第一章
1.
心臓が、狂ったように高鳴っていた。
「誰かいませんか?」
血の気が引いた指でおそるおそるドアを開くと、大広間が現れた。古い木のシャンデリアが薄闇に浮かびあがった。壁際には大きくて立派な木の机とイス、ひとりがけのソファ、大きな書棚。
でも、人影はない。
部屋、間違えた?
踵を返そうとしたとき、体が宙に浮いた、気がした。
「うわっ!」
紫色の光に包まれていた。ものすごい勢いで体が部屋の中に吸い込まれ、背中が向かいの壁に押しつけられた。間髪入れずに、激しい音を立ててドアが閉まった。視界の端でなにか光った。鋭く大きなのこぎりが、回転しながらこっちに向かってくる。
狙いは、喉だ。
さっきのオッサンたちの下卑た笑顔が脳裏をかすめた。全身から冷たい汗が噴き出す。
騙された? でも、なんでこんな……!
逃げたいけど、手も足も壁にぴったり貼りついて動かない。風を切るような音。のこぎりの刃が、すぐそこに。
やべ。やべ、やべ……やべえぞ!
「力を抜いて!」
女の子の声で我に返った。ふっ、と息をつくと、俺を押さえつけていた力が急にゆるんで床に崩れ落ちた。
「失礼!」
誰かに抱えられて床を転がった。すぐ後ろでガツン、と、刃が壁に食い込む音がした。
「だいじょうぶ?」
かすれた声。恐怖で、心臓が破裂しそうなくらいに高鳴っている。
おそるおそる目を開くと、そこにはおれと同じ歳くらいの女の子がいた。そのかわいさに、動きが止まった。茶髪のストレートなロングヘア、きれいな形の唇。薄い布を何回か巻き付けたみたいな感じのひらひらしたドレス。
目が合った。
その青みがかった灰色の目を見たとき、ずっと忘れてた熱いものがビリっと全身を貫いた。
「ジェイド! 君、ジェイドだよね⁉」