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青の女王  作者: 月影


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素顔4

 力を使い果たしように目のめりに倒れ込んだナリーの背中全体が、焼けただれていた。やけどの範囲も広く深い。アレスが息をのむ。「……痛い……熱い……よ」

 小さな背中が浅く、今にも命が消えそうなほど、か細く泣いている。意識は辛うじてあるが、重篤な状態だということは一目でわかった。医者にみせたとしても、手の施しようがないだろう。ナリーを支える手が熱い。怒り、苦しみ、憤りが、全身を駆け巡る。

 せめて熱さから解放をさせてやりたくて、水辺に移動しようした立ち上がりかけた時、アレスの肩に細い手が乗った。


「そのまま、動かさないで」

 サラがアレスの横に両膝をついて、目を閉じ、火傷が酷い背中に手をかざす。間もなく、手のひらに淡い青い光が発光し始め、ナリーの背中を光が飲み込んでいく。それがやがて、小さな全身を優しく包み込んでいった。それが数分続くと淡い青は白くなり、役目を終えたように、小さな粒となり空へと上がり、次第に消えていく。その幻想的な光景は美しく、思わず目を奪わるアレスをよそに、光の中から再び現れたナリーは傷ひとつない、きれいな皮膚を取り戻していた。

 苦し気だった呼吸は正常になり、力なくアレスの腕に預けられていた身体が、むくっと起き上がりペタンと座り込む。きょとんとした丸い瞳は、失いかけていた生気を取り戻し何度も瞬いていた。

「今の何? 痛くない……」

 忙しなく自分の身体を触り、首をひねって背中を確認すると、ただでさえ大きくさせていた目を丸々とさせる。 

「お姉さんがやったの? すっげー! 治ってる!」

 すげーすげーと、何度も叫びながらナリーがぴょんと飛び上がる。戦闘中、アレス自身も魔法というものを見せつけられた身だ。あの時は、必死で驚きも何もあったものではなかったが、改めて目の前で魔法というものを見せつけられる。驚倒しかなかった。

 サラは、ふっと息をつくと膝立ちしていた状態から、安心したようにペタリ座り込んで、ナリーに優しく微笑みかける。

「傷はこれで、大丈夫。でも、失った血はまだ完全に元に戻っていないので、無理は禁物ですよ」

「ありがとう! お姉さん、今何したの? 絵本とかに出てくる魔法とかってやつ? あんなのただの作り話だと思ってたよ!」

 ナリーは、相変わらず飛び跳ねながら、何でもストレートに聞けてしまう子供の特権を大いにまき散らす。サラは目を丸くし、矢継ぎ早の質問に困った顔をするが、楽しそうな笑みを浮かべていた。ずっと冷たく、放っていた瞳の青に温かみ帯びる。

 

「おまじない、みたいなものですよ」

「それって、やっぱり魔法じゃん! どうやったの? 僕もやってみたい!」

 興奮冷めやらず、サラの真似をし始めるナリーに、アレスは大きなため息をついて立ち上がり睨む。

「話聞いていたのか? まだ、じっとしていろ」

 アレスから少し強めに言われただけで、急にしゅんとしたナリーはアレスに足へピタリとくっついていた。その様子に、ふふっとサラが笑う。

「すまない、助かった」

 頭を深々と下げるアレスに

「いえ、このくらい。アレスには、返しきれないほどの恩がありますから」

 サラの唇は三日月のようにきれいな弧を描いて、大きく首を振っていた。それを見返しながらアレスは思う。これが、本来の彼女の姿。ならば、憎むべきは、サラではない。あの部屋で会った時に感じたざらりとした感覚が、消えていく。アレスの覚悟は、まだ抗っていた場所へカチリと音を立てて隙間なくはまっていた。


「一旦中へ戻ろう。瀕死だった子供相手に追手はないとは思うが。ナリー、静かにするんだぞ 」

「はーい」

 先ほど叱責のダメージどころか、命を失いかけていたナリーとは思えない元気さで、洞窟へ向かって走っていく。アレスは思考を巡らせながら、そのあとをゆっくり歩いていく。

 改めて魔法の驚異を目の当たりにして、ミリオンがその力に魅了された理由などいちいち考えたくもないが、本能で理解してしまえる自分がいた。いくら剣や物理的技術を血の滲むような努力をして磨いても、魔法の力の前では無力だ。だが、その力を手に入れてしまえば、努力などせずとも一瞬で力を手に入れられる。しかも、誰にも負けない。すべて力で支配できる。

 だからこそ、魔法は王族の間にだけ存在していたはずなのだ。善良な血を引く者たちにだけ与えらていた特権だった。それで世界の均衡は保たれていた。だが、金の腕輪は、それを壊した。人を選ばず、力を与える。酷い欲にまみれ、汚れた心の持ち主であっても、だ。腕輪の存在は、すべての元凶といっても過言ではない。では、どうしてそんなものが存在するのか? そんな疑問が浮かんだが、すぐに愚問だと悟る。

 人というものは、どこまでも力を求める。力を見せつけられれば、同等の力。いや、それ以上のものを求める。人は弱い、だからこそ誰よりも強くありたいと強く思う。その結果の欲にまみれた産物だ。そこまで思いを巡らせたところで、後ろからサラがついてくる気配がないことに気づいた。

 振り返ると、ナリーが倒れていた場にすわりこんだままだ。ナリーがすでに洞窟に入っていることを確認し、サラの方へ戻る。


「どうした?」

 アレスが声をかけると、うつ向いたまま動かず、答えだけが返ってきた。

「少し、疲れたみたいで」

「魔法を使った、反動か?」

 身体は、一般人と変わらない普通の身体だ。普通に考えれば、あれだけ内なるエネルギーを使用すれば、体に負担がないはずがないと思いながら、アレスがサラの横に膝をつく。陰になっていた横顔が月に照らされる。その顔は、目の色を通り越した青さだ。

「まぁ、そんなものかもしれませんね……本当に、中途半端、ですね。自分が、嫌になる」

 サラは俯いたまま、ふがいないと吐き捨てる。地面に両手をついて、体を支えている手が震えていた。

「立てるか?」

 アレスが手を差し伸べる。サラは頷いて、意地でも手を借りずに立とうとするが、叶わない。アレスはため息をついて、細い肩と背に手を添えて抱き上げた。急に持ち上げられて驚いた顔をしながら、抗議の視線が送られてくる。

「自分で、歩けます」

「頑固さと鋼の意思の強さだけは、テレビの奥に移っていた赤の女王そのままだな。だが、自分の顔を確認してから言え」

 アレスが一蹴すると、サラは黙り込む。

 強がりは一瞬で鳴りを潜める。どっと、サラの額には玉のような汗が浮かび、ナリーの元へ戻った時には、意識を手放していた。

 


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