09 アンドレ・ヘルグレーンという男。 02
前話から続くアンドレ視点を多く入れたアンドレ説明回です。
もっと堅物でどうしようもなく離縁されても仕方のない男として書いていたのですが・・・
アンドレが言うことを聞きません\(^o^)/
最初の構想ではザマァまったなしの男だったのに何故こんな展開に!
イルヴァ視点では描かなかった細かい触れ合いも追記しつつ・・・
――――その令嬢は、濡羽色の黒髪、真っ白な肌、アーモンドの型の大きな黄金の瞳は気まぐれな猫の様に目尻が少しはねていて、一見すると近寄りがたい夜の女神の美を誇るイルヴァが、微笑むと両頬に小さなエクボが出来る。
美しいのに愛らしい侯爵家令嬢は、少し前に十五歳を迎え、今年開催されるデビュタントに参加する予定の令嬢だった。
若い令嬢にしては落ち着いた色味や装飾を好む所も、派手な女性に見慣れたアンドレには新鮮に映る。
会話をしてみれば、3つ年下だというのに博識なのか会話が弾み、アンドレは初めて時間を忘れた。
こんな令嬢は初めてだった。
――――彼女を妻に娶りたい。
アンドレは過ごす時間と共に強く思うようになった。
では、そろそろ・・・の所で、性急なのは承知の上で婚約を申し込んだ。
イルヴァは少し頬を染めてお礼を言うと「婚約を申し込んでくれるのは嬉しいのですが・・・」と前置きした上で、
「ヘルグレーン様と婚約し、やがて婚姻するのであれば、私は浮気は絶対許しません。跡継ぎを産んだとしても、男女の情は夫婦だけのものとしての生活を望みますので。この発言も、次期公爵様に不敬である事を分かっていながら発言しています。こんな私の拘りは、貴族の常識としては正反対だということは承知しております。先程のお申し出も、撤回して頂いて構いません。」
と、言ってきたのだ。
アンドレはまさかこんな事を言われるなんて思っていなかったが、心中は歓喜に震えていた。
(こんな素晴らしい考えの令嬢がいるとは!私も不貞や愛人とは無縁の夫婦関係を望む。願ったり叶ったりではないか。)
「私も浮気は許せない質だ。貴方のその条件は私にとっても最高の条件だよ。必ず守ろう。」
嬉しくて思わずイルヴァの手を取り握りしめてしまった。
そして、ふと・・・悪戯心も手伝って、とてもいい案が浮かぶ
「こんな価値観を持つ令嬢は居ないと思っていたから、私も嬉しい。今日この場に来て本当に良かった。証明書を作って互いに一部ずつ持とうではないか。これは大切な契約だ。破棄することは離縁を意味する。大切にしよう。」
と提案をした。
イルヴァは大輪の華の様に微笑んで、とても嬉しそうにお礼を言ってくる。
「それが本当であれば、この度の婚約、謹んでお受けしたいと思います。」
キラキラと黄金色の瞳を輝かせ、了承してくれた。
後日、作成した証明書を持ち侯爵家を訪れた。
そして、微笑み合いながら、証明書にサインをしたのだ。
六人の婚約者候補が居た。
最後まで残ったのは、アンドレの男としての矜持も公爵家としての面子にも泥を塗ってきたけれど、
イルヴァと出会う為の布石だったのかとすら思えた。
証明書の後も侯爵家に残り、イルヴァとお茶を楽しんだ。
イルヴァの案内する庭も散策し、途中そっと手を繋いだ。
その幸せな時間に、アンドレは恋をしたのだと理解した。
やがて、この美しく愛らしく聡明な夜の女神を、自分は深く愛するだろうと。
イルヴァの黄金の瞳にも自分と同じ恋の煌めきが宿っているのがわかる。
胸の高鳴りを宥めながら、前回よりも後ろ髪引かれる思いで侯爵家を後にした。
二日後に、公爵家で婚約の書類を整え署名することを約束して。
私は何て幸運な男なのだろう。アンドレは思った。
――――二日後、ハルネス侯爵とイルヴァ嬢が婚約申請書へ署名をする為に、公爵家を訪問した。
申請書とは、必ず新郎側の家が婚約として互いの家の利益と、破棄された場合の賠償などを記載して新婦側の家へ確認をして貰う。
そこで、追加や変更などが無ければ署名と家紋の印を捺して成立する。
婚約の書類の署名捺印を終えれば、今度は婚姻後の相互利益などの詳細を当主同士で話し合うので、婚約するアンドレとイルヴァらは参加しない。
滞りなく婚約の書類へ署名捺印を終えて、婚姻後の話になった父親達を執務室に残し、アンドレとイルヴァは公爵家の見事な庭園を二人で散策する事にした。
―――古くから脈々と続く高貴な血筋と影響力に資産家の公爵家、今や国一番の莫大な販路を築いた商魂逞しい商会を背景に経済的に力をつけた侯爵家が婚姻に拠って強い縁を結べば、天井知らずの相乗効果が望める。
当主同士笑いが止まらない。
公爵としては尚嬉しいのは、堅物の息子が令嬢に好意を抱き始めていると分かる事だった。
「本日、顔合わせであると分かっていましたが、我慢が出来ずに性急に婚約を申し込んでしまいました!」
妻に似た美貌を持ちながら、年頃にしては頭が固く女性に奥手だった。
寄って来る女性は多いが、そのどの誘いにも受けないのだから。
二年前の婚約一歩手前までいった、例の愚かな伯爵令嬢との事が間違いなく尾を引いていた。
それもすぐ後に母親も亡くしてしまったのも大きく、結婚相手として最も魅力的なアンドレには毎日のように大量に縁を乞う釣書が届いた。しかし息子の心中を思えばこそ積極的に勧められずにいた。
そんな日々が二年続き、知人繋がりでハルネス侯爵の娘との婚約の話が出た。
期待せず顔見せを提案してみれば、意外にもあっさりと承諾してくれたではないか。
あれから二年・・・やっと今日を迎える事が出来たことが有り難い。
政略結婚とは名ばかりの恋愛結婚の様な仲睦まじい様子がすぐに見られる様になるだろう。
これ以上を望めない程の縁に恵まれたと喜ぶのだった。
穏やかな陽射しが降り注ぐ、心地の良い天気に恵まれた庭園を、イルヴァの手をそっとアンドレが取り、エスコートしながら庭を歩いた。
今日のイルヴァの装いは、華奢なイルヴァに良く似合うスレンダーラインの型で光沢のある紺色の生地に、胸元、袖、腰回りにアンドレの瞳の色を思わせる、シルバーグレーの銀糸が使用され、精巧で大きめな花の刺繍が連なる様にいくつも施されている。
フリルやコサージュや宝石などを使った様な華美な物ではなく、最高級であろう生地に拘った上質なドレスは彼女に良く似合っていた。
わざわざアンドレを連想させる物を取り入れてくれた事に、自分でも胸が高鳴るのが分かる。
アンドレ自身も、上着の襟、袖などに金の蔦模様が華やかに施された物を選んでいたからだ。
「貴方の色が少しでも入ってる物を。」と口にまではしないが、ふと気付いてくれたら嬉しいなと思いこれにした。
示し合わせた訳ではないのに、同じ事を考えてくれた事が嬉しい。
ジッと見られている事に気付いて、イルヴァに視線を向ける。
イルヴァは白い頬をほんのりと染めて「一緒ですね。」と言った。
「はい。ハルネス嬢も・・・」
「イルヴァと。イルヴァとお呼び下さい。」
「イルヴァ・・・で、では、私の事はアンドレと。」
「は、はい・・・。アンドレ様・・・恥ずかしいですね。」
初々しいやり取りをする二人。
庭園の花々が柔らかい風に揺れる。
イルヴァの頬に掛かる髪をアンドレはそっと払う。
シルバーグレーの瞳と、金色の瞳が何かを期待して見つめ合う。
二人の空気が熱を持ち始めた気がした。
そこでキスでも出来ればアンドレは未だ清い身ではなかったであろう。
イルヴァの愛らしい柔らかそうな唇を奪う度胸がない。
それでも何かを残したくて、アンドレも熱くなる身体に戸惑いながら、その熱を移すかの様にイルヴァの手を取り、手の甲に恭しく口づけるに留めた。
イルヴァは頬どころか顔全体を真っ赤にしてしまったが。
ランキングが3位になっていました、有難うございます(*´ω`*)
なろう読者様は寛容な人が多い事が私のランキングに現れている!と思います、はい。
こうやってたくさんの方に読んで頂けて本当に幸せです。
これからも、隙間時間にでも続きを読みに来て貰えたら嬉しいです(*^^*)