女王6
「あの日。あいつは突然現れ、俺を呼び出した。数年ぶりに顔合わせた第一声が『国民に食料、薬を分け与えろ』だ。それは宮殿への冒涜に値する。だから、殺した」
ミリオンの淡々とした口調が、アレスの茶色い瞳が怒りと非難の色に染め上げていく。それを確認しながら更に言葉を重ねて、アレスの怒りに油を注いでいた。
「口では、国民のためと叫んでいたが、内心は自分のことだけしか考えていない。その時も、ソフィアを助けたい一心だけ。他のことは何も考えちゃいない。
昔から、あいつはそういう奴だ。ここで使えていた時もそうだった。戦うことが恐ろしい腰抜け。そのくせ、人たらし。あいつの言葉を鵜呑みする輩は多かった。俺は怒り心頭だった。そんなあいつをすぐにでも、殺してやりたかった。目障りで仕方がない。ここから出るということで、手を打った。同じ血が流れている情けで、生かしておいてやったのに、俺の前に再び現れた。死んで当然だ」
女王へ突き付けているナイフが大きく震えていた。「挑発に乗ってはいけません」女王は、アレスへ小さく呟くが、凄まじい怒りの渦に飲まれたアレスの耳に届かない。
女王が「ダメ!」と叫んだ時には、すでにアレスはミリオンの目前に迫っていた。
ミリオンは、滑稽だと冷笑を浮かべ、左手を上へかざしていた。腕輪が淡い光を放つ。
その途端、アレスの真上から見えない何かが、アレスを押し潰す。身体がバラバラになりそうなほど、押しつぶされ、耐え切れずアレスは床へうつ伏せに倒れこむ。その上から、更に圧力は増していく。背骨がめきっと悲鳴をあげるが、怒りに支配されて、痛みが鈍る。抵抗しようとするが、その度にギシギシと骨が鳴く。呻き声をあげるアレスを、ミリオンが見下ろし、満面の笑身を浮かべた。
「やはり、ジャンの息子だな。バカめ」
空いている右手で、ミリオンが腰に納めていた剣を素早き抜き、アレスの背中の中心に向けて振りかぶった。
刹那、身体が解放される。アレスは、素早く後ろへ飛んでいた。
「結界が解けたか」
ミリオンが舌打ちする先は女王に向けられていた。女王の手がアレスへと向けられ青く発光している。その光がアレスの身体全体を包み込み魔法を遮断しているようだ。女王の力により、守られたことを知ると同時に、アレスはミリオンの懐へ飛び込んだ。ナイフを突き出し、脇腹を掠める。更に、アレスが攻撃を加えようとしたところで、ミリオンの剣がそれを弾いた。それでも、しつこく攻撃の手を緩めないアレスへ叫んだ。
「小賢しい!」
左手で空気を切るように、左右へ振り切ると、衝撃波のような風が巻き起こった。アレスは飛ばされる中、すぐ近くまで兵の無数足音を確認する。アレスは、床に設置した両足で飛ばされる勢いを殺しながら、頭をフル回転せていく。
状況が悪すぎる。兵はあと数秒もすれば、ここに入ってくる。こいつ相手に、兵士まで入ってこられては、やられるだけだ。
この混乱は想定外。レジスタンスの仲間たちは、作戦にないことが起これば、当初の予定にあった騒ぎを起こすという作戦は変更し、自分の命を優先し、撤退することになっている。ならば、すでにこの混乱に乗じて逃げてくれているはずだ。祈るしかない。
ミリオンは、アレスの怒りが乗り移ったような表情をさせて、女王の方向き直っていた。
アレスは、決断する。アレスは、動きが止まり切った瞬時に、両足で床を力いっぱい蹴った。
「死にたかったんだろう? お前は、用済みだ」
女王は、避けるすべもなく、ただ青い瞳を見開いていた。無防備な女王にミリオンは、容赦なく剣を振り上げる。その直前、アレスが風のように女王の真横から浚い、抱え、風穴から外へ飛び出し空中へと高く飛びだした。
「アレス!」
叩きつけてくる雨音を掻き分けて届いてきた声。空中で身を翻す。その一瞬。女王を抱えているアレスにただただ驚愕しているロジャーの絶望の顔がみえた。落ちていく視界。宮殿の建物。雨の壁。その奥へロジャーが消えていく。
「ロジャー! 逃げろーー!」
渾身の力を振り絞った叫びは、揺れる宮殿の爆発音に飲み込まれていた。




