第一章
6.
よくわかんないけど、足だけは勝手に走り続けている。後ろで聞こえる早送りの声の悲鳴に振り返ってみると、さっきの人が後ろの人たちの中に転がり込み、残りの人たちが声を上げていた。
な、なんかよくわかんないけど、ありがてえ!
地面を転がって体勢を立て直し、裏庭を駆け抜け、反対側の横庭に出た。
逃げ切れるか⁉
家の角を曲がり、正面に出た。反対側の横庭から、大量のオッサンたちが現れた。
こうなったら、家の人に助けを求める以外に逃げ道はなかった。
「誰か!」
玄関に続く五段ほどの石の階段を駆け上がった。半分崩れかけ、ヒビだらけの階段は、俺の重みで傾いた。手すりにつかまると、きしんだ音を立ててサビだらけの鉄の部分が崩れ落ちた。転びそうになりながら玄関の前に立つ。
拳で、だんだんだん、と木の分厚い扉をたたき、
「ジェイド! 助けてくれ!」
と、叫んだ。
「ジェイド、だって?」
ぎょっとしたようなスティーブの声がした。振り返ると、スティーブが険しい表情で階段の下で立ちすくんでいた。その後ろにはシャベルやつるはしを持った小さいオッサンたち。五十人、 いや、百人……。
「お前、ジェイドに会いに来たのか?」
「え、あ、はい」
向こうが覚えていないと言ったらそれまでだけど、会いに来たかと言われればたしかにそういうことになる。
スティーブは仲間のオッサンと顔を見合わせて、早送りの声でこそこそ話しはじめた。
「だったら早く行けよ!」
話し終わると、イライラと怒鳴った。
「え?」
「あいつなら中にいる。一番手前の部屋だ」
気味の悪い顔で笑った。
「早くしろよ! 鍵なら開いてるぜ!」
もどかしげにスティーブが声を上げる。歯の隙間から抜けていくような笑い声に、ぞっとした。
なんでいきなりこうなるんだ……?
戸惑いは隠せない。それでも、ジェイドに会えると思っただけで胸が苦しくなる。震える手でドアノブを引いた。
「おじゃまします……」
キイイイイ、と、きしんだ音を立て、重い木のドアが開いた。
妙に薄暗い。開けた玄関、玄関の右側の壁には妙に汚れたドア。正面は広くて長い大理石の廊下になっている。天井には高そうなシャンデリア。
なんだよ、この家。
外から見たら普通の大きな家。なのに、なんで中がこんなに広いんだ?
なんか気味悪いぞ。
「あの、すみません……」
玄関がないので靴のまま中に入った。ひんやりとした空気に包まれた。と、いきなり明るくなった。ものすごく高い天井にぶら下がった古い木でできたシャンデリアに、ろうそくの灯がともっていた。
誰かに見られているような気がした。
恐る恐る廊下を歩く。一歩足を踏み出すたびにぞわっと心臓が震える。廊下が終わったところで、右側に二階に続く階段が現れた。その先はだだっ広い円形のホールのようになっていて、壁際にたくさんの同じ形のドアがならんでいた。
やっぱこの家、おかしくねえ?
心臓が不気味にどく、どく、と、音を立てる。それでもやっぱりジェイドに会いたかった。
「ジェイド?」
返事がない。見えない視線を感じながら、左側にある一番手前の部屋のドアを開いた。
そうしたら、ああいうことになったのだった。