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青の女王  作者: 月影
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序章1

『我がグラン王国は、更なる高みへと昇り詰めるために改革を行うこととした。まず、国民は、国に対する忠誠心を深めること。それを揺るがす者は、見つけ次第通告せよ。捕らえられた者は、矯正し、見込みがないようであれば生涯罪人として一生苦しむこととなるであろう。また、労働に対する対価、及び栽培した食料は、すべて宮殿で徴収したのち、分配することとする。それは、差別なく皆等しい生活水準を維持できる素晴らしい国の基盤となる』

 

 古びたテレビ画面。このグラン王国を統率する一人のまだ幼さが残る若き女王が、整った顔立ちに乗る独特の赤く大きな瞳を見開き、トレードマークの赤いイヤリングを力強く揺らしながら演説する。一切の異議は許さない。行くべき道は一つ。束ねた金色の髪を乱すことなく、強く国民へ訴える。

 酒場に集まっていた面々が、その画面を睨み付け、怒りを口にしていた。

 

「何が赤の女王だ。こいつは、ただの悪魔だ」

「あぁ。言論統制を敷き、国民自ら密告しろなんて、頭がいかれているぜ」

「その上、今もただでさえ微々たる金しか入ってこず食べるのにもギリギリの生活なのにすべて奪うだと? ふざけんな!」

「十年前王が亡くなり、こんなガキに政権を握らせた時点でこの国は死んだも同然だった。誰もがわかっていたことだ。もう、我慢の限界だ。これ以上ガキの好き勝手振り回されるのは、御免だ。本格的にレジスタンス活動を活発化させて、宮殿を潰そう。ジャン、お前がリーダーだ。今こそ声をあげ、立ち上がろう」

 白銀の髪色をした男が腕を突き上げた。周りの男たちはその熱で、体の内側に火が付いたように鼻息が荒くなる。

 ジャンと呼ばれた店主は、束ねた黒髪と髭を一層黒くし、腕組みをして特徴的な鉤鼻の上の眉間に深い皺を寄せて黙り込む。その横で、男の肩くらい背丈の短い黒髪少年が「父さん」とガラガラと声変わりしたての声で彼を呼んだ。本来透き通った丸く茶色い瞳を濁らせて、心配そうな顔をして俯きこむ。父と呼ばれたジャンは、組んでいた腕を解いて、少年の茶色い頭をクシャっと撫でた。

「アレス。お前は、母さんの様子を見に行ってくれないか? 今日は特に具合が悪そうだ。そろそろ、水分を取らせないと」

「……わかった」

 アレスは言われた通り、ドアの奥へと後ろ髪を引かれるように何度も振り返る。ジャンは、大丈夫、心配するなと、笑顔で奥へ行くように促した。アレスは、頷きドアを押して、その奥へと姿を消す。それを見届けると、ジャンはより一層険しい顔をして重い口を開いた。

 

「アイザック。俺は……反対だ。そんなことしたら、内戦に発展する。もっとたくさんの人が死ぬぞ」

 重々しくいうジャンに、白銀の髪を振り乱しアイザックは机を叩いて、怒りを堪えきれずに立ち上がっていた。机に乗っていた赤ワインが入ったグラスが衝撃で倒れる。ポタポタと床を濡らし、血のような赤溜まりを作っていく。

「おい、この期に及んで、何腑抜けたことを言うんだ? たった今も、たくさんの人が飢えで死んでいるんだぞ?」

 アイザックの拳が震える。

「俺の親も最後は、まともな食べ物にもありつけず死んだ」

 床はさらに面積を拡大させて、赤を広げていく。ジャンの黒々とした瞳が揺れて、ドアの奥へとやる。その瞳は、愛する妻を気遣う色が見え隠れしていた。それを目敏く見つけたアイザックは、ジャンを追い詰めるように言い放っていた。

「お前にの大事なソフィアは、病でまともに動けないし、まだ子供のアレスが心配になるのは、わかる。だが、このままでは弱っていくのをただ見ているだけだ。宮殿には、一般人からせしめた薬だって保管されている。その中にソフィへ効く薬だってあるかもしれないんだぞ。何なら、女王を攫ってきて、あの女が持つ魔法とやらを使わせて、病を治せるかもしれない。それができないのなら、俺たちが動いて、宮殿が囲いこんでいる薬を放出できるかもしれない。ジャン、お前がレジスタンスを結成した理由は何だった? 宮殿が悪に傾かないように、抑止力となるためのレジスタンス、だったろう? 今まさに、宮殿は更なる悪政を敷こうとしている。国民は、苦しんでいる。これ以上見て見ぬふりをするのか? 今動かずに、いつ動く? 今こそ俺たちが立ち上がり、宮殿を潰し、開放させるべきだ」

 アイザックは、石のように微動だにしなくなったジャンを見限ったように捨て置いて「ファミルじいさんもそう思うだろう」と、隣で静かに話を聞いていた白髪頭へ話を振っていた。無表情ではあるが、面長の顔には、消えることのない無数の皺が刻まれている。彼もまた、多くの苦労と痛みを抱えていることは、誰もが知っている。

 

「ジャン。わしは、君たちよりも長く生きている。昔の宮殿は、今とは比べ物にならないほどに国民に寄り添った政治をしてくれていた。それ故の、サルミア王国との二カ国間平和条約だった。

 だが、今はどうだ? 赤の王女が政権を握った途端、我々を苦しめるばかりしてくる。この先、真っ暗な地獄しか見えん。クーデターを起こした方が、よっぽど明るい未来がみえる。そちらの希望の方が、はるかに大きく、子のためにもなるのではないだろうか」

 あくまで冷静に分析した結果だというように、ファミルは落ち着いていた。

 目で判断を委ねてくるファミルに、ジャンは目を逸らしながら嘆息を漏らす。

「俺は……確かに、レジスタンスを立ち上げた。だが、それはクーデターを起こすためではない。誰の血も流さず、言葉で訴える方法を模索した結果の組織だ。……暴力では何も解決できないと思っている。悲しみと憎しみを生み、結局同じ道を辿るのではないか?」

 言い切り顔を上げたジャン。怒りをまき散らしながらアイザックは、迷わずジャンの目の前で立ち止まり、胸ぐらをつかんだ。

「お前の兄は、宮殿に仕える兵だもんな。……最終的に、ジャンはそっちの肩を持つのか」

 白シャツの胸倉をつかまれても、座ったままのジャンは、怒りに満ちたアイザックを静かに見返し、はっきりと告げた。

「俺が宮殿へいって、訴えてくる。民の現状、苦しみ、不満。すべてを伝えてくる」

「正気か?」

「武力よりも対話だ。それに、そこまで宮殿は腐っていはいないと、俺は信じている」

 アレスは、ドア越しに、大人たちの会話をすべて聞いてもどかしい気持ちを噛み砕いていた。

 

 父さんは、本来アイザック側の思考の持ち主だ。それが、年々消極的になっている。その理由は、アイザックが言っていた通り、まだ十五という俺の年齢と、母の病だ。どうしても、足かせになっている。

 レジスタンスに所属しているメンバーは、密かに剣や銃を手に入れて日々実践に向けた訓練をしている。俺もそこに加わりたいと、何度も父に懇願したのだが「まだ早い」と一蹴されてしまっている。

 せめて、俺が大人だったら。父さんが心置きなく宮殿と対立できるように、俺が母さんを守れるくらいの強さがあれば。そう思わずにはいられない。

 


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