第一章
8.
正面からお互いを見ているはずなのに、目が合わない。ちょっと顔を右に動かしてみる。瞳は動くんだけど、やっぱり目が合わない。左に動いてみる。やっぱりそうだ。
気持ち悪いんですけど。
アマンダはにっこり微笑むと、キアスティンに向かって口を開いた。
「この仕掛けをどうにかしてちょうだい」
「かしこまりました」
キアスティンはアマンダに優しく微笑み返し、部屋の一番奥に向かい、ライオンの足みたいな彫刻になっている机の脚を踏んだ。大きな音を立てながら、天井や床の一部が開き、のこぎりや刃物が吸いこまれるように引っこんだ。その後、開きっぱなしになっていた天井や床が、もと通りに閉じた。
「それにしても、なんてすてきな方なのかしら。ねえ、ジェイド」
アマンダが言うと、ジェイドはさらにふくれっ面になり、ふん、と、顔をそむけた。
ええっ⁉ そ、それはないんじゃないの⁉
俺はその怒ったみたいな横顔を見つめた。もしかしたら俺のこと、忘れてんのかもしれない。でも……だめだ。見てるだけで心臓が破裂しそうにときめく。痛いくらいだ。
やっぱ俺、ジェイドが好きだ。
「大悟さん、お知り合いになれてとってもうれしいわ」
アマンダの声で我に返った。
「あ、こ、こちらこそ」
俺もへこへこと頭を下げた。と、その時だった。
「大変! あなた、怪我をなさってるじゃないの」
声は華やかなのに、やっぱり棒読みに聞こえるんだよな。
「ジェイド。すぐに手当てをして差し上げて」
あんまりうれしくてジェイドを見た。なのに……彼女はあからさまに顔をしかめていた。
まあ、期待はしていなかったけど、そんな風にされるとやっぱり切ない。
怪我、と言われて思い出した。改めて見てみると、ズボンが破れ、その間から切れた皮膚が見えた。血は出ているけれど、もう止まっていた。
「あ、いいです、かすり傷なんで」
笑って見せた。足の傷よりも胸の方が痛む。ジェイドに嫌われてるみたいだから。
「そういうわけにはまいりませんわ。さあ、ジェイド、急いで」
「あ、でも、いいって言ってるじゃないですか」
え?
耳を疑った。
ええーーーっ⁉
な、なんなんだ、その塩対応。一応、怪我人だぞ。
ジェイドと目が合った。と思ったら、すぐに顔をそむけられた。彼女に向けた笑顔だけが妙に虚しく顔に張り付く。
なんでだよーーーー!
「それと」
俺の混乱には気づかないように、アマンダは美しく笑った。
「お洋服も台無しね。お部屋で着替えていただいて」
それで、改めて制服を見た。ポケットに入れたラズベリーがつぶれて、紺色のズボンに毒々しい色のシミを作っていた。それは、血液のようにさえ見えた。
「い、いえ、だいじょうぶです」
さすがに焦った。初めて会った知らない人の家で着がえるとか、マジでない。
「だ、だいじょうぶですから」
「ご心配なさらないで。お洋服はたくさんあるの。ご自由に使っていただいて構いませんのよ」
ちらっとジェイドを見る。
「失礼のないように、ちゃんとお着替えをお手伝いするのですよ」
「……承知いたしました」
憮然とした態度でジェイドが返事をした。
な、なんだ? 着替えを手伝う、って。
どっきん、と、胸が高鳴った。着替えを手伝うとかいって、実は、「好きよ」なーんて言って、そのままベッドに押し倒されて……などと、いけない妄想をしてしまい、慌てて打ち消す。
いや、妄想です。あくまで、願望だけですから。
と、自分に言い訳してみる。
ジェイドは呆れたみたいに俺を見て、ぷいっと顔をそむけた。