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ルイスと婚約したと伝えた時、マーシャもグレースも大いに喜んだ。
しかし同時に妥協して選んだのではないかと心配もされたので、オリヴィアは長年ルイスを好きだったことを告白しなくてはいけなくなった。
いつかは言うつもりではあったが、このタイミングでというのは、なかなか恥ずかしい。
彼女たちは驚いていたが納得もしていた。マーシャなんてなぜ気がつかなかったのだろうかと、頭を悩ませていたくらいだ。
父王にルイスと二人で報告に行った時も、条件に合致していたからか、あっさりと婚姻を許可された。
その前に侯爵家から書状を送ってはいたようだが、渋々許可されるのと快く許可されるのでは、心境が全く異なる。ルイスは心底ほっとしたような顔をしていた。
そうしてオリヴィアとルイスが正式な婚約関係になった後、婚姻のためにヴィズニアスへ行くのはエリオットだということが大々的に発表された。彼は来年、かの国へ婿に行く予定だ。
その前に結婚式を挙げてくれと軽い調子で頼まれたのだが、誠実なルイスは必ずそうすると約束してしまった。別にオリヴィアとしても異論はないのだが。
最近はよくルイスと二人でお茶をする。マーシャたちが気を使ってくれているのだが、その割にマーシャは兄にオリヴィアを一人占めするなと抗議するのだから、よくわからない。
今日も城の庭園で、ルイスと二人でお茶をしていたオリヴィアは、プロポーズの日のことをルイスから聞かれた。
最初に結婚しないかと言った時に、オリヴィアが泣いた理由を知りたがったのだ。言いたくないなら言わなくていいとは言われたが、あそこで泣いたことが原因で、ルイスはオリヴィアが自分との結婚を嫌がっているのだと勘違いしたのだ。それは、知りたいだろう。オリヴィアもあの時はわからなかった理由を、自分なりに考えていた。
「多分、その方がいいから結婚しないかっていうような言葉だったから、つまり好きなわけではないと言われたように思えて、失恋した気分になったのだと思うわ」
と、オリヴィアは自分なりに分析していたのだが、それを聞いたルイスはとてつもなく落ち込んだ。
「……本当にごめん、ヴィア様」
「えっ。わたしが勝手にそう解釈しただけよ。早とちりしただけ」
「いや……そうだよな。ヴィア様はずっと好きでいてくれたんだから」
ルイスとしては、オリヴィアが本当に恋愛事に興味を持てないのだと思っていたのだ。だから急にずっと好きだったなんて言っても恐がらせるだけだと思った。
自分と過ごす時間を増やして、他の男はなるべく近づかせないようにして、少しずつ気持ちが伝わるようにしなくてはいけないと思っていたのだ。
でもそんなことをしている間に、誰かにかっ攫われるかもしれないという恐怖もあり、悩んだ結果が、あのプロポーズというわけだ。お粗末にも程があるとルイスは反省している。
「ルイスはわたしを気遣って、そうしてくれたのでしょう?」
「あんまり未来の夫を甘やかしてはいけないよ、ヴィア様」
困ったように言われて、オリヴィアは顔が赤くなった。
以前は自分の気持ちを隠すことが上手にできていたのに、ルイスが同じ気持ちを向けてくれているとわかると、途端にオリヴィアは隠すことができなくなっていた。もうその必要もないのだけど。
「……わたしに甘いのは、ルイスのほうだと思うけど」
「そうかな。でもヴィア様は小さい頃はたまに甘えてくれたのに、段々と全然甘えてくれなくなったよね」
ルイスは寂しそうに眉を下げる。
「ヴィア様はもう覚えていないだろうけど、昔ここの生け垣に隠れて、ヴィア様が泣いていたことがあったよ。一人でヴィズニアスに行くのは怖いと言って」
オリヴィアは驚いてルイスを見た。
「……覚えているわ」
ルイスは目を見張ると、嬉しそうに笑った。
「ヴィア様に困ったことがあったら、僕が助けに行くって約束したことは?」
「……覚えてる」
オリヴィアは胸がじわじわと熱くなった。
「そうか。僕は絶対にその約束を守らなくちゃいけないと思ったよ。でもヴィア様はそれ以来、あまり甘えてくれなくなった。だから僕が頼りないんだろうなと思ったんだ。考えてみれば、困ったことがあったら呼んでって言った僕が、呼ばれて行って何もできないんじゃあ意味がないからね。だからいつかヴィア様を助けられるように、何でもできる人間にならないといけないと思った」
知っている。ルイスは何でもできる人間だ。でもそれは優秀だからだとオリヴィアは思っていた。
「それでもまだ甘えてくれないから、やっぱりまだ頼りないかな」
オリヴィアは思い切り首を振った。泣きそうだった。オリヴィアの大切な思い出を、ルイスもまた大事なことのように語ってくれる。
「違う。そうじゃなくて、ルイスがああ言ってくれたから、わたしはいろんなことが少しずつ大丈夫になっていったの。あの約束が、ずっと心の支えだったわ」
オリヴィアの手の甲に雫が溢れた。ルイスが立ち上がってテーブルを回り込み、オリヴィアの隣に膝をつく。
「もう、離れることはないけれど、これからもヴィア様に何かあったら、必ず僕が助けるから」
そっと抱き寄せられる腕に抗うことなく、オリヴィアはルイスの肩に顔を埋めた。最近は泣いてばかりいる気がする。
「……ずっと、一緒にいてくれるだけでいいの」
震える声で言うオリヴィアに、ルイスがくすりと苦笑する。
「嬉しいけど残念だな。もっとヴィア様に甘えてもらえるようにがんばらないと」
オリヴィアの未来の夫はやっぱり優しくて甘い。
また涙が溢れて、オリヴィアはルイスの肩に腕を回して抱きついた。
絶対に叶うことのないと思っていた恋は、今はもうオリヴィアの手の中にある。
なんか幸せな感じの話が書きたかったので。
読んだ後にちょっとでも幸せな気分になってもらえるといいなと思っています。




