第一章
9.
なんなんだよお……。
「こっちよ」
頭を振って、長い髪をなびかせた。そのまま廊下に出た。階段の方へ歩き出す。
ふたりだけで話せるチャンスだ。嫌われてんのかな、という不安と、それでも話したい、という気持ちが混ざって、でも結局どきどきを押さえられないままジェイドの後について歩き始めた。ジェイドが階段に足をかけた時だった。
「大悟さん!」
後ろから、キアスティンの鋭い声がした。足を止めて振り返る。
「ジェイドからなにか飲まされそうになっても、決して口にしてはいけませんよ」
……え? ジェイド?
その場に緊迫した空気が漂った。ジェイドも負けじと口を開いた。
「人聞きの悪いことを言わないで! あなたこそ、どうして今日に限って門を開いたの?」
「わたしではありませんわ」
キアスティンの返事に、「えっ」と、言葉をつまらせた。ジェイドの顔が怒りにゆがんだ。キアスティンの後ろに立っているアマンダを見ているのだった。
「あら、ごめんなさいね」
アマンダはわざとらしく笑った。
「なぜ、そんなことを!? 約束が違うじゃないですか」
「昔の話なので、すっかり忘れてましたわ」
アマンダは高笑いで返した。
「……白々しい」
ジェイドが口の中でぶつくさ言っているのが聞こえた。本気で嫌そうだった。つやつやの大理石の階段をのぼりながら、
なんか……この家やっぱり変だよな。
今更ながら入ってきたことを後悔し始めた。そこまで思って気が付いた。
ちょい待て。この家がどうとかいう前に、俺自身、どうなわけ?
例えばジェイドが俺のこと覚えてないなら、俺、ただの住居侵入者。ただのストーカー! 呼び鈴も押してないし、招待もされてない。勝手に中に入ってきたヤバいやつじゃん!
急に焦りに襲われた。
だからさっきからずっと、俺のことにらんだり、顔、そむけたりしてんのか?
間違いない。ヤバい。どうしよう。
不安になりはじめた。それでもやっぱり二人きりで話がしたかったから、おとなしくジェイドの後ろをついて行った。
「キアスティン」
華やかな声でアマンダは言った。ぎょっとしたようにジェイドが足を止めた。アマンダはちらりとジェイドを見て、さらにうれしそうに口を開く。
「ミアに、食事の用意をさせなさい」
ミア。
あれ? どこかで聞いたことある……?
思い出そうとする。なのに、記憶にもやがかかったみたいで思い出せない。
なんだろう、ミア……。
クラスの子だっけ? いや、空手道場の子か? 女子の空手部にもそんな名前の子、いなかったと思うけど。
思い出せない。アマンダが俺に視線を移した。そして、にっこりと笑った。
「せっかくだから、お夕飯も召し上がって行ってね」