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 会場に足を踏み入れると、賑やかだった人々の声が低く静かなものになり、入り口に視線が集中する。

 オリヴィアはそれらを受け止めながら、背筋を伸ばして微笑んで歩いた。この空気には慣れている。王族が姿を現したのだから当然の反応なのだ。しかし、今日はその中に驚きの声がいくつか混じっていた。

 それはオリヴィアをエスコートしているのがエリオットではなくルイスだからであり、そのすぐ後ろにマーシャをエスコートしているハワードがいるからだ。

 恐らく今日はオリヴィアとエリオットの婚姻について、様々な臆測が飛び交うだろう。できるだけ早く正式に発表してもらいたいものだと、オリヴィアは内心でため息を吐いた。


「すごく注目されているね。もしかしてこのためにスタローンを連れて来た?」


 ルイスが周りに聞こえないように小さく囁いた。オリヴィアの婚姻に対する噂を拡散させないために、何かと注目されるハワードを連れて来て少しでも目を逸らそうとしたのかと聞いているのだ。


「そういうわけじゃないわ。わたしがルイスにエスコートしてもらうから、代わりにマーシャのエスコートを頼んだだけよ。わたしと一緒に来れば、マーシャだってハワード目当ての令嬢たちの恨みも買わないでしょうし。マーシャったらまだハワードに憧れているみたいなんだもの」


 オリヴィアがいつもエリオットにエスコートされていたように、マーシャはいつもルイスにエスコートされていた。だからオリヴィアはマーシャの代わりのエスコート役をハワードにお願いしたにすぎない。マーシャの気持ちが恋心なのかただの憧れなのかオリヴィアにはわからないが、ただの憧れだったとしても、エスコートしてもらうのはいい思い出になるだろうと思ったのだ。


「ヴィア様がスタローンにエスコートされて来たら、とんでもない噂になるだろうしね」

「えっ、嫌よ、そんなの」

「……ヴィア様ってちょっとスタローンに厳しくない?」

「そうね。とりあえずマーシャの恋人候補としてはまだ認めていないわ」

「先走りすぎてない?」


 吹き出しそうになるのを堪えるようにルイスが言った。

 二人は笑顔で会話をしながら周囲の反応を窺っていた。

 今のところオリヴィアとルイスの仲を疑っていそうな視線は感じられない。彼ら一家とオリヴィアが親密な関係であることは知れ渡っているから、ルイスも妹の親友をエスコートしているだけと思われているのだろう。

 少しくらい疑ってくれてもいいのにと、オリヴィアは拗ねた気持ちになる。

 後ろを振り返ってみると、マーシャが恥ずかしそうに顔を赤らめながら、できるだけハワードと距離を取ろうとしていた。なんて初心なのだ、可愛い。

 むしろあちらのほうが噂が広まってしまうのではないだろうか。

 オリヴィアが夜会の主催者に挨拶をし終えると、ひっきりなしに話をしようと人々が押し掛けてきた。

 何かを探りたい気持ちでいっぱいなのだろう。オリヴィアは当たり障りのないことだけ言ってはぐらかす。しかし、そろそろ疲れてきたと思った頃に、ルイスがオリヴィア様は夜会を楽しむために来ているのでと言って、その場から連れ出してくれた。


「ヴィア様、僕と最初に踊ってくれる?」

「もちろんよ」


 オリヴィアは嬉しくなって笑った。

 こんなことをしてもらうのは初めてだった。エリオットはどちらかというと、オリヴィアに貴族の相手を押し付けて逃げてしまうような時があったし、オリヴィアだって夜会には他の令嬢のように結婚相手を探しに来ていたわけではないから、これも義務だと思って彼らに付き合っていたのだ。

 しかしルイスは今、誰よりもオリヴィアを優先してくれた。オリヴィアは夜会を楽しみにしている令嬢たちの気持ちが少しだけわかったような気がした。

 踊っている間、オリヴィアは何度もルイスの顔を見てしまう。これまでだって彼とダンスを踊ったことはあるのに、こんなに目が合うのは普通のことなのかどうか、そんなことすらわからなくなってしまった。

 自分が浮かれている自覚はある。オリヴィアはダンスが終わって会場の壁際に寄ると、パタパタと扇で顔を仰いだ。


「はい、ヴィア様」


 ルイスが給仕から受け取ったシャンパンを手渡してくれた。


「ありがとう」

「いつもより楽しそうだね、ヴィア様」

「……ええ」


 オリヴィアは頷いた。ちゃんとルイスにも伝わっているのならよかった。

 これはチャンスだ。この前は言えなかったことを言おうと、オリヴィアは口を開く。


「あの、わたし、今日はとても楽しいわ」


 先日、侍女たちが教えてくれた。一緒に過ごした後に、とても楽しかったと言うのはいい方法だと。

 貴族ではなくとも、やはり未婚の女性が積極的なのはあまりよくないことと思われているらしく、彼女たちも意中の男性にはそれとなく好意を伝えているようで、その話は大変参考になった。

 こう言えば、元々こちらに好意がある男性は嬉しくなるし、そうでない男性も意識してくれる、らしい。

 オリヴィアは期待を込めてルイスを見た。彼はにこりと笑う。


「よかった。初めてだからね、ヴィア様が楽しむために夜会に出るのは」

「え、ええ……」


 何か違う。意図が伝わっていない気がする。

 別にオリヴィアは義務以外で夜会に出てみたら結構楽しかったとか、そういうことを言いたかったわけではない。言い方がよくなかったのだろうか。ルイスと一緒だから楽しいと言うべきだったのだろうか。しかしそれはもう好きだと言ってしまっているようなもののような気がする。


「でも今日はまだ一日目だからね。あんまり男と話したら駄目だよ」

「誰も話し掛けようとしていないわよ」

「様子を窺っているんだ。誘っていいものかどうかね。それにヴィア様はお姫様だから、声を掛けるにも勇気がいるんだよ」

「モテないだけじゃないかしら。ねぇ、それなら今日はルイスがずっと傍にいてくれる?」

「当たり前だよ。ヴィア様が変な男に声を掛けられないように、僕がエスコートしているんだから」


 保護者としての言葉だとしても、オリヴィアは胸がくすぐったくなった。

 しかし、それならどの男も声なんて掛けられないのではないかと思う。

 ルイスは穏やかな外見に似合わず、文武両道、何でもできる人間なのだ。ハワードの人気の影に隠れているのかもしれないが、令嬢たちだけではなく、彼女たちの親からも人気が高い人物なので、そんなルイスが隣にいるのに、王女であるオリヴィアに声を掛ける猛者はいないだろう。

 オリヴィアはそれで全く構わない。むしろ嬉しい。

 しかしマーシャが社交界デビューする時に、ちょっとぼんやりしたところのある彼女に向かって、ルイスが絶対に一人になるなと口を酸っぱくして言っていたのを見ているので、ただ過保護を発揮されただけだろう。ちょっと虚しい。


「ヴィア様!」


 急に助けを求めるように呼ばれて振り向くと、泣きそうな顔のマーシャがいた。


「どうしたの」

「もう、こんなに注目を浴びる方とこれ以上一緒にいるのわたしには無理です! ヴィア様といます!」


 小さな声で抗議するマーシャの後ろには、にっこりと笑ったハワードがいた。


「あら、フラれたの?」

「そのようですね」


 全くそうは思っていなさそうな顔でハワードが言う。

 こういうところがちょっとイラッとするのだが、今日はオリヴィアが護衛ついでにマーシャのエスコート役を頼んだので文句は控えた。


「ち、違います! そういうわけではなくて!」


 マーシャだけが慌てて否定する。


「いいじゃない、今日はもうわたしと一緒にいましょ。誰かに誘われたら踊ったらいいわよ。ハワードは護衛も兼ねているからどうせ近くにはいるけど」

「……でも、ヴィア様は、好感を持てる男性を探さなくてはいけません」


 自分からオリヴィアと一緒にいると言ったくせに、何のために今日ここへ来たのか思い出したらしいマーシャは遠慮がちに言う。


「少なくとも今日はまだ、そんなつもりでわたしに声を掛ける人なんていないわよ。思っていたより楽しかったから、今日はもういいの」

「挨拶される方たちのお相手をして、お兄様と踊っただけですのに?」


 しっかりオリヴィアのことを見ていたらしいマーシャが首を傾げる。


「ええ、楽しかったわ」


 オリヴィアは作り笑いでない笑顔を浮かべた。それならばとマーシャはハワードから逃げるようにオリヴィアにぴったりとくっつく。

 マーシャはオリヴィアに好きな人と結婚してほしいという熱意を再び燃やしたようで、会場内にいる青年の人となりや噂話をあれこれ話し始めた。マーシャがこんなに結婚適齢期の男性の情報を知っていることにオリヴィアは驚く。マーシャが詳しいのか普通のことなのかわからないが、今までそんな会話をしたことがなかったのだ。遠慮していたのだろうか。

 オリヴィアは全く興味が持てなかったが、それを態度に出すことはできずに相槌を打ちつつ、さりげなく話題を変えていった。


 

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