表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

時渡りのダイアリー

作者: あくあ

「くそっ。ここもダメか」


仕事をただこなすだけの毎日を齢30を過ぎて結婚もせずただ仕事と自宅で寝るという時間を浪費する日々。


そこに世界規模の感染する病が流行し世界中の経済が悪化。

勤め先の業績もそれに引っ張られるように悪化し、会社は倒産し職を失った。


俺にとって職を失ったのはきっかけに過ぎない。

そこから坂道を転がる球体の様に人生は底辺へと向かうだけだった。

結婚しているわけでもなく、両親も既にこの世を去って幾年も経過している。


そして、何もかも失い――手もとに残ったのは何時手に入れたかすら覚えていない黒い装丁の本のみ。


今日も何度目か覚えてすらいない仕事の面接を丁寧に断られたことで心は折れかけていた。


面接を断られた苛立ちは過ぎ去って気落ちして言葉に表すことのできない自責の念で頭はいっぱいになって帰りがけの公園のベンチで項垂れていた。


「はぁ~……帰るか……」


信号のない横断歩道を渡ろうとしたとき、後ろから走る足音が聞こえた。


「おかあさーん」


後ろから元気な女の子の声が聞こえる。

横断歩道の向かい側にはその声の主であろう母親らしき女性と目が合い――互いに一瞬呆けた直後、視界の端に猛スピードで走ってくる車が見えた。


決して狭いとは言えない道路だが一瞬見えた運転手は正面を見ていないように見え――


状況を瞬間的に把握した瞬間、母親の方に向かって横断歩道を渡ろうとしていた子供が轢かれる。

そう直感が告げた瞬間。


子供を庇って――――






*********************





「あれ。これ何だろう?」


家に帰り、制服から着替える為に部屋に入ると勉強机の上に一冊の黒い装丁の本が置かれていた。

買った覚えもないし、両親が本を読めと買ってくるとは思えない。

制服から私服に着替え疑問に思いつつ、黒い本を手に取るとまるで吸いつくような手触りを感じ



「――ご飯よ、降りて来なさい」


母親の声に目を覚ますと机に座った状態で眠っていたことに気が付いた。


「ん……今行くよ」


いつの間に眠ったのか覚えていないが、部屋を出てリビングへ降りて行った。



「ごちそうさま」


ご飯を食べ終わり食器を流し台へ置くと部屋に戻る。


「ふう、さてと勉強しないと――」


「よう」


誰もいないはずの部屋に入り扉を閉めた途端空気が変わった感じがしたと同時に大人の男性の声が聞こえた。


「誰!?」


「まぁまぁ、落ち着けってて言っても無理だよなぁ……」


呟きながら徐ろに指を鳴らすおっさん。

不思議と気持ちが落ち着いて混乱が収まる。


「で、俺が誰かって話なんだが……


 実は俺自身もよくわかってないんだ」


「??????」


せっかくおさまった混乱が再び訪れる。


「とりあえず、言いたいことがあってな、それだけ伝えに来た」


「あ……うん?」


自分の知らない大人の人が訳の分からないことを言い出し混乱していると、両親に助けを求めるとか警察に通報するとかそんな事も考えられず素直に頷いてしまった。


「お前さんの机に黒い装丁の本があったろ?

 あれは人に見せることも出来るが、基本的にお前さんしか干渉できない特別な本だ」


目の前にいるおっさんの言う言葉はどこか非現実的な内容ばかりなためか非現実的な質問ばかり浮かんでしまう。

例えば名前を書かれた人が――



「あ、別に人の名前を書いたからそいつが死ぬとかそういうんじゃないからな」


まるで思考を読んだかの様に某漫画のあのノートを思い浮かべた僕の顔を見ておっさんが被せてくる。


「とりあえず、その本は大事にしろよ。それは、お前の唯一の――」





気が付くとまたもや机で眠っていたようで開いた教科書とノート、机の片隅には黒い本が置いてある。


「何か夢でも見たような気がするけど……疲れてるのかなぁ」


時計を見るとご飯を食べてからそう時間が過ぎているわけではないが机で寝落ちしてるようでは効率が悪いと思いベッドに潜り込む。





*********************




……ピッ……ピッ……ピッ……


ICU(集中治療室)のベッドで様々な医療機器を繋がれ生き永らえている患者を外から見守るのは目の前で子供を失うところだった親子。


「おかあさん……おじちゃん起きるよね。早くお礼が言いたいなぁ……」


「うん、そうだね。早く目が覚めて欲しいよね」


現実を知らない子供と現実を知る大人の違いから目の前の患者がどういう状況に置かれているか認識のズレはあるが残酷な現実を敢えて子供に聞かせる親は居ないだろう。


「……お願い......神様……――君を助けて……」


娘には聞こえない位の声で母親はそう小さくつぶやいた。





*********************





「朝よ、起きなさい」


部屋の扉を叩く母の声、目覚ましのアラームの音で目を覚ました。


「ん……あーい…………なんかまた変な夢見た気がする……?」


「起きたならご飯食べてさっさと学校に行きなさい」



いつもと変わらない通学路。

いつもと違うのは自分の通学カバンにはあの黒い本が入ってるだけ。


なんとなく持ち歩かないといけない気がしただけで特に考えもしなかった。


「おはよう」


「あ、おはよう」


朝の挨拶をしてくれたのは幼馴染――僕の初恋の子だ。

告白はまだしてない。


「今日のテスト、大丈夫そう?」


「うっ……たぶん、問題はない……とおもう......」


「ふっふっふー、これはこれは珍しく弱気だね。今回は私の勝ちかなー?」


上機嫌に勝ちを確信したように煽ってくるのは僕たちの定期試験で何となく競い合っているからだ。

そして負けたほうはなんでも1つ言うことを聞くという試験のおまけみたいな事をして互いのモチベーションを上げていたのだ。


「漸く、私にも勝つ機会が巡って来た......!」


これまでの間毎回僅差とは言え、僕の勝利で終わっていてその度にジュースを奢ってもらっていた。


僕はというと昨日の度重なる寝落ちで復習する範囲を全て網羅できていない為にちょっとだけ不安が残っている。


「さて、ここで問題です。私が勝ったらどんなことを聞いてもらうでしょう」


彼女のことだ、負けたところで無茶な要求はしてこないという確信はある。

そんな浮ついた会話をしながら学校までの通路で信号のない横断歩道に差し掛かる。


特に確認もせず渡ろうとしてる彼女は気が付いていないようだが、車が来ているのが見えた。

咄嗟に僕は彼女の手を掴み歩道に引き戻した。


「勝てそうだからって上機嫌なのはいいけど......危ないよ」


苦笑いをしながら注意すると彼女はさっきまでの上機嫌が嘘のように凄くしょんぼりして俯いている。


「ごめん……ありがとぅ……」


俯きながらも尻つぼみになる小さな声でお礼をいう彼女。


「どういたしまして、さぁ。遅刻しない行こう」


時間には余裕があるがさっきからつないだままの手を離して居ないことに気が付いたのは学校の校門にたどり着いてからだだった。


「あ、ごごごめん」


慌てて手を離すと彼女は一瞬悲しそうな顔をした気がしたけど今いる場所を思い出したのか慌てている。


「ううん、大丈夫…………嫌じゃなかったから......」


後半何か言ったような気がしたけどよく聞き取れない、ただ聞き返すのもダメだと僕の直感が告げている気がして。


そのまま手こそ離れてしまったが並んで校舎へと向かういつもの日常へ戻った。




彼女とはクラスの教室が違うため途中で別れ中に入るとさっそく親友が声を掛けてきた。


「よう、やっとしたのかよ?」


「おはよう。って……何を?」


「惚けやがって。校門前まで手繋いでただろ?」


「……!?いや、あれは――」


見られてた!?

弁解しようとすると親友は腕を首に回しヘッドロックをしながら茶化してくる。


「そう照れるなよ。やっとお前の初恋が実ったんだ。

 もう、何時くっ付くのかヤキモキしてたこっちの身にもなってみろよ」


「いや、だからそれは違うんだってば」


「そんな親友に耳よりの情報を教えよう。

 ……あいつを狙ってる先輩方が居るらしいぞ。


 ちょっと強引で度々噂になってるあの先輩だ」


先輩の一人に女性に対して嫌な噂が絶えない人がいるということは知っている。

その先輩が彼女を狙っている?


「それより、今日は試験だぜ。

 精々あいつに負けない様に頑張れよ」


親友のヘッドロックから開放されて漸く席に着く。

今日は1時限から昼まで試験尽くしだ。




「もーだめ……俺……オワタ……」


朝絡んできた親友は午前中の試験を終え、頭を抱えて途方に暮れていた。


「だから勉強会に混ざればよかったのに……」


「馬鹿を言うなよ、お前らの空気を間近に感じながら勉強なんて無理に決まってるだろう!?

 ったく……なんでこれだけ条件が揃ってるのに付き合ってないんだこいつら……」


何かものすごく失礼な事を言われた気がするけど今日は午前中だけで終わりなのでとっとと帰る準備を始めた。


「明日も残りの選択教科の試験があるんだからガンバレよ」


「ぐっ……おまえ、この後図書室で勉強か?」


「当然、もちろん彼女も来るよ」


そういうと親友は再び頭を抱える。


「無理、あの空気には俺には耐えられない……」


そういうと鞄をもってとぼとぼと帰っていった。


「そんなに変かな……?」


僕自身、彼女は初恋の相手ではあるけど意識していないと言えば嘘になる。

けどそんな周辺にこいつらなんで付き合ってないのと言われることは多々ある。

理由は単純で、僕が彼女に対して告白をしてないからで……


試験で彼女と競い合って勝った方が言うことを聞くなんて賭けを言い出したのもその告白のきっかけを得たかっただけで……


何度か勝つ度に告白しようとはしているけど、振られることでいまの心地よい関係が壊れる事を恐れて結局告白できずにいた。


そんな自分のヘタレっぷりを反省しつつ図書室へ向かおうとしてると声を掛けられた。


「やあ、君。ちょっと話がしたんだが」


「はい。何でしょう」


「いつも君達一緒に居るよね。

 付き合ってるの?」


何言ってるんだろうこの人。

さわやかな風貌の所謂イケメンというやつだが妙な噂が絶えないという今朝親友にも忠告された人物に間違いない。


「いえ、まだですけど……」


嘘でもいいから『付き合ってます』て言えたらどれだけ良かったか、先輩の言葉を聞いてこの時ばかりは後悔した。


「そう……彼女フリーなんだね。……じゃあ大丈夫そうだな」


僕が告白しようとおもってますとは間違っても言えない。

何が大丈夫なのかも意味がわからないけど。


「それじゃ、待たせてるので行きますね」




図書室の戸を開けるといつものテーブルに彼女は居た。

先に明日の試験科目の勉強を始めていたようだ。


「お待たせ」


「あ、今日の試験はどうだった?

 私は今回勝てそうだよ」


僕の姿を見るなりなぜかドヤ顔で腰に手を当てて胸を張って勝利宣言をしている。


「そうか、でも僕もいつも通りくらいの手ごたえだったから大丈夫かな」


「むぅぅぅぅ……今回は絶対に負けないんだから」


「はいはい、がんばろうね」


軽く受け流すと彼女は剥れたまま試験の勉強を始める。


自分も明日の試験科目の教科書とノートを取り出し試験の範囲を確認しながら分からないことをお互いに教えあっているとあっというまに下校の時間になった。


明日には今日と明日の全ての試験結果が返ってくるのでその時はいつもこの図書室で答え合わせをし、勝敗を決めている。

当然いつも僅差とはいえ勝つのは僕なんだけど。


一応僕も僕なりに負けられないというプライドがあるのだ。




公園前の通学路で彼女と別れた後、家のほうへ向かって歩き出そうとしたとき――何か呼ばれた気がした。

無意識に公園の中で迷いなく呼ばれているであろう方向へ勝手に足が進む。


「よお」


声を掛けられるとハッとして声の主を見ると一気に覚醒する。


「……え?!昨日のおっさん??なんでこんな……え!?

 なんで今まで忘れてたの??」


「はっはっは、そんな細かいことは気にするなよ。

 どうせこの後も直ぐに忘れるんだからな」


何を言っているのか意味が分からない。

分からないがいまこの状況ならわかる。

……例えるなら魔法で記憶を操作されているとか暗示を掛けられているとか。


「半分正解だ。正確には俺の認識を意図的に外させてる」


「また顔に出てましたか……?」


心を読まれたとしても不思議じゃないが辛うじて質問を口に出した。


「別に隠すような必要もないんだが、時間が時間だ。

 手短に要件だけ伝える。


 明日、この公園に来るような事があったら何を見ても逃げるな。そして信じろ。

 それだけだ」




気が付くと公園のベンチに座って呆けていた。


「あれ……また何か夢?でも見た??

 いいや、早く帰ろう……」




*********************




……ピッ……ピッ……ピッ……


ICU(集中治療室)のベッドでは車に撥ねられた患者はまだ意識不明の重体。

身元を示す証は手持ちの鞄から分かっているが身内が居ないらしく知らせることも出来ない。

手術自体は成功しているが持ち直すかは彼の生命力次第だろうと担当医は言っていた。


「おかあさん……」


何日も目覚めない恩人に子供でも何となく察してしまったのか何とも言えない不安を感じている。


「大丈夫よ、きっと。

 きっと目を覚ましてくれるから」


ICUの外側から見守ることしかできない母と娘。

祈りは届くのか……。




*********************




今日は試験の最終日。


昨日は早めに試験勉強を切り上げベッドに潜り込み眠りにつく。

いつも通りに目を覚まし、いつも通り朝食を食べ家を出る。


いつもの公園を過ぎようとしたとき、ふと頭の中に何かが引っかかった気がしたが気にせずいつもの通学路を進み、彼女とも合流し他愛もない会話をしながら校門を潜る。


「俺、オワタ/(^o^)\」


クラスの教室に入ると親友は始まる前から顔文字を体現したように悲観的?

むしろ開き直ってる潔さにも見える。


「試験の内容なんて授業でやってることと同じなのになんでそう悲観的なのかなぁ」


「お前に俺の苦労は分からないさ……」


爽やかな朝に遠い目をしながら悲壮感を出すのはやめてもらいたいところだ。

彼の家の事情も知ってはいるがそれはそれ、だ。


「そういえば昨日、例の先輩らしき人に声を掛けられたよ」


そういうと悲壮感が溢れていた親友が真面目な顔に戻る。


「なにを話したんだ」


「彼女といつも一緒にいるから付き合ってるのかって」


「……それでなんて答えた」


「……まだですけど、って。

 そのあと先輩が独り言を言ってたけど何が大丈夫なんだろう。なあ?」


「おま、それ彼女が完全にロックオンされてるぞ。

 あの顔面偏差値高めでイケメンなのは確かだが、手が早くて泣いた女の子は数知れずって噂は昨日言ったよな」


頭痛を抑えるように頭に手を当てる親友はそういう噂には聡いらしい。


「えっ、あの先輩の話?」


と食いついてきたのはクラス内の女子の一人。


「隣のクラスの女の子も私の友人も同じ先輩に泣かされてるからその噂本当だよ」


「噂であって欲しかったなぁ……」


親友も噂が真実でショックを隠しきれない。


「君もまだ付き合ってないとはいえ彼女とは幼馴染なんでしょ?

 狙われてるなら守ってあげないと後悔するよ、ヘタレ君?」


「ぐっ……」


ヘタレと面と向かって言われると流石に心に突き刺さる。


そうだ、今回の試験で勝ったら告白しよう。

いい加減、覚悟を決めてただの幼馴染からレベルアップするんだ。




「あーーーー終わったーー/(^o^)\」


親友は二つの意味で終わったと言っている気がしなくもない。

顔文字も何故か頭上に見えるような気もする。

背伸びをした後そのまま机に突っ伏したくらいだし。


「で、おまえさんはこの後いつもの答え合わせ行くんだろ?」


机に突っ伏したままこっちを向いて聞いてくる。


「うん、今回も勝てると思うよ」


いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか立ち上がって両手を肩に置いて、真剣な顔で


「健闘を祈る」


と言ったあと背中を勢いよく叩いてきた。


「いってえ、強すぎだろ!?」


「気合入れてやったんだよ」


その親友の後押しは非常に嬉しかった。



放課後の図書室。

全教科の答案用紙を持って彼女と僕はいつものテーブルへ着く。


「さて、今回こそ私の勝ちよ!」


何を根拠に言ってるのかわからないが全8科目の答案用紙の合計点数をスマホで計算する。

もちろんお互いに計算が間違っていないか答案用紙をまとめて交換し検算もする。


その結果......


「嘘……だろ……」


その差僅か1点。


――彼女の勝ちが確定した。



「ふっふっふ、さてと勝者の私の権利さっそく使わせてもらうわよ」


僕は僕で二つの意味でショックを隠しきれない。

最初の目的であった彼女と付き合うための告白をするために始めたこの試験を使った賭け事に初めて負けたこと。


そして


折角、覚悟を決めて親友からも気合を入れてもらったのに……


「えー……そこまで落ち込む?」


「いや、まぁ……気合、入れてただけにちょっとショックが抜けなくて……」


「んもう、私が今回負けてたらいったい何をさせるつもりだったのかしら?」


僕は居た堪れなくて目を逸らす。


「まあ、良いわ。

 私はやっと勝てて機嫌が良いもの、ホーッホッホッ」


まるで悪役令嬢のような高笑いをする彼女が余りにも面白くて……愛おしかった。


「図書室では静かにしなさい」


「「はい……」」


司書の先生に怒られてしまったので退出し、そのまま帰路につく。


「ねぇ、……先にあの公園に行ってるから必ず来て?」


僕と反対方向に顔を向けながら制服の袖を引っ張る彼女。


「あ、うん……」


「じゃあ、また後で。絶対だよ!!」


彼女は笑顔を僕に向けるとそのまま先に走っていった。

少しだけ顔が赤かったような……気のせいかもしれないけど。





「はぁ……はぁ……。落ち着くのよ私……。」

公園のベンチに座り、テンションに任せて走ってきて乱れた呼吸を整える。


あの賭けを持ち出されて以降一度も僅差なのに勝てなかった。

賭けに乗ったのはあいつが勝ったら私に告白してくると思ったからだ。


でも、毎回毎回言ってくるのはジュースを奢ってとか苦手な勉強を教えてとかそんな事ばかり。

告白してくるような様子は一回もなかった。

悩んだ挙句そんな事ばかりだったので相談した友達にはヘタレなんだよと言ってた。


そのことに不満がなかったと言えば嘘になる。

友達も両片思い(相思相愛)なんだからとっとと告白して付き合っちゃえばいいのになんて揶揄われるのも今日が最後だ。


呼吸も気持ちも落ち着いた頃、人が近づいてくる気配を感じた。

これから気持ちを伝える事を考えると折角落ち着いた心臓は再び活気を取り戻して来る。


(ううう……ガンバレ自分、ヘタレなあいつに自分から告白するんだ……)


下を向いてる私の前に向かってきた人の足元が映った。


「あの……ずっと前からあなたのことが好きだったの。

 私と付き合ってください」


(言えた、言っちゃったあああああああああ)


恥ずかしくて顔を上げられない。


「へぇ、そうなんだ。

 よかった、口説き落とす手間が省けたよ」


(え……何を言って……?)


恥ずかしさで下を向いていた顔を上げるとそこにはあいつじゃなく、友達から悪い噂しか聞かないと散々注意されていた先輩の姿だった。


「……っ……。えっと、ごめんなさい、違うんです。

 それは先輩の事じゃなくて――」


「あんな熱烈な告白を受けたんじゃ断れないよ。

 いいよ、僕が付き合ってあ・げ・る」


「まって、誤解なんです。

 私が告白したいのは先輩じゃなくて――嫌!?、離して!!」







先に公園に向かった彼女をゆっくりと追いかける。

何を言われるかドキドキものだが、あの時の表情を見る限り悪い事にはならないという予感はあった。


見慣れた公園に入り彼女を探すと声が聞こえた。


「あの……ずっと前からあなたのことが好きだったの。

 私と付き合ってください」


下を向いたまま……それを伝えている相手は僕ではなく――昨日の先輩。


衝撃が強すぎる目の前の出来事に頭が真っ白になり近づこうとしてた足が止まる。

一寸でも早く、早くこの場を離れたい衝動が襲い掛かる。


「――そうだよな……僕は幼馴染でしかないんだから……」


無意識にそう自分に言い訳をしながら離れようとしたとき急にある言葉が頭の中に響いた。



――この公園に来るような事があったら何を見ても逃げるな。そして信じろ――



何を見ても逃げるな?何から――――この状況から?


なんで?何を信じろって?


頭に響いた謎のメッセージで公園から離れようとした足は再び止まっていた。

そして――


「――嫌!?、離して!!」


悲鳴を上げたのは間違いなく彼女の声。

それを聞いて全ての思考は消し飛び声の方向へ向かって走り出す。


「先輩!!いったい何をしてるんですか!?

 彼女、嫌がってるじゃないですか!!」


あと少しでも遅かったら今にも唇を奪われていたかもしれない。


「何って?彼女から熱い告白を受けたからその思いに応えようとしてるだけさ。

 だから邪魔をしないでもらいたいな、君達は付き合ってるわけじゃないんだろ?」


先輩に告白をしている状況に出くわした瞬間が脳内で再生される。


「違うの!この先輩、話を聞いてくれないの。


 私が告白したいのはこの人じゃなくて――」




「はいはい、そこまで」


あのおっさんの声が聞こえ、指を鳴らすと世界が停止した。


「え、おっさん?何をしたの?」


「ただ、時間(とき)の流れを一時的に止めただけさ。君以外のね」


――時間と止める

そんな事をさも当然の様に言ってのける。


「彼女はさ……君がいまこうしてここに戻ってこなければ彼女はこの後、強姦されて心身共にボロボロにされて人間不信になり不登校になる」


唐突に言われた凄惨な未来に愕然とする。

むしろこの先輩がそこまで酷い事をするという事が信じられなかった。


「こいつは、君達の通っている学校の――その上にいるお役人さんの息子だ。

 いわゆる特権階級ってやつだな。

 こいつの噂は散々聞いているだろ?

 そして、その噂程度で実際大事になっていない。


 ……不思議に思わなかったか?」


言われてみれば親友のあいつにもクラスメイトの女子たちにも泣かされたという話は聞いていたがそこまで酷い事になっているとはとても信じられなかった。


「まぁ、今それはどうでもいいことだな。

 この先輩君(ゴミ)は僕のほうで処理しておくから

 君は君のするべきこと、ここで本来あるべきことを成すといい。


 この先輩君(ゴミ)はここには来なかったし、彼女も相手を間違えることもないだろう」


「まって、先輩を処理するって――」


さっきの先輩の話もそうだが、時間を止めた??

そして、この妙なことになってる状況をなかったことにするって?


「あー……誤解してるみたいだがやることは君にしたことと同じさ」


僕に……したこと……?


「深く考える必要はないさ、どうせこのやり取りも忘れちまうし」


「あ、貴方はいったい誰なんですか。

 なんでこんな事をしてくれたんですか」


聞きたいことは他にも色々あったが根本的な事をいま聞いておきたかった。


「あー……それなぁ……」


僕の質問におっさんは困ったようにほほを掻く。


「初対面の時に言ったかもしれんが俺自身、自分のことが分からなかった。

 しかし、ここ数日で何となく程度は分かった」








「……俺は未来のお前だ……たぶん?」


「………………えっ、えええええええええ!?」


「ちょっと落ち着いて話そうか」


驚いている僕を余所に再び指を鳴らすと、そこは僕の部屋だった。


「ここなら多少はマシだろう」


「えっ……ここ……は、どうやって……?」


「これから話すことはとても信じられないことだと思う。

 それに加えてこれは俺自身の推測に過ぎないという前提で聞いてくれ」


そういうと未来の僕はこの状況を説明し始めた。


「全てのきっかけは恐らく、――この本だ」


そう言って見せてきたのは僕もいつの間にか持っていたあの黒い装丁の本。


「この本の名はこの世界の言葉で言うなら『フェルトニーアダイアリー』らしい。

 前の意味は知らん。本の様だがダイアリーと言うくらいだ、日記帳か記録帳みたいなんもんだろう。


 最初に言ったと思うがこいつはお前にしか認識できないし干渉できない。

 日記帳だと分かったのはこの時間軸に飛ばされた直後、開かれていた頁が

 この本と契約した日だったということだ」


 机の上に置いたままにしてある黒い本――日記帳を目に入れる。

 言われるまで何も疑問に思わなかった事に気が付いて一瞬で青褪める。


「まぁ、この日記帳自体には何の害はないさ。

 認識阻害の効果が強すぎ――いや、俺たちこの世界の住人全てに言えることだが極々一部の人間を除いて魔法といった概念に対する抵抗力が弱すぎる。

 本の認識阻害の効果が所有者にすら影響しているみたいだからな」


「ま、魔法!?」


「お前さんも都市伝説な冗談で聞いた事があるだろ。

 『30歳を超えた童貞は魔法使いになる』ってな……


 信じられるか?

 信じられないだろ?


 俺がこの時間軸に飛んだこともそうだが……

 ここに来て確認した限り俺はあの公園の横断歩道で子供を庇って意識不明の重体らしい」


「らしい……って、その日記帳にどうやって……」


「さあな、その日にあった出来事が勝手に記帳される。

 そういう代物ということしか推測できなかった。


 しかし、問題はそこじゃない。


 お前の未来である俺が、なぜ俺の過去であるこの時間に来ているのか。

 車に轢かれて意識不明の重体で今頃ICUのベッドで呑気に寝てるはずなのに俺自身の一番のトラウマであるこの時間に来たのか」


「……トラウマ……?」


 状況を飲み込めず呆ける僕を見て苦い顔をした後溜息を吐いた。


「……見てただろ。彼女が先輩君(ゴミ)に告白し、悲鳴を聞いて戻ってみれば襲われかかっていた状況を」


 余りにも想定外の展開が続いていた為に忘れていたが……


 ――彼女は僕があのまま逃げていたら強姦されていたのだ。


「そして、翌日から学校に来なくなる。事実を知った彼女の両親は学校に訴えるが先輩君(ゴミ)はさっきも言ったが特権階級の出身。事態は無かった事して揉み消され遠くへ引っ越す事になった」


現時点では起きていない事態とはいえあまりにも酷い現実に二の句が繋げないまま、おっさん――未来の僕は言葉を続ける。


「彼女がそんな事になってると知ったのは卒業した後だったよ……

 俺自身、この件を知るまで彼女とは疎遠になり幼馴染という繋がりすら切れてしまったわけだから」


これから起こる未来を知らされたからか、体の震えが止まらなかった。


「だが、俺がここに来たと言う事自体奇跡――これが夢じゃなければある意味チャンスだ。

 一度作られた歴史が改変できるかもしれないからな」


歴史を変える…その一言で一筋の光が見えた気がした。


「……僕に何ができることはありますか」


「……んー………無いな」


「……えっ」


「いや、今は時間止めてこうして話ししてるが俺が離れたら全部忘れるんだぞ?例外はあるが……ごく限られた内容になるだろう」


こうして未来を聞かされ何もできないのなら今話してる意味があるのだろうか。


「多分だが、ここが俺たちのターニングポイントの一つだろう。

 詳しくは俺もわからないが――言えるのは誰もが自分の歩く道にある分かれ道を無意識に選んでいるということだ」


ターニングポイント、運命の分かれ道。


「……説教臭くなっちまったが、まぁ許せ。

 歳取るとどうしても若輩には偉ぶりたくなるんだ」


「……これからどうすれば良いんでしょう……」


「さあな、俺がこの時代に干渉したせいでどうなるかすら分からん。

 小説漫画みたいな都合の良い展開になるか、歴史の修正力で元に戻るか。

 過去と未来が接触したせいで世界その物が滅ぶとか。


 正直仮説を立てたら切りがないさ。


 この世界がどんな法則成り立つものかは神様(作者)しか知らないだろ」


「……神様って居るんですか?」


「知らん、少なくとも俺は会った事が無い。

 さて、そろそろお別れだな」


「えっ――」


「安心しろ。彼女が告白する前に時間を戻し、先輩君(バカ)は来れない様に処理をしておく。

 お前(過去の俺)がその先でどうするかは自分で決めろ」






「まっ――」


交差点を渡ろうとした時クラクションを鳴らされ我に返る。


「――あれ……僕……


 あ、そうだ急がないと!」


そう、あの公園で彼女が待っている。

きっと僕の関係が変わる。


そんな予感を感じさせた。




*********************




……ピッ……ピッ……ピッ……


息が苦しい……

この聞こえてくる電子音は何だ……


体が動かない……


何か夢を見ていた様だが思考がぼやけ思い出せない。



薄っすらと目を開くと今にも泣きそうな顔をした幼馴染の顔。


「――!……やっと起きた……心配させないでよ……バカ――」


目が合った瞬間そう言った彼女は目尻に涙を溜めナースコールボタンを押した。


病室の扉が開き白衣を着た医者の先生と小さな子供――


そう、あの横断歩道で助けようとした子供――


「うぅぅ、お父さんごめんなさい――うえぇぇぇぇぇん」


――そう、幼馴染との間に出来た愛娘。


動きにくい手を動かし頭を撫でて慰める。


「調子はどうだ、親友」


――そう、親友は家の稼業を継ぐように医者になり俺の主治医となった。


「――ああ……悪くない」





――そう……これが夢であっても俺は……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最初、異世界転生かタイムリープかと思ったけど違いましたね。 思っても見なかった展開に「おおっ!?」ってなりました。 そして最後はちゃんとフラグ回収、ほんの少しうるっと来たもんです。 いい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ