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 モーディが洞窟から出て行った。

 かと思ったら、すぐに戻ってきた。

 だけど私は丸まったままずっと泣いて顔を上げない。

 すると再びモーディの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 ――という流れを何度か繰り返す。

 つまり私が泣いている間、モーディは洞窟から出て行ったり戻って来たりを繰り返していたのだ。

 悲しみに浸っていた私もいい加減モーディが何をしているのか気になって、つい顔を上げる。


 すると枯れ草ベッドの上にいた私を囲むように、様々なものが並べられているのに気づいた。

 私のお気に入りの水色の花、私の好きな果物、気に入ってたくさん食べていた木の実なんかが大量にあり、さらに綺麗な鳥の羽や、どこで拾ってきたのかミニトマトくらいの大きさの金塊、宝石の原石みたいなものまである。

 私を元気づけようとして持ってきてくれたのだろう。それは嬉しい。


 でも涙はまだ止まらない。だって私がほしいのは果物や花、金や宝石じゃなく、清潔な服や下着、お風呂や石鹸、それに果物や木の実以外の食べ物なんだから。

 モーディは青い宝石を私に見せてくれたけど、私は「いらない」と言って顔を突っ伏して泣いた。

 するとまたモーディは洞窟から出て行ったようだった。何か別の物を探しに行ったのかもしれない。


 しかし今度は戻ってくるまで時間がかかって、その間に私は少し冷静さを取り戻していた。涙を拭って起き上がり、洞窟から出る。


(私がこの世界に来ちゃったのはモーディのせいじゃないのに、八つ当たりしちゃった……。むしろ彼がいなかったら、私は今も生きていたかどうか分からないのに)


 八つ当たりした事を謝るため、そしてお花や果物を持ってきてくれたお礼を言うために、自分の恩人を探しに行こうと歩き出した時だった。

 森の奥から、この世界に来て最初に出会った怪物が、音もなく姿を現した。上半身は人間の男、下半身は緑の蛇の怪物だ。


(どうして……)


 蛇の怪物は声を出さずに笑っていて、私を見ても驚いている様子はない。私がここにいる事を知っていたみたいだ。

 彼は偶然ここにやって来たわけではないのだと気づいて、一瞬で血の気が引いていく。


(私の事を狙ってた?)


 モーディが離れた隙を狙ってやって来たのだとしたら、今の私の状況はかなり危険だ。全身から冷や汗が吹き出て、体が冷えていく。

 もしかしたらこの怪物は、この二週間、離れたところからずっと様子を探っていたのかもしれない。モーディが私に興味を持ったように、この怪物も私に執着していたのかも。

 しかも彼はどう見ても獲物として私を見ている。だって、私を見つけてからずっと舌なめずりをしているのだ。


(逃げなきゃ……)


 私は震えながら駆け出した。でもその途端に蛇の怪物はシュルシュルと滑るように移動してきて、あっという間に私を後ろから捕まえた。


「いやぁ……ッ!」

 

 両手で拘束されたかと思ったら、生温かい舌で首筋を舐め上げられた。蛇の怪物の舌は紫色で、長く、先は二股に分かれているけど、本物の蛇の舌より太かった。

 

「やめて!」


 また涙がこみ上げてくる。怖くてたまらない。本当になんでこんな世界に来てしまったんだろう。何もかも嫌になるけど、まだ死にたくない。


「モーディ……」


 さっき酷い態度を取ってしまったのにピンチになったら頼るなんてと思いつつ、喉が裂けるほどの大声を出して、この世界で私が唯一信頼できる相手を呼んだ。


「モーディ助けて! モーディ!」


 叫ぶ私を黙らせようと、蛇の怪物が大きく口を開けた。毒蛇が持つような細く鋭い牙が上顎に二本ついているのを見つけてしまい、私は恐怖から目をつぶる――その瞬間だった。

 

 私の声を聞きつけて、モーディが遠くから全速力で走ってきた。いつもは二足歩行でのしのし歩いているのに、本気で走る時は前足も使って四つ足で駆けるのだと初めて知った。周りの木をなぎ倒さんばかりの勢いで、ものすごく速い。


「モーディ!」


 私はモーディの姿を見て、心から安堵していた。

 一方、イノシシのように突っ込んでくるモーディに蛇の怪物は怯んだようだった。私を手に持ったまま、体を反転させて逃げようとする。

 しかし後ろを向いたところでモーディが襲いかかり、肩に噛みつく。


「gaaaaaaa!!」


 蛇の怪物は悲鳴を上げたが、反撃のために下半身をモーディに巻きつけ締め上げていこうとする。


「モーディ!」


 私はモーディがやられてしまうんじゃないかと怖くなったが、ミシミシと締め上げられながらも彼は落ち着いていた。冷静に蛇の怪物の喉元に噛み付いたのだ。

 鈍い嫌な音がして、蛇の怪物は息絶える。


 怪物の手から滑り落ちる私をキャッチすると、モーディは私を一度地面に座らせ、蛇の怪物の遺体をズルズルと引きずっていく。

 まだ激しく脈打っている自分の心臓の鼓動を感じながら、私はその様子を見守っていた。


 とそこへ、たまたま遊びに来たらしい白い狼たちが森の奥からやって来る。今日は四頭いた。彼らは蛇の怪物を見て「何があったんだ?」と言うようにモーディに尋ねていた。

 しかしモーディが狼たちに短く言葉をかけると、彼らはしっぽを振って四頭で嬉しそうに怪物を咥え、そのまま遺体をどこかに持っていってしまった。まさか食べるんだろうか?


 目の前で蛇の怪物が死んでしまった恐ろしさもあるけれど、これで二度と彼に襲われる事はなくなるという安心感もあり、全身の力が抜けた。

 一方、蛇の怪物を狼に引き渡して帰ってきたモーディは、座り込んだままの私を見て、表情を勇ましいものから困ったようなものに変える。

 また私に拒絶されると思っているのか、あまり近づきすぎないようにしながら、でも近づきたそうに私の周りをうろうろしていた。

 そんなモーディが面白くて、私は唇の端を少しだけ上げて笑う。


「さっきはごめんね。助けてくれてありがとう、モーディ」


 そして立ち上がると、自分から彼に近づいていく。


「ありがとう」


 私がモーディに抱きつくと、モーディは一瞬嬉しそうに身震いした。ピコピコと高速で揺れるしっぽの音が小さく響く。

 モーディも私をぎゅううと抱きしめ返した後、私の体を持ち上げて匂いを嗅ぐ。どうやら蛇の怪物に舐められたせいで匂いがついてしまっているらしく、ムッとした顔をしている。


「ちょっと、待って!」


 怪物の唾液が少しついたのか、襟元が濡れてしまった服を脱がそうとしてくるモーディを何とか止める。

 でも確かに、舐められたところは洗わないと気持ち悪いかも。

 

「川に連れて行ってくれる?」


 するとモーディは私の言葉を理解したかのように、私をお姫様抱っこした。そしてのしのし歩いて移動する。

 しかし川がある方とは反対の方角に向かっている気がする。少なくともいつも川に向かう時に使っていた道を進んでいない。


「どこに行くの?」


 モーディを見上げて尋ねるが、彼はブォッと鼻を鳴らすだけだった。

 そうしてモーディはどれくらい歩いただろう。一時間以上経って、私がモーディの腕の中でうとうとしていた時、急にまぶたの外が明るくなった気がした。

 目を開けて周囲を見ると、太陽光を遮る森の木々が無くなっている。目の前にあるのは原っぱに沿うように伸びる一本道で、モーディはそこを歩いていた。


「森を出たの?」


 そういえば森の外がどうなっているのか私は知らなかった。だけど延々原っぱが続いているだけだろうと思いながら、何の期待もせずに道の先を見ると、


「えっ!?」


 嘘でしょ? と我が目を疑う。

 何故なら遠くに見えたのは、大きな街だったからだ。


「街とかあったの!?」


 私は本気でびっくりして身を乗り出した。


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