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その日、私は大学からの帰りにトボトボと駅前通りを歩いていた。雨は午後からだんだん酷くなり、今は傘をさしていても足元はびしょ濡れだ。カットソーにデニムパンツ、スニーカーという恰好なので別に濡れたってかまわないけど。
しかし私が肩を落として歩いているのは憂鬱な雨のせいだけじゃない。彼氏に振られたからだ。
原因は主に私にある。私は誰かと恋人関係になっても、心が繋がっていればそれで満足してしまうタイプなのだ。手を繋いだりハグしたりするだけで十分で、その先に進みたいとは思わない。
だけどそれがいけなかった。体の繋がりを重視する彼とは合わなかったのだ。
だけど彼の気持ちも分かるので、悲しいけど私は別れを承諾するしかなかった。
彼氏に振られ、雨に濡れ、今日はこれ以上酷い事は起こらないはずと思っていたけど、悪い事は立て続けに起きるものらしい。
遠くで鳴っていたと思っていた雷鳴がいつの間にか近づいてきたと思ったら、稲光とともに私の頭上に落ちたのだ。
一瞬、まばゆい光に全身を包まれて、私は悲鳴を上げると共に死を悟った。
「あれ……?」
しかし恐る恐る目を開けると、体に痛みはなかった。しかも周囲には駅前の景色ではなく緑の森が広がっている。
立ち並んでいるのはビルではなく巨大な木ばかりで、人も歩いていない。
「どういう事?」
雷に打たれて頭がおかしくなったのか、それともここは死後の世界なのか、そもそも今日大学へ行った事も彼氏に振られた事も現実だったのか分からなくなった。私はまだベッドの中にいて、ずっと夢を見ているとか?
混乱して指先が震え出す。
だけどもっと大きな恐怖がすぐそこに迫っていた。
背後から草や落ち葉を踏む音が聞こえてきて、何かが近づいてきていると気づいた私は急いでそちらを振り返る。
――するとそこにいたのは、見たこともない巨大な怪物だった。
私は目を見開いて思わず叫ぶ。
「きゃあああ! ……なにっ、何なのっ!?」
私の真後ろに迫ってきていた怪物は、下半身は緑の蛇で、上半身は人間の男のような生き物だった。
だけど人間の部分も皮膚は下半身と同じく緑色、そしてところどころに鱗がある。目は黒目と白目に別れているんじゃなくて、全部黄色だ。
全長は十メートル以上ありそうだけど、後ろの方は森の草木に隠れて把握できない。それくらい長い。
それにコブラみたいに上半身を持ち上げているので、高さもあった。三メートルはある。
(これは現実……?)
目を見開いて固まる私を、蛇の怪物は舐めるように観察すると、スルスルとさらにこちらに寄ってきた。その奇妙な外見と巨大な体に恐れをなして、私はぺたんと地面に崩れ落ちる。
怪物の黄色い目は、まるで美味しそうな獲物を見つけて喜んでいるみたいに細くなる。
そして次の瞬間、蛇の怪物は私を捕まえようと手を伸ばしてきた。
「ひっ」
息を呑み、身をすくめる。
しかし蛇の怪物は突然ハッと私の後方を見ると、私を捕まえる事なく逃げ出して行く。
「今度は何……?」
震える声で言い、振り向きたくなかったけど、私は地面に座り込んだままゆっくりと後ろを向いた。
「ま、また怪物……」
この森には巨大な生き物しかいないのだろうか、次にやって来た怪物も大きくて奇妙な姿をしていた。
けれどさっきの蛇の怪物ほど恐怖心を煽られる姿ではない。
二頭目の怪物はふてぶてしい猫のような顔をしていて、目つきは悪い。耳も猫のように尖っているがもふもふで、体は熊のようだった。ちょっとずんぐりしていて、ぬいぐるみみたいに愛嬌のある体型だ。しっぽも兎みたいに丸い。
そして毛皮はミルクティーみたいなおしゃれな色だった。
その怪物は短い足で二足歩行をしていて、森の中をまるで人間みたいにノシノシと歩いてくる。
物語の中のキャラクターなら可愛いかもしれないけど、現実に目の前にいると怖くてたまらない。
何よりその大きさが恐ろしい。二本足で立った状態だと、確実に二メートル以上ある。本当に熊みたい。
私はガタガタ震えながら呼吸をするだけで、他にはどうする事もできずにただその場に座り込んでいた。
兎のような熊のような怪物は最初、逃げていった蛇の怪物の方を見ながら歩いてきたけど、私のすぐ側までやって来たところで、やっとこちらの存在に気づいた。
蛇の怪物と比べると存在感がなかったのだろう。
怪物は通り過ぎざまにこちらをちらっと見た後、また逃げていく怪物の方を見る。
そして一秒後にバッと私の方を再度見た。見事な二度見だ。
眉をしかめて「??!?」という顔をしていて、そのコミカルな仕草に恐怖が幾分やわらぐ。
もこもこもふもふの猫のような熊のような怪物は、宇宙人を見るような目でしばらく私の事を見ていたが、やがてそっと手を伸ばしてきた。
熊みたいに大きなその手には、太くて少し湾曲した爪が五本ついている。
「やだ……っ」
手のひらについている巨大な肉球を見ても今は癒やされない。私は怪物に捕まり、持ち上げられてしまった。
「食べないでッ!」
頭を怪物の口元に持っていかれたので思わず体をこわばらせたが、怪物はフンフンと私の髪の匂いを嗅ぐだけだった。
そして手の爪の背で私の顎を支え、顔を上げさせると、じぃっと目を合わせてくる。
すると、怪物のお尻にただくっついているだけだったしっぽが小さく揺れ始め、感情を表すかのように段々激しく動き出した。
兎のような丸いしっぽは私の方からはよく見えなかったが、音でしっぽが揺れているのが分かるのだ。それくらい激しく動いている。
そして怪物は私を丁寧に持ち直した。お姫様抱っこされたのだ。
「わわっ」
怪物は単にこの方が私を運びやすいと思ってるだけだろうけど、人生初めてのお姫様抱っこが人間の男性相手ではなく怪物相手に実現してしまうなんて、私はちょっと複雑な気持ちになった。