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 怪物にお姫様抱っこされた私は、森の中を運ばれていく。

 逃げたいけど、抵抗して攻撃されるのが怖い。暴れないように殴られたり、噛みつかれたりするかも。

 

 ビクビクしながら十分ほど移動すると、やがて岩の洞窟が見えてきた。

 この怪物の目的地はこの洞窟だったらしく、薄暗い穴ぐらの中に迷いなく進んでいくと、奥の方で私を地面に降ろす。


 獲物を持ち帰ってここで食べるつもりなのだろうかと思い、私はいつでも駆け出せるように足に力を込めた。走っても逃げ切れるかは分からないけど……。

 しかし緊張して顔をこわばらせる私とは対象的に、怪物は機嫌良さそうにしっぽを振って洞窟を出て行く。


(どこに行くんだろう? 私を監視していなくていいの? まだ私を食べるつもりはないのかな)


 この隙に逃げようと、私も静かに洞窟の出口へ向かう。けれど怪物は出口から近いところにいたので逃げられそうにない。今、走り出したらバレてしまう。


(何してるんだろ)


 怪物は落ち葉や枯れ草をかき集めているようで、両手いっぱいに葉っぱを抱えてすぐにこちらに戻ってきた。私も慌てて奥に戻り、元の位置に立つと、怪物はその近くに落ち葉をどさっと落とす。

 そして再び外に出るとまた葉っぱを集めてきて、洞窟内の同じところに盛る。あっという間に枯れ葉の山ができてしまった。


 私は困惑しながら、枯れ葉を集めるという怪物の謎の行動を見ていたけど、この枯れ葉を燃やして私を丸焼きにする気じゃ? と気づいて青ざめる。


「いやっ……!」


 怪物に両手で持ち上げられて枯れ葉の山の上に乗せられた時は、全身に鳥肌が立った。

 急いで逃げなきゃと思うものの、枯れ葉に足を取られて焦れば焦るほど抜け出せなくなる。茶色い葉っぱの中で一人溺れていると、怪物が慌てたように私を持ち上げてくれた。


 そして枯れ葉の山を片手でぎゅっぎゅっと押さえて固めると、もう一度私をその上に置き、満足そうに頷く。


(……も、燃やさないのかな)


 怪物もすぐ隣の岩の地面に座るが、それ以上何も行動を起こしそうにない。私の方をちらちら見てくるけど、それだけだ。彼が何をしたいのかよく分からない。

 ここはこの怪物の住処なんじゃないかと思うけど、食べないならどうして自分の家に連れてきたんだろう?


 そんな事を疑問に思っているうちに、怪物は三度みたび外に出ていった。また枯れ葉を集めてすぐに帰ってくるかと思ったが、今度はなかなか戻ってこない。


(逃げるチャンスかも)


 私はゆっくり立ち上がり、明るい洞窟の外まで出ようとした。だけどタイミング悪く怪物が帰ってきたので、再び座り直す。

 怪物は今度は真っ赤なリンゴをたくさん抱えていて、そのうちの一つを私の目の前に置いた。


(リンゴ……?)

  

 日本で売っているものよりサイズが一回り大きいけど、確かにリンゴだ。私が何も行動を起こさないでいると、怪物は爪先でそっとリンゴを私の方に押した。

 くれるって事だろうか?

 だけど訳の分からない世界に来てしまったばかりで食欲がないのだ。


「いらない」


 言葉は通じないと思いながらもそう伝えるが、やはり伝わらなかった。

 リンゴが食べ物だと分かっていないと思ったのか、怪物はたくさん採ってきたリンゴのうちの一つを手に取って、私に見せつけるように自分の口へ放り込んだ。

 シャリシャリ音を鳴らしながら美味しそうに食べている。肉食だと思ったのに、意外と果物が好きなのだろうか?

 もし肉食じゃないのなら私を食べる事はないだろうし、そこはちょっと安心だ。


「いらないの」


 シャリシャリシャリシャリ、食べてるところをすごく見せつけてくるが、私はこれが食べ物である事は分かっている。

 分かっているけどいらないだけだから。


 しかし怪物はリンゴを一つ食べ終えると、今度は私に差し出したリンゴを手に取って、卵を割るかのように地面にぶつけた。

 するとリンゴは果汁を滴らせながらいくつかに割れた。怪物はその中の小さい欠片を親指と人差し指の爪で器用につまんで、私に差し出してくる。

 でも一口サイズに小さくしてもらってもいらないのだ。何かを食べられるような精神状態じゃない。


 口元に持ってこられたリンゴの欠片をよけて、私は顔をそらした。

 怪物は残念そうに耳をぺたんと下げると、私が食べなかった割れたリンゴと、残りのリンゴを全部食べてからまた外へ出ていく。

 何かリンゴとは別の食べ物でも取りに行ったんだろうか? 


(意外と優しいのかな?)


 食べ物を他の生き物に分け与えるなんて。

 だけどまだあの怪物を信用できない。太らせてから食べる気かもしれないし。

 私は今度こそと立ち上がって洞窟を出た。


 怪物は洞窟からあまり離れていないところにいたけど、野苺みたいなものを摘んでいてこちらを見ていなかったので――野苺は小さいので爪付きの大きな手では摘みにくいらしく、苦戦している――、その隙に走って逃げる。


 しかし怪物は耳がいいのか、私の足音に気づくと、野苺を放って追いかけてきた。

 私が懸命に走っても、軽く走っているだけの怪物にすぐに追いつかれてしまう。相手も二足歩行なのに素早い。


 ブォォと、怪物は低い声で鳴いて私の注意を引こうとしたが、私は構わず走り続けた。すると怪物は意外にも無理に私を捕まえようとはせず、黙って後をついてくる。

 しかし森の中は走りにくく、私は何度もつまづき、転びかけた。


「ブォッ」


 私がつまづくたび、怪物が後ろから慌てたように声をかけてくる。


「はぁ、はぁ……」


 舗装されていない道を走るのって、こんなに疲れるんだ。地面はでこぼこだし、石や枯れ葉、木の枝も落ちてるし、土から出ている木の根も邪魔だ。


 しばらく走っただけで私はすっかり疲れてしまった。私がこの森に現れた時、最初にいた場所に戻ってみようと思ったけど、すでにここがどこだか分からない。

 それに戻れても、日本に帰る手がかりなんてきっとない。


(雷に打たれてこの世界に来たって考えると、また雷に打たれれば帰れるのかな)


 でも普通に死ぬ可能性のが高そうだ。きっとすごい偶然が重なって、私は死ぬ事なくここへやって来てしまったと思うので、再びそんなすごい偶然を起こせるとは思えない。


「帰れないのかな……」


 まだ現実を受け止めきれていないせいか、涙は流れなかった。一度寝て起きたら元の日常に戻っているのでは? とまだどこかで希望を持っているからかも。


 私はとぼとぼと歩き続けていたが、いつの間にか景色は薄暗くなってきて、あっという間に森の中は真っ暗になってしまった。

 前が見えずに危険な状況になったところで、後ろからヌッと手が伸びてきた。

 ずっと後をついてきていた怪物が私を持ち上げたのだ。またお姫様抱っこだ。

 怪物は夜目がきくのか、私を抱っこしたまましっかりした足取りで洞窟まで帰っていく。


 そして洞窟を見た途端、私はちょっと安堵してしまった。

 だってこんな暗い森の中で、いつ誰に襲われるか分からないのにその辺で寝るなんてできない。岩の洞窟でもいいから、何かに囲われた場所の方が安心する。

 怪物が側にいる事は不安でもあるけど、他の怪物からは襲われないだろうと思うと安心でもある。


 洞窟の中でまた枯れ葉のベッドの上に乗せられると、疲れから私はすぐにそこに寝転がった。

 すると怪物もピコピコと丸いしっぽを振って隣で横になる。犬は嬉しいとしっぽを振るイメージだけど、この怪物はどうしてしっぽを振っているんだろう。


(疲れた)


 枯れ葉のベッドの寝心地はあまり良くないのに、寝転がった途端にまぶたが落ちてきてしまう。

 目をつぶる瞬間、最後に怪物の方を見たが、暗くてどんな顔をしているかよく分からなかった。

 ただ、しっぽがパタパタと動く音だけが耳に届いた。

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