最後の次
『最後に』の続き的な何か。みじかい。
多分、君には話してなかったと思うけど、僕は君を一目見たときから好きだったよ。
君の、風に舞うそのちょっと癖のついた黒髪と、少しつり目気味のこげ茶色の目。白くてすぐ赤くなる頬。いつもは奇麗な形をしているけど、困るとハの形になる眉。目元と首元のほくろ。華奢な身体と筋肉のついた脚。緩められているもののきれいな形の結び目のネクタイ。白いブラウスから透けて見える肌。流行りにのらず、一回も折っていないスカート。
身長はあまり高くないけど、君の全てが僕の注意を一瞬にして惹きつけ、魅了した。君を見たその日から、僕の全ては君のもので、それを伝えるのにこんなにかかるとは思ってなかったけど。
確か、君はそのとき部活の先輩に恋をしていたんだよね。どうせ彼も半年で卒業し、彼の学力なら都会の大学に行くんだろう。それなら彼は君の傍にはもういられない。君の心からいなくなるのも時間の問題かな。そう楽観視していた。
でも、何故か彼は地元の大学を選び、時間があれば君のいる部活を訪れている。そして、君は彼への気持ちの沼にはまり込み、クラスメートの僕のちょっとしたアピールにはちっとも注意を払ってくれなかった。
そして僕らが卒業する年、君は彼との別れを惜しみつつも都会の大学へと旅立った。勿論僕も同じ大学へ。
あの時、僕は君と、彼との最後の会話を盗み聞いた。君は家を出発する前に、彼を学校に呼び出していた。そして、君の、彼への想いの吐露を。
そんなに好きなくせに何で別の道を歩もうとするんだ?小説を書くのが好きな君なら他人を納得させるような適当な理由なんてすぐ思いつくだろう?
彼のことは大好きだけど、結婚して一緒にいたいというよりも尊敬のほうが勝ったと君は言ったね。そんなのは言い訳だ。君は、彼を取り巻くすべてに嫉妬していて、それをただ彼に知られたくなかった。
美しい別れを演出したかったのかもしれないけど彼はあのとき何を思っていたんだろうね。君のこと?彼自身のこと?学業のこと?サークルのこと?彼がご執心の、同じ大学の女の子のこと?
ほらまたそんな顔をして。もう君は僕の彼女だっていうのに。僕と同じ香りを纏って僕の手によって髪を梳かれているのに。僕の許した物だけを所持して、僕の許した人間とだけ喋って、僕の許した音楽だけを聴いて。そうやって僕の色に染まっているくせに、まだ先輩とやらを心に住まわせているのかい。
そんな風に別の男を想う顔を見せるなんて悪い子だね。
…ああ、その顔。本当に憎い。そのペンギンのぬいぐるみも捨てなきゃいけないかな。
さあ、おいで。
彼を忘れさせてあげよう。