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「どうしてずーっとお兄様と一緒にいますの、ヴィア様」


 夜会も三回目、その中盤にさしかかったあたりでオリヴィアの前に立ったマーシャが不満顔で言った。

 理由はオリヴィアが毎回ルイスにエスコートされているからというものではなく、ルイス以外とはほとんど踊らないことにある。それではまるで男性を避けているようで、素敵な結婚相手など見つけられないと言いたいのだ。実際に避けているのだが。


「だって、別に一緒に踊りたい方もいないから」

「でしたらお話しましょう! まずはどんな方か知ることが大事ですわ。先程、男性に話しかけられてらっしゃったじゃないですか」

「あの人はあまり評判がよくないってルイスが言っていたわ」


 マーシャは不満顔を兄のほうへ向けた。


「事実だよ」


 困った笑顔でルイスが言う。兄がそんな嘘を口にするわけがないと思っているマーシャは渋々納得した。


「ヴィア様、本当に誰も気になる方がいませんの? 好みのタイプでもいいですわ。教えてください」

「いないわ。好みのタイプは優しい人よ。うわべだけじゃない優しい人」

「社交界は上っ面でできていますのよ!」


 マーシャは大袈裟に嘆いた。

 今年社交界デビューしたばかりのマーシャが口にするには説得力がなく、恐らく家族の誰かが言っていたことの受け売りなのだろう。


「そんなに消極的では、いくらヴィア様でもいいお相手が見つからないかもしれませんわ」


 マーシャは瞳を潤ませて上目遣いに訴えてくる。庇護欲をそそられる表情である。使いどころを間違えていないだろうかとオリヴィアは思った。


「えーと、その時はその時で何とかするわ」

「そんな適当な。もう……本当にヴィア様は恋愛に興味がありませんのね」


 深いため息を吐いて、マーシャは肩を落とした。

 オリヴィアとしてはそんなつもりはないのだが、ルイス以外の男性と極力関わらないようにしていたら、恋愛に興味を持てないままだと思われたようだった。


「マーシャ、そんなに焦らなくてもいいだろう」

「お兄様、これはとっても大事なことですのよ」

「それはそうだが」


 マーシャは宥めようとするルイスに更に抗議しようとして、何かに気づいたかのように、じっと兄の顔を見つめだした。


「マーシャ?」

「……確かにまだ三回目の夜会ですものね。わたしが焦っていたのかもしれませんわ」

「ん? ああ……」

「わたし、ダンスをしてきますわ。誘われていたので。お兄様は絶対にヴィア様の側にいてください」

「それはもちろんだが、お前もよく知らない奴の誘いを受けるなよ」

「ちゃんとお目付け役がいますから大丈夫です。ヴィア様もせっかくですからお兄様ともう一度ダンスをされてはどうですか?」

「そ、そうね……」


 明らかに何かを企んでいそうな顔でにこにこと笑いながら、マーシャはまた後でと言って去っていった。

 生まれた時からの付き合いなのでオリヴィアにはわかる。マーシャは別にオリヴィアの気持ちに気づいたわけではない。ただマーシャにとって、こうなったらいいという未来予想図を発見したのだろう。

 さっきの言動は強制するわけにはいかないけれど、あわよくばという気持ちの現れに違いない。

 オリヴィアとしてはありがたいが、やっぱりしばらくマーシャには黙っていようと思う。もしオリヴィアの気持ちがバレたら、全力でルイスに対して包囲網を築きそうだ。


「仕方のない奴だな」


 呆れたようなルイスの声が聞こえてドキリとする。


「それじゃあ、ヴィア様。もう一度踊ろうか」


 ただの会話の流れとしか思えない自然さで、ルイスが微笑みながら手を差し出してくる。

 オリヴィアはもちろん手のひらを重ねた。

 しかし、いいのだろうか。他の男性とはほとんど踊らないオリヴィアが、ルイスとは二回目のダンスをするなんて、親密な関係だと知らしめているように見えないだろうか。

 そう見られてほしいという気持ちと、そうなったあとにルイスに困った顔をされたらどうしようという気持ちがせめぎ合う。オリヴィアはまだ上手にルイスに好意を伝えられていないのだ。


「……ちょっと注目されているね」


 苦笑するようにルイスが言った。


「え? えっと、そうなの?」


 今、気がついたという態度を取ったが、やっぱりそうなのかという心境ではある。

 しかし、ルイスがどういうつもりで言ったのかがわからない。賢い彼が周囲の視線の意味を察していないわけがないのに。


「気にすることはないよ。ダンスで婚約者が決まるわけじゃないから」

「……そうなの。わたしは大丈夫よ。ルイスだもの」


 思いきって踏み込んだつもりだった。オリヴィアにとっては。しかし、この言い方はいろんな捉え方ができるのだと気づいて、やってしまったと焦る。

 隣を見上げれば、ルイスはじっとオリヴィアを見つめていた。胸のうちを探るように細めた目に心臓がドクリと脈打つ。


「あの」

「始まるよ、ヴィア様」


 明るい声でルイスが言って、オリヴィアは黙って頷いた。

 さっきの視線に深い意味なんかない。考えすぎだと思うが、ルイスを恋愛対象としていないからこそ出てきた言葉だとは思われたくなかった。

 オリヴィアはステップを踏みながらもっとはっきりしたことを言おうと決めた。しかし何をどう言えばいいのかわからなくてぐるぐる考えてしまい、足元が疎かになった。


「ヴィア様?」

「ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてしまって」


 ルイスに支えられながらなんとかダンスを終えたが、オリヴィアは緊張に体が硬くなるのを感じた。言うなら今がいいはずだ。休憩のために壁際まで行った時に。

 しかしこういう時に限っていつもと違うことが起きる。


「ヴィア様、ちょっとテラスまで涼みに行かないか」

「えっ、ええ、いいわ」


 テラスなんて珍しい。だがあそこは会場内よりも人が少ないからかえって都合がいいかもしれない。

 ルイスに連れられて誰もいないテラスへ出た。

 夜も更けているので外は暗いが、テラスは会場内の照明があるのでお互いの顔が見えるくらいには明るかった。夜風が涼しくて、気持ちがいい。オリヴィアはこんな時間にここへ来たのは初めてかもしれなかった。


「ヴィア様、マーシャも何回も聞いていたけど、これまで気になる人は本当にいなかった?」


 急にルイスが真剣な顔をしたものだから、オリヴィアは驚いた。


「いないわ」


 咄嗟にそう答えて、オリヴィアはまたやってしまったと思った。もっとはっきりしたことを言うと決めたばかりなのに、ルイスのことが気になる、くらいは言うべきだった。

 撤回しようか迷っているうちに、先にルイスが口を開いた。


「……まあ、いきなり恋愛事に興味を持てと言われても困るよね」

「え……その」

「じゃあさ」


 ルイスの表情はとても真剣で、目はオリヴィアを見据えているのに、口調は普段と変わらない調子で言った。


「僕と結婚するっていうのはどうかな」

「…………え?」


 オリヴィアは茫然とルイスを見返した。



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