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 その後、エリオットは探しに来た教育係によって引きずられながら帰っていった。

 やらなくてはいけないことが格段に増えたのにサボっていたらしい。やっぱり心配になったオリヴィアは、教育係に容赦なく厳しくしてやってほしいと頼んでおいた。

 エリオットが裏切り者と叫ぶので、オリヴィアなりの気遣いだと答えておいた。まごうことなき事実である。家族の中で唯一、家族としての親しみを持てるエリオットには幸せになってほしいと思っている。

 しばらくしてマーシャとグレースの二人がオリヴィアの部屋に来た。

 彼女たちにあらましを伝えると、二人ともやはりそうなったかという顔をした。オリヴィアと違って二人はこの事態を予測していたらしい。


「酷いわ、二人とも。こうなるかもしれないとわかっていてわたしに黙っているなんて」


 知らなかったのが自分だけということに拗ねたオリヴィアを、グレースが苦笑する。


「申し訳ありません。口にすることでヴィア様が期待してしまうかもしれないと思ったのです。もし実際にはそうならなかったとすれば、お辛いでしょうし。それにヴィア様なら言わなくても察していらっしゃるのではと思っていました。でも、そうですわね。あれだけ周囲に言い聞かせられていれば、そうなることが当然だと思い込んでしまいますわね」

「わたしも、口にしたらヴィア様がずっとこの国にいてくれることを期待しそうで、きっとヴィア様を困らせてしまうと思ったんです」


 マーシャはしゅんと項垂れる。マーシャ自身がオリヴィアと離れずにすむことを期待したのだと言われれば、オリヴィアの機嫌は一気に直った。


「もう、マーシャは可愛いわね。わたしもマーシャと離れずにすむことがとっても嬉しいわ」

「ヴィア様……!」


 マーシャの顔がぱあっと輝いた。


「はいはい。二人の世界に入らないでくださいね」


 呆れた声でグレースが水を差す。


「それで、ヴィア様のお相手はもう決まっていらっしゃるのですか?」

「それが……」


 オリヴィアは国王に言われたことを二人にも伝えた。


「まあ、好きな方を選んでいいだなんて! よかったですわね、ヴィア様!」


 マーシャは純粋にオリヴィアが恋愛結婚をしてもいいと言われたと思ったらしい。しかし、政略結婚が当たり前すぎるオリヴィアはそうではない。


「……ねぇ、これって本当にある程度はわたしが好きに選んでいいという意味だと思う?」

「え?」


 意味がわからなかったらしいマーシャが目を瞬かせる。


「いいんじゃありませんの。高位貴族という限定付きではありますが、好きに選んでいいと仰ったのは陛下です。ヴィア様は陛下や他の貴族たちが一番納得するようなお相手を選ばなくてはいけないというわけではありませんわ」


 乳母として母親のようにオリヴィアを育てた侯爵夫人であるグレースは、的確にオリヴィアの心配事を読み取った。


「高位貴族なら、あなたがちゃんと好意を持てる方と結婚していいのです」


 オリヴィアは俯いてドレスを握りしめた。

 それはつまり、もしかすると、もしかするのだろうか。

 自分には関わりのない、遠い世界の出来事だと思っていた、好きな人と結婚して幸せに暮らすということ。そのチャンスがオリヴィアにも訪れたということなのだろうか。

 例えば──彼に想いを告げて、それを受け入れてもらえたなら、彼と結婚することだって可能なのだという、そういうことなのだろうか。

 数時間前まではあり得なかった未来に、オリヴィアの心臓が、期待にかそれとも不安にか、どくどくと早鐘を打つ。


「大丈夫です、ヴィア様!」


 励ますようなマーシャの声が聞こえてきて、オリヴィアははっと顔を上げた。


「ヴィア様は今まで男性を結婚相手だとか、恋愛対象としては見ていなかったから、今はどなたがいいのかわからないでしょうけど、見方を変えてみればいいだけです。きっといい方がすぐに見つかりますわ。絶対にヴィア様が好感を持てる方と結婚しましょうね!」


 マーシャはオリヴィアが異性に恋愛感情を持ったことがないから、選べと言われたことに困っていると思ったようだ。

 それにしても彼女はやる気に満ちている。絶対にオリヴィアを恋愛結婚させようという気概が見えた。


「たくさん夜会に出ましょう!」

「そ、そうね」


 圧倒されたオリヴィアは思わず頷いた。


「マーシャ、あなただってまだ相手が決まっていないでしょう」


 呆れたようにグレースが言う。


「そ、そうだけど、わたしだって今年社交界デビューしたばかりだからいいの! ヴィア様、一緒にがんばりましょう」

「ええ、そうね」


 自分のことよりもまずオリヴィアのことを考えてくれたマーシャに自然と笑みが零れる。彼女との別れがなくなったことだけでも、オリヴィアにはとてつもなく嬉しいことだ。

 親からほとんど愛情をもらえなかったオリヴィアは、実のところとても寂しがりなのだ。

 国王も王妃も王族らしい人たちで、子供は乳母と教育係に任せておけばいいという考え方をしている。たまに会っても近況を尋ねてくるか、説教をするかという具合なので、オリヴィアはほとんど彼らに親としての親しみを持っていなかった。

 オリヴィアにとって幸運だったのは、乳母のグレースが愛情深くて賢い人だったということだ。

 彼女はオリヴィアのことを大切にしたが、同時に自分の子供たちも大切にしていたのだ。本来ならばあまりよくないことなのだろうが、グレースは王宮によくマーシャを連れてきて、オリヴィアと一緒に面倒を見ていた。それだけではなく三歳年上のルイスまでたまに連れてきて一緒に遊ばせていたくらいだ。

 そんなことがまかり通っていたのは、王妃のグレースへの信頼が厚かったということと、国王夫妻が王太子フレデリック以外の教育に対してそこまで関心がなかったという理由がある。

 おかげでオリヴィアはグレースたちに家族のような感覚を持つようになった。

 そしてだからこそ、いずれ一人になってしまうということが辛かったのだ。

 いくら親しくとも彼女たちは侯爵家の人間だ。外国へ嫁ぐ王女に付いて行くわけにはいかない。親しい侍女たちだっていつになるかわからないのに、一緒に来てくれることを期待するべきではない。

 そんな不安をずっと抱えていたのだから、それが解消された今は、嬉しくもあるが、やはり現実感がない。


「ねぇ、グレース」


 オリヴィアは伺うようにグレースを見た。そして先程の会話の続きのように言う。


「本当に、いいのかしら?」


 不安げな声はグレース以外に向けたことはほとんどない。

 この疑問に意味などなかった。オリヴィアはグレースが肯定するとわかっていることを敢えて聞いたのだ。

 普段、甘えることが許されないオリヴィアの、わかりにくい甘え方だ。それを察しているのかいないのか、グレースは優しい声で答えた。


「いいのですよ」


 オリヴィアは少しだけ泣きそうになった。


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