素顔5
「お姉さん、大丈夫!?」
ナリーがサラの状態をみた途端、駆け寄ってくる。アレスにもどんな状態なのかは、わからない。顔色は相変わらず青く、呼吸も荒い。ともかく、今できることは休ませることだ。
「どこか横にさせよう。しばらくすれば、大丈夫だろう」
ナリーの気の休まる言葉だけを添えてやりながら、平らな場所を探す。だが、洞窟はしょせん岩の中だ。そんな場所あるはずもない。一度、場所を変えるか迷っているとナリーが奥を指さした。
「奥にベッドあるよ。兄ちゃんたちが忙しそうにしているとき、暇だったから、みんなで作ったんだ。昼寝する場所」
子供というものは、本当に突飛なことばかりするものだとアレスは目を剥く。だが、それが今は回り回って助かっている事実。この洞窟もそうだ。何が役立つのかわからないものだ。馬鹿にしてはいけないと思う。
ナリーが先頭に立って案内された先に、洞窟にはとても不似合いな大きな白い物体が現れた。布をとりあえず集めて敷き詰めた、ベッドと言われなければ、認識できないようなものではあるが、体を休める場所として十分使えそうだ。そこにサラを横にすると、幾分青さが白に戻っていってくれたような気がした。そこへナリーがどこから持ってきたのか、タオルケットまで持ってきて、サラの体にかけていた。
「ここは、プチレジスタンス秘密基地。何でもあるんだよ。みんなのお小遣いも、緊急事態用においてあるんだ」
ナリーは得意気な顔をして、自慢するように腰に手を当てて、笑っていた。だが、少し経てば、迫られている現実が差し迫ったのかナリーの顔はすぐに曇っていく。
「みんな……大丈夫かな?」
ぽつりと呟く声は沈んでいる。それは、アレスの一番気になっているところだ。
「一体どんな状況だったか覚えているか?」
「アレス兄ちゃんたちが宮殿へ入っていったあとは、一度みんな解散したんだけど、しばらくしたら、宮殿で大変なことが起きているって情報が入ったんだ。みんなどたばた集まった.。そしたら突然、出入り口から火が上がって、あっという間に燃え広がったんだ」
「ファミルとアイザックは、その場に?」
「もちろんいたよ。でもみんな、脱出口から逃げてったから、大丈夫だったと思う」
損害は、建物だけか。その返答にアレスは、ほっと胸を撫で下ろす。二人が生き残ってさえいれば、レジスタンスは立て直せるはずだ。だが、素朴な疑問が浮かぶ。二人がいたのなら、子供のナリーは必ず先に逃がすはずだ。
「ナリー。お前は、どうして逃げ遅れた?」
「僕は……その……」
その先を言ったら怒られると思ったのか、いたずらした後の子供のように目を伏せ、アレスの顔色を窺ってくる。その様子から大体の察しがついた。アレスの顔は自然と険しくなる。益々口を閉ざしてしまうナリーに代わって、アレスがその先を答えた。
「緊急招集に子供は参加不可。それなのに、隠れてまた聞いてたんだろう。そんな中の火事が起きて、逃げるのが遅れたってところなんだな?」
アレスの逃げ道のない言い方に、ナリーの瞳いっぱいに涙が溜まっていく。
だが、アレスは涙に流されることはなく、言いたいことは山ほどあるというように、厳しい顔つきを崩さない。
だが、アレスは、言いたい言葉を大きく飲み込んで、何とかため息に変えていた。言わずとも、今回は身に染みたはずだ。
「次、同じように大人の招集に首を突っ込んで、また巻き込まれたりしたら、俺は二度と口を利かないからな」
「……はい」
いつも威勢よく反論してくるナリーも今回は、素直に頷くと、大きな涙が零れ落ち、灰色の地面に吸い込まれていた。
アレスは、ナリーの両親が死んだ朝に交わした最後の会話を思い出す。
『ナリーには、将来普通の幸せを見つけ、楽しく暮らしをしてほしいと思っている』
『アレス。もしも私たちに何かあったら、あの子をお願い。ナリーを正しい道へ導いてあげて』
二人は、自分たちの死を予感してそういったのだろう。だが、そんなことなど気づきもしなかった俺は『それは俺の仕事じゃない。親が最後まで面倒を見ろ』と突っぱねた。二人は『アレスらしい言い方だ』と笑っていたが、その数時間後に、二人とも宮殿に捕まってしまった。二人を助けようと主張したが、ミュラーに組織の安全が第一だと言われ、聞き入れられることはなく、二人は殺された。
あの時、どうすればよかったのだろうか。未だあの時、命令に従ったことは正しかったのか、わからずにいる。
「ナリーがつまらない死に方したら、お前の両親に合わせる顔がない」
つい漏れてしまった言葉は、洞窟内でよく響くナリーの鳴き声で掻き消されていた。
数分もすれば、泣き疲れたナリーは、アレスに寄りかかって眠りについていた。穏やかな寝息を聞きながら、アレスはこの先を、頭の中で整理していく。
アジトが失われた場合は、隣街にある第二地点へ移動することになっているから、アイザックとファミルは、必ずそこにいるはずだ。生き残ったメンバーも、そこへ向かうだろう。俺も早く合流したいところだ。
だが。
ふとサラの方に視線をやる。相変わらずの、顔色はいいとはいえないが、乱れていた呼吸は幾分安定している。
自分が身を置いている場所は、打倒赤の女王と大々的に掲げている本拠地。
メンバーは、宮殿兵により家族や仲間を殺されたり、深い憎しみを持ち続けてきた者ばかり。赤の女王を倒すことこそ、生き甲斐にしているものも多くいる。実際に自分自身もそうだった。
そんな中へ連れていけば、どうなるのか。
当然、殺せと大合唱が始まるだろう。いくら、サラが誠意を以て謝罪したとしても、苛烈な思いを抱いている者達に到底受け入れられるとは思えない。ナリーもそうだ。今はまだ、彼女が誰なのか知らないが、知ったら一体どんな反応を示すのか。
真っ暗な不安は濃度を増していくのに、空の暗さは明けていく空の奥に消えていく。アレスの心を皮肉るように、白々とした夜明けを向かえていた。




