婚約破棄パングラム
冒頭1300文字以上(というか本文のほとんど)は言葉遊びとは関係ありません。
パングラムだけ見たい方は読み飛ばし推奨。
「殿下、寝ぼけていらっしゃるのですか?」
ダンスホールの中央に凛と佇んだ美しい娘――名門侯爵家の令嬢が、王子に真っ向から失礼な言葉を浴びせていた。
でも、彼女の反応は仕方のないことだった。だって先程、彼女の婚約者たる第一王子は、あり得ない宣言をしでかしたのだから。
――お前との婚約を、破棄する!
王命で課せられた婚約。それを一方的に、簡単に破棄などと、寝ぼけているとしか思えないのである。
しかもここはダンスパーティーの会場。公衆の面前でやらかす意味がわからない。
「俺は寝ぼけてなどいない! 本気だ!
お前の罪はわかっているぞ。ここにいる彼女を虐げたそうだな」
そう言って第一王子が抱き寄せるのは、可憐な容姿の少女だった。
王子の腕の中の彼女は侯爵令嬢に向けてニヤニヤと笑みを向けている。
おそらく王子の浮気相手なのだろうが……。
「え?」
こんな娘、初めて見たのですが?
心当たりがなさすぎて、思わず素っ頓狂な声を上げる侯爵令嬢。
しかし彼女が反論する間もなく、第一王子が命じて警備兵が近づいてくる。完全なる冤罪だというのに捕らえられ、地下牢にでも放り込まれてしまうのだろうか。
どうしてだろう。
厳しい妃教育に励み、第一王子を支えるため頑張ってきたのに、勝手に浮気されて、罪をでっち上げられて投獄されることになるなんて。
今まで努力が全部無駄だ。悔しさに涙が溢れそうになったが、グッと堪えた。
「侯爵家の娘として、これくらいで泣くわけにはまいりませんもの。さあ、捕らえるなら早く来なさい」
……と、彼女が小さく呟くと同時に、警備兵に捕らえられようとしたその時だった。
「待て。兄上の戯言に踊らされ、冤罪でか弱き乙女を傷つけようとは何事か」
そんな凛々しい声と共に堂々と姿を現したのは、第一王子の弟でこの国の第二王子である少年。
彼はホールの中央、舞台へと上がり、抱えていた分厚い資料を掲げた。
「侯爵令嬢は無実だ! この茶番は全て兄上とその浮気相手の平民女が企んだ自作自演。兄上は王命を違えたことにより廃嫡になり、ゆくゆくは僕が王太子になる」
「なんだとっ!?」
第一王子が血相を変えた。
「王太子は俺だ! 年下のくせに偉そうな口を叩くな!」
「そうよそうよ、あたしは王妃になるのよ!」
しかし第一王子の惨めな喚き声に従う者はもはや誰もおらず。
先程まで侯爵令嬢を捕らえようとしていた警備兵たちは一転、第一王子とその浮気相手を拘束し、地下牢へ連れて行った。
……そしてその後、しんと静まり返ったホールにて。
「ありがとうございます、第二王子殿下。このご恩は一生忘れませんわ」
第二王子へと美しい笑顔を向ける侯爵令嬢。
彼女の手を取った第二王子は、どこに隠し持っていたのか百合の花を取り出して侯爵令嬢の前に跪いた。
「それならば、僕と結婚していただきたい。……傲慢な願いなのはわかっていますが」
百合の花言葉は『純粋』。
そういえばこの婚約破棄事件の前にも、第二王子が自分のことを純粋な瞳で見つめていたことを思い出す。
侯爵令嬢はポッと頬を染めた。
その後二人がどうなったか……それは語るまでもないだろう。
〜end〜
・婚約破棄パングラム
寝ぼけ王子、婚約破棄
「え?」
娘、偽の罪で囚われる?
泣かぬぞ!
ヒーロー、百合を持ち、舞台へ
ざまぁよ!
【解説】
ねぼけおうじ こんやくはき
え?
むすめ にせのつみでとらわれる?
なかぬぞ!
ひーろー、ゆりをもち ぶたいへ
ざまぁよ!
パングラムとは、ひらがな五十音を全て「一度だけ」ずつ使って作る文章のこと。
濁音は清音としてカウントしています。
婚約破棄パングラムを先に作り、それに合わせてストーリーを書きました。
なかなか難しかったです。三ヶ月くらいかかりました(笑)
ストーリーの方は、一時間弱で書いたのですけどね。