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「あのリンゴ取ってほしいな」


 川からの帰り道、私は怪物に片腕で抱っこされながら、木に生っている赤いリンゴを指さした。

 川から上がった後は肌の上に手を滑らせて水滴を取っただけなので、その上から着た服は湿ってしまっている。だけど暖かいし、乾くまでそう時間はかからないだろう。


「昨日は食べなくてごめんね。でも今日は食欲があるみたい」


 怪物は私の指さす先にあるリンゴを見ると、私を抱いているのとは反対の手でそれを採ってくれた。そして自分の体のポケットに入れる。


「そんなところにポケットあったの?」


 怪物には、カンガルーみたいなポケットがついていたのだ。


「あなたって猫なのか熊なのか有袋類なのか……一体何なの?」


 私の呟きを気にすることなく、怪物は次々にリンゴを採って、それをむぎゅむぎゅとポケットに詰め込んでいく。

 そして二人で洞窟まで戻った。


「中は少しひんやりしてるから、外で食べよう」


 川に入って体も冷えていたので、太陽の光で温まりたい。

 洞窟の前の開けた場所に座ると、怪物もすぐ隣に座る。そしてリンゴを一つ、私の方に差し出してくれた。


「ありがとう」


 私は渡された大きなリンゴにかじりつく。

 うん、甘味もあるし、みずみずしくて美味しい。もしかしたら日本で売っているリンゴより美味しいかも。


「よかった……」


 食べ物が美味しいと生きる希望が湧く。こんな不便な森の中で食べるものまで不味かったら辛いもの。

 怪物も残りのリンゴを芯まで綺麗に平らげたけど、それでは足りなかったのか、立ち上がってどこかに向かう。

 そして戻ってきた時にはクルミのような茶色い木の実をいくつも持っていた。サイズは怪物にとってはかなり小さいけど、私のイメージするクルミと比べるとちょっと大きめだ。

 殻が硬そうだけど、道具もないのにどうやって割るんだろう?


 ところが私の心配は不必要だったようで、怪物は大きめの石を持つと、クルミをいくつかまとめて叩き、簡単に割ってしまった。すごい。

 そして爪で中の種子を取り出す。種子は脳みそみたいな形をしているので、やっぱりこれはクルミなんだろう。


 でもリンゴとクルミって同じ時期に食べられるものなんだろうか? 昨日は野苺が生っているのも見たし、キノコが生えているのも見た。木は紅葉しているものもあれば、新緑のような若々しい葉をつけているものもあって、季節がよく分からない。

 おかしな怪物たちのいる森だから、季節なんてない可能性もあるけど。


 怪物に差し出されたクルミを少しかじってみると、生のクルミは香ばしさこそないものの、ほんのり甘くてクリーミーで、とても美味しかった。

 美味しいと思ったのが顔に出ていたのか、怪物はその反応を見て、次々に種子を殻から取り出してくれた。

 殻を割った五つ分を私が食べつくすと、怪物はまた次のクルミの殻をまとめて割り、せっせと種子を取り出す。


「ありがとう。もうその分だけでいいよ。お腹いっぱいになってきたから」


 私が手と首を振ってもういらないと伝えると、怪物にも伝わったらしく、残りのクルミは彼が全部食べた。

 しかしリンゴと言いクルミと言い、見かけによらず食べ物の好みが可愛らしい。


「手がリンゴの果汁でベタベタになっちゃった」


 また川に戻るのも面倒なので、何か拭けるものはないかと探す。すると木に張り付いている苔が湿っているのを見つけて、それで手を拭った。

 他にも探せば草が夜露に濡れていたりするのを発見した。大きな葉っぱの窪みにコップ半分くらいの露が溜まっていたりもするのだ。川の水を飲むよりこっちを飲んだ方が安全かも。


 私が怪物のところに戻ると、彼は川に入って濡れたお腹を天に向け、寝転んでいた。

 私も体が温まるまで日向ぼっこしていよう。



 怪物は基本的に一日ごろごろしているらしい、と一緒にいて分かった。

 動くのは、主に食べ物を採りに行く時だ。怪物は果物や木の実、キノコが好きなようで、一日に何度かそれらを採ってきて食べているらしい。

 そして私にも毎回分けてくれるけど、キノコは生では怖かったので遠慮した。


 あとはピンクや白の花を摘んできたかと思ったら、私の枯れ葉のベッドを飾り付けたりしてくれた。

 そういう、ベッドをおしゃれにしようという感覚があるのかと思って驚いたけど、何だかちょっと嬉しかった。


 そうやって一日一緒の時間を過ごすうちに、私の怪物に対する恐怖はほとんどなくなった。

 怪物のちょっとした不注意で怪我をするかもという怖さはまだあるけど、彼が故意に私に危害を加えるとは思えなくなっていたのだ。


 この世界でこの怪物に出会えて本当によかったと思う。私一人なら他の怪物や動物に襲われていたかもしれないし、食べ物も確保できなかったかもしれないから。

 だけど何より、彼には精神的に救われている。知らない世界で一人ぼっちではないという安心感は大きい。



 夜になって、私が枯れ葉のベッドで寝ていると、さっきからずっとそわそわとこちらを見ていた怪物が、隣で寝転んだまま私の体を持ち上げた。

 何をするつもりなのかと思ったら、横向きに寝ている自分の腕枕で私を寝かそうとしているようだった。

 

「ううーん……」


 だけど腕が太いので、首が痛い。

 と言うか上半身がほとんど起き上がっちゃってるし。

 

「これじゃ寝られない」


 腕枕はやめてもらって、私はもぞもぞと動き、怪物の脇腹辺りにくっつく。


「うん、あったかい」


 ふかふかで、いい感じだ。

 私が満足してまぶたを閉じると、怪物の体の下でガサガサと枯れ葉が鳴った。しっぽが動いているのだ。

 また何を喜んでいるのか知らないけど、もう眠るから、今はしっぽを振るのやめてね。

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