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「ねぇ、ルイス」


 何気ない風を装ってオリヴィアは口を開いた。


「ルイスはまだいないの?」

「何が?」

「決まったお相手。もしいるのなら、エスコートしてもらうのは悪いから」


 もしここでいると答えられたなら、オリヴィアの恋は一巻の終わりだ。でもきっとまだ大丈夫なはず。


「マーシャから何も聞いていないだろう。いないよ」


 そう、もしルイスが婚約者を決めたのなら、マーシャが教えてくれないはずがない。でも、ルイス本人の口から聞かなければ安心はできなかった。


「ふぅん」


 ほっとしながらもオリヴィアはこんな時にどう言えばいいのかわからず、余計なことを口にした。


「ルイスはモテるのにね」

「……モテないよ」


 困ったように眉を下げてルイスは言った。

 そんなはずはないのに、トーンの落ちた声は謙遜には聞こえなくて、何となく気まずい空気になってしまう。


「あ、じゃあ、ルイスはどんな女性が好みなの? ルイスってば理想が高いんじゃないかしら?」


 お茶を濁すように冗談っぽくオリヴィアは言ってみる。


「そうだな。そうかもしれない」

「えっ、それじゃあどんな女性が好みなの?」


 ルイスは机を見つめながら考え込んだ。


「一緒にいて楽しい人かな」

「……ずいぶん抽象的ね」


 それではどうやってルイスにとっての理想の女性を目指せばいいのかわからない。チャンスだと思った分、オリヴィアはがっかりした。


「そう言うヴィア様は、どんな人が好みなの」

「わたし? わたしは……優しい人ね」

「ヴィア様に優しくない男なんてほとんどいないと思うけど」

「表面上はね。でもそういうことじゃないの。わたしに優しいかどうかじゃなくて、本質的に優しい人がいいの」


 あなたみたいな、とはまだ言えなかった。

 妹のような存在ではなく、女性として少しくらい意識してもらえなくては、そんなことは言えない。

 心配だからとエスコートされるうちは、きっとまだまだなのだ。


「表面上じゃない本質的に優しい人っていうのもまた難しいね」

「そうかしら」


 でもオリヴィアにとって好みだとかそういったものは、本当は意味がない。優しい人というのもルイスのことをはっきりとはわからないように言っただけだ。

 オリヴィアがずっと好きなのはルイスなので、好みはルイスということになるのだから。

 もしかしたらバレただろうか。決定的なことは何も言っていないのにオリヴィアは不安になって、上目遣いでチラリとルイスを窺った。

 すると同じく窺うような視線を向けていたルイスと目が合った。ルイスはなぜかさっと顔を背ける。


「そろそろ時間だ。今日はここまでにする?」

「そうね。また今度、続きをしましょう」

「まだやるんだね、勉強は」

「ええ、同盟国のことだもの。勉強していて損はないわ。エリオットの力になれるかもしれないし」

「ヴィア様らしいね」


 ルイスはふわりと笑みを溢した。

 知っている。これはルイスが気を許した親しい人にしか見せない表情だ。オリヴィアはこの笑顔がとても好きだと思いながら、無意識のうちに口を開いていた。


「ルイスはわたしと一緒にいて楽しい?」


 少し驚いた顔をしたルイスは、気負いなく世間話の延長のように答えた。


「もちろん」

「……そう」


 深い意味など込められていない。わかっていてもオリヴィアは嬉しさに照れて、目を伏せながら何とかいつも通りの声を出した。


「じゃあ、またね。ルイス」

「ああ、また今度。ヴィア様」


 オリヴィアは笑み崩れそうな顔を見られないように、不自然にならない程度の早さで学習室を退出した。

 通りすがる人々にいつものように王女らしい微笑みを向けながら、心の中ではルイスの好みの女性に合致していたことに舞い上がっていたオリヴィアだった。




(ってそうじゃないのよー!)


 自室に戻ったオリヴィアはクッションに顔を埋めながら、声に出さずに叫んだ。

 失態である。なぜあそこでもう少し素直に喜びを表現しなかったのだろう。もしくは「わたしもルイスと一緒にいて楽しい」くらいは言うべきだった。

 気持ちを隠すことが習慣化しているせいで、何でもないことのように振る舞ってしまった。この気持ちだけは気合いを入れて隠していたので、マーシャにも気づかれていないくらいなのだ。このままでは意識してもらいつつ何気なく好意を伝えるなんて無理ではないだろうか。平行線をひた走りそうな予感がする。


「……どうかされましたか、オリヴィア様」


 ソファーに踞るオリヴィアが体調を崩したとでも思ったのか、ハワードが心配そうに声をかけてきた。

 まだオリヴィアの護衛騎士になって日が浅い彼は、こういった時はそっとしておくのがいいということを知らないのだ。侍女たちは無言でオリヴィアが好きな香りの紅茶を淹れている。


「何でも……」


 言いかけてオリヴィアはむくりと起き上がった。


「ねぇ、ハワード。あなたいつもどんな風に女性に口説かれているの?」

「は?」


 あまりに予想外だったからか、ハワードは王族に対してちょっとどうかという声を出した。


「失礼。一体どうなさったのですか?」

「えーと、ほらわたし、結婚相手を見つけなくてはいけなくなったでしょう? いざ、結婚したい男性が現れた時に、どうしたらいいかわからないということに気づいたの」

「オリヴィア様がじっと見つめて微笑んでみせれば、どんな男でも陥落いたしますよ」

「そういうのいいから」


 オリヴィアは半眼でハワードを睨んだ。おべっかは嫌いだ。それなりに英才教育を受けているので、無駄なことは省きたい性質なのだ。


「……しかし、未婚のご令嬢から口説かれたことなどほとんどございませんよ。熱い視線で見つめられることはよくありますが」

「そうなの?」


 もっとめちゃくちゃに告白をされまくっているのだと思っていた。


「貴族令嬢は自分から男性を口説くなんてはしたないと思っていらっしゃいますから。それでなくとも、社交界デビューするまでは親族以外の男性と接することがなかったような方たちばかりですし、そんな大胆なことはできないでしょう」

「でもされたことはあるのよね?」

「急にお慕いしていますと言われたことはありますが、ほぼ初対面の方だったので、どうすればいいのかと困ってしまいましたね。方法としておすすめは致しません」


 なるほど。モテまくっているハワードに、女性がどんな口説き方をするのか聞いて参考にしようと思ったが、彼に長い間恋人がいないというのも有名な話だ。成功例を聞かなければ意味がないのかもしれない。


「ねぇ、あなたたちの中に恋人がいる人はいる?」


 オリヴィアは周囲にいる侍女たちに聞いてみた。


「オリヴィア様……。わたしたちは夜会で男性に出会うような立場ではないので、参考にならないかと思います」


 紅茶を置いた侍女が困ったように言った。

 彼女たちは話し相手ではなく、オリヴィアの実質的な身の回りの世話をする侍女なので、全員が貴族ではない。きっと出会いも仕事場や知り合いを介してなどだろう。

 しかしそれこそオリヴィアの求めるものである。夜会で知り合った男性と親しくなる方法ではなく、もともと知り合いである男性と恋人になる方法が知りたいのだ。


「それでもいいからどうやって両想いになったのか教えてちょうだい!」


 オリヴィアは彼女たちに頼み込んで話をねだった。そして生まれて初めて恋バナで盛り上がるという体験をしたのだった。




 

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