第一章
2.
ジェイドは、しまった、というように目を見開いた。
「俺、大悟! 覚えてるかな、ずっと前に会ったことあるんだけど」
体を近づけると、ガタン、と、大げさな音がした。
「その話はあとで!」
「ええっ⁉」
手首を引っ張られ、二人で床を転がった。転がっているだけなのに、天にも昇る思いだった。
やったあああっ! めっちゃどきどきする!
ズゴッ。
空気を切り裂き、床から先のとがった太い棒が突きだした。と思ったら、追いかけてくるみたいに床下から次々と棒が出てくる。
ズゴッ。
その太い棒が俺の制服のズボンを切り裂き、太ももをかすった。
「あつっ……」
皮膚が裂け、血が一筋流れ落ちた。
本気で俺を殺す気か!
パニックで頭の中が真っ白になった。
「ちょっと、我慢して」
ぎゅっと抱きしめられた。大きな胸が俺の体に押し付けられて……なんか、別の意味でヤバいっていうか、どきどきするっていうか。
そのまま宙に浮いた。
へ?
ヒュン。
と、耳元で風が唸った。鏡みたいに表面を磨かれた大きな剣が俺の背中すれすれに通り過ぎ、床に刺さった。
俺を抱いたまま、ジェイドは、とん、と一度軽やかに床に足をつけ、もう一度飛び上がった。
同時に槍や刀、刃物などが壁や天井から飛び出し、今まで俺たちがいたところへと突き刺さった。
「こっちよ!」
体を離し、俺の手をにぎる。引っ張られてつんのめりそうになりながら足を動かした、その時だった。
「なにやってるの、ジェイド」
冷たく固い声が響いた。
「キアスティン……!」
ジェイドは表情をこわばらせ、立ち止まった。俺はそんなに急に止まることができず、派手な音を立てて床に転がった。頭と腰を床にぶつけた。
「いてて……」
「あ、ごめん」
ジェイドはそれでようやく我に返ったみたいだった。
「だいじょうぶ?」
助け起こされながら、声の主を見た。
びくん、と、体が震えた。
いつの間に現れたのだろう。
部屋の奥に、二十代後半くらいの目元のすずしげなきれいな女の人が冷たい笑みを浮かべて立っていた。体にぴったりと張りついたドレスの胸元ははちきれんばかりに膨らみ、谷間が見える。くびれた腰、形のいいお尻、金髪のウエーブがかったロングヘア。
この人も、ジェイドに負けず劣らず美しかった。あまりの美しさに身動きも取れずにいると、
「何見とれてんのよ!」
ジェイドに怒られた。
「あ、いや。そういうのじゃなくて」
「嫉妬は見苦しくてよ、ジェイド」
キアスティンと呼ばれたその人は美しくほほえんだ。
「行かせて」
ジェイドはわずかに顔をゆがめた。
「アマンダに見つかる前に、この人をここから連れ出すの」
「もう、手遅れだと思うけど」
呆れたようにキアスティンが肩をすくめた時だった。
「これは、なんの騒ぎなの?」
後ろから厳しい女の人の声がした。振り返ると、開かれたドアの前に、ものすごくきれいな四十代くらいの女の人が立っていた。やはりこの人も、昔のヨーロッパの人みたいなすっとした白いドレスを着て、金髪を高く結い上げていた。けれど……キアスティンの服よりももっと胸元が大きく開いていて……ちょっと、下半身が危なくなりそうだった。