど小さな文字が刻まれていて。「ご武運を」高貴ささえも漂わせる達筆さは、一目で誰が書いたのかわかって苦笑する。ナリーから、何か書けとせがまれたのだろうということは容易に想像がついた。アレスは目を細めて、くしゃりとナリーの頭を撫で、左胸ポケットに入れると、穏やかな光を覆い隠していった。

 そこにあるのは、本来のアレスの姿。誰もが怯んでしまいそうなほど、研ぎ尽くされた刃のような鋭い瞳。集まるメンバーの視線も、怖じ気づいたように目を逸らしていく。そんなメンバーにもアレスは一礼し、ファミルヘ深々と頭を下げた。

「後は、頼みます」

「こちらは、心配無用だ。姫のことも任せろ。そして、ここへ帰ってこい。処分は、そのあとだ」

「わかりました」

 アレスは頷き踵を返す。サラの遠慮がちな声が背を撫でた。

「アレス、どうか無事で。必ず帰ってきてください」

 アレスは瞳だけをサラへと移す。か細い声とは、正反対の自分の中にあるあらゆる力をアレスへ託すような。強い青があった。それを強調するように、長い金色の髪が強調するように艶やかに揺れる。アレスの眼光は相変わらずだが、サラはぶつかった視線を逸らすことはない。アレスはそれを受け止めて、ドアを押していた。

 


 バタリと閉じられた扉。その衝撃で殻を破ったかのように、黙りこくっていたアイザックが口火を切っていた。

 

「お前の綺麗ごとに付き合わされたアレスを危険にさらしていること、自覚しているのか! もし、アレスに万が一のことがあったら八つ裂きにしてやる!」

 アイザックは、日によく焼けた顔を黒々とさせて、サラを睨みつける。憤怒の湯気が部屋に充満する中心から、高速で射られる矢。サラは逃げることなく、自分の心臓を無防備に晒すように、サラはただ無言でアイザックを見つめていた。

「上に立つ奴らは、自分達は決して傷つかない。だから、好き勝手なことをいえるんだ! 結局、一番血を流すのは俺たちのような平民だということをわかっているのか!」

 

 私が信念を貫こうとすれば、それを支持し、守ろうとしてくれる周りが傷ついていく。一方の私は、かすり傷ひとつ負わない。飛んでくるものときえば、言葉の刃くらいだ。だが、他の者は、そんなものではすまない。命をも落とす。それが、何よりも辛いのだよ。

 いつか、父がいっていた言葉だ。

 まだ幼かった私は、その意味をうっすらとも理解できていなかった。身を引き裂かれるように理解できたのは、当時ミュラーを名乗っていたファミルが自分を守るために宮殿を追われた時だった。その時、思った。私は、命懸けで守られる価値があるのだろうか。

 あの時の暗さがサラの全身を飲み込んでいく。そこに「やめてよ!」と甲高い声が響いた。

「サラお姉さんを責めることは、アレス兄ちゃんを責めているのと同じだよ!」

 サラの前に小さな背中があった。それを、アイザック鬼の形相で打ちのめそうと一歩前へ出た。その間に、ファミルが割り込んでいた。

「元々アレスは、ロジャーを巻き込んだことを悔いていた。だから、姫の言葉がなくとも一人で助けにいこうとしていたはずだ。あいつは、そういう奴だ。お前にもわかるだろう」

 黒々としたアイザックのぎょろりとした瞳が、ナリーからファミルへ移動し睨みつける。

「否定はしない。アレスは、結局冷酷になりきれず、青さを捨てられない。それが最大の短所だ。そして、それを助長しているのはこいつの存在だ。この女のせいで、より一層自分の命を軽んじるようになっている。それは、じいさんにも勘づいているはずだ。だから、気に入らないんだよ」

 アイザックは吐き捨てるように言い置いて、乱暴に部屋から出ていった。すべてをかき乱す激しい嵐が去った後かのように、様々な感情が床にバラバラと散らばっている。誰もがどれを拾い上げればいいのか、悩むように傷んでいる床へと視線を落としていた。

 ファミルは、それらを選別し、青い瞳へと投げかけていた。

 

「姫。アレスは大丈夫です。少し休まれてはいかがですか。ナリー、お前もな」

 サラとナリーへ、ファミルから気遣われるような視線を投げ込まれた。その声に気付いていないように、ナリーは自分へ問いかけるように呟く。

「アレス兄ちゃんのお父さんって、やっぱりみんなの反対を押し切って宮殿へ行ったんだよね? それで広場で……」

 殺された。そうナリーがいう前にファミルが声を大きくする。

「あの時と状況は違う。大丈夫だ」

 サラの埋もれていた記憶に刺激される。あの時、私は見ていた。


 演説する当日は、自室でイヤリングを有無を言わさず付けられる。演説する部屋は決まって、本殿ではなく中庭を抜けた先の塔の中。自分の意思とは関係なく勝手に動いて声が発せられる。自分の体が自由を取り戻すのは、いつでも演説する部屋から出て、イヤリングが外され、外の空気を吸ったとき。その瞬間、心と体がいつも悲鳴を上げていた。疲労と絶望がいつも色濃く、重たくのしかかり、息切れし、歩くことすらままならない。そんなどうしようもない疲労を回復させてくれていたのは、自室へ移動する最中の中庭に咲く花々だった。ミリオンに監視されながら花を手にして、香りを嗅ぐと心は安らぎ、薄れそうな意識が繋がれていく。

 

 まだ、女王になった間もなかったあの頃。

 同じ様にミリオンが横にいて、崩れ落ちそうな意識を修復している途中だった。一人の男性が必死に叫んでいた。

『このままでは、この国は絶望に満ち溢れてしまう。もう、こんなことはやめろ! 頼む、ミリオン』

 宮殿にアレスが来た日、ミリオンとアレスの二人の会話。あれはアレスの父親だったのだろう。

 ミリオンに男性は、必死に訴えていた。それを、容赦なくミリオンは消し去った。金の腕輪が発動した瞬間。男は立ったまま絶命していた。私は、それを見ていることしかできなかった。横にいたミリオンは宮殿の方向へ歩き出しながら、不気味なほど大笑いしているのを、横眼で見ながら。

 

 絶命した男性とアレスが重なっていく。脳の奥にストンと落ちて、ざわっと暗いものが広がって、波紋のように大きく広がっていきそうになる。それを打ち消すように、サラは何度も首を横に振って、そっとナリーの顔を見る。

 その丸く幼い顔は今目の前で、その光景を見ているかのような絶望に染められていた。サラが、ナリーへ声をかけようと、手を伸ばす。それを避けるように、ナリーは二階へと駆け上がっていた。

「ナリーさん!」

 それを追いかけるように、サラが叫ぶ。ドタドタと激しい足音を、まき散らしていく。

「姫。申し訳ないが、ナリーをよく見ておいて、いただけませんか。あの子は、両親を失ってから、アレスとロジャーにべったりだった。ほかの大人たちには、心を開かなかった。その二人がいなくなってしまうことを恐れているのだろう。そういう時、子供は何をしだすかわからない。こんな時だ。勝手に動かれては、うまくいくものも失敗してしまう。今、ここに残っているメンバーで、ナリーが一番信頼しているのは、姫だけ。どうか、アレスが戻ってくるまでナリーをよく見ていてはくれないだろうか?」

「わかりました」

 

 サラは頷き、自分自身にも冷静さを失うなと、言い聞かせながら、二階へと上がっていった。

 

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