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アンドレ登場。
「アンドレ様ぁ! お逢いしたかったですわ! 今、奥様にアンドレ様にお逢いしたいとお話しした所でしたのよ。」
甲高く甘えと媚びを含む耳障りな声に名前を呼ばれる。
今にも駆け寄りそうなカルロッテを手で制し、イルヴァの様子を窺う。
普段、淑女の仮面をしっかりと付け対応するイルヴァが、見て分かる程に表情が強張っていた。
――――また、辛い思いをさせてしまった。
イルヴァの傍に寄り、イルヴァの腰に手を回し引き寄せる。
「カルロッテ嬢、お久しぶりです。息災でしたか?」
何の思いも含まぬ平坦な声で淡々とカルロッテに話しかける。
カルロッテはイルヴァの腰に回されたアンドレの手を物凄い顔で凝視していた。
視線をアンドレの顔へと慌てて動かし、取り繕った様に笑みを顔に貼り付けた。
「ええ、身体の方は元気にしてました。心の方は……アンドレ様と同じ気持ちでしたわ。」
「そうですか。それで今日は私の妻にどんな御用で?」
この部屋に設置されてある盗聴の魔道具で大方の話は聞いていた。
有りもしないウソを吐きイルヴァを傷つけていたことも。
「……私の口からは言いづらいですわ…。まるで強請っている様に聞こえそうで。
今日は、イルヴァ様にご挨拶に伺ったのです。
直ぐにとはいきませんが、ゆくゆくはアンドレ様の愛人になるのですもの。ご挨拶するのは大切ですものね?」
厚顔無恥、唯我独尊を体現した様な態度だ。
「愛人…? 私は愛人を持つ気も予定もありませんよ。
まして貴方に愛人になってくれなどと約束した覚えもありません。
何故その様な虚言をイルヴァに…?」
自分の身体を冷たい怒りが駆け巡るのが分かったが、必死にそれを抑える。
――どんなに苛立とうとも、今はその時ではない。
「――アンドレ様? 私達、あんなにたくさんの時間を共に過ごしたではありませんか。
無口な貴方が言葉にせずとも、感情豊かな瞳と態度で充分伝わりましたわ。
わたくし、分かっております。
公爵様とイルヴァ様に気を遣われて…お言葉に出来ないアンドレ様の気持ちも。」
心得たとばかりに何度も頷いてみせるカルロッテ。
「私の気持ちは私が良く分かっているので、カルロッテ嬢の気にする所ではない。
さも私の願いに因って設けた時間とでもいう様に、長い時間を共に過ごしたと貴方は言うが、
そもそもあの時間は“高貴な方に迫られて、恐怖を感じている”という貴方に、
懇願され、そのお相手が第二王子だと判明したから、仕事上仕方なく付き添っていたに過ぎない。」
は?と尋ねる様にカルロッテの口が開く。
アンドレの話す内容が信じ難いとでもいう様に、ポカンとした顔でアンドレを見つめ続ける。
「扉の外で話を聞いていたが、カルロッテ嬢は妊娠の可能性があるのでしょうか?」
「え…いえ、可能性の話でございます。」
カルロッテが歯切れ悪く返答する。
「もし可能性があるとすれば大変な事になる。貴方がもし妊娠しているとすれば、それは第二王子との子。
第二王子は隣国の王女との婚約を控えた大事な時期だ。
醜聞どころの話ではなくなる。場合によっては、貴方諸共処分対象になるかもしれませんが…
本当に妊娠の可能性はあるのですか?」
カルロッテが“処分”という言葉にびくりと身体を揺らし怯える。
「私と貴方の子では無い事は、貴方も私もよく分かっている筈だ。
私達はあの如何わしい場所の二階ではなく、一階で飲食するスペースから動くことはなかった。
触れ合う事も言葉遊びする事もなく、ただ座っていただけなのは覚えている。」
アンドレが言葉を発する度に、カルロッテの顔色が悪くなってきた。
イルヴァとの関係をこんなアバズレに壊されてたまるか。
アンドレの怒りに震える身体に気付いたイルヴァは、宥める様にアンドレに寄り添う。
イルヴァへと回した腕に力を込めて更に引き寄せる。
途端に感じるイルヴァの身体の温もりは、アンドレを落ち着かせた。
チラとイルヴァを見下ろす。
視線を感じたイルヴァがアンドレを見上げた。
絡む視線にどちらともなく微笑んだ。
見せつけられた形のカルロッテは突然叫んだ。
「何よ!!!!! アンドレ様の隣のその場所! そこは貴方の場所では無いわ! 本当であれば私の場所よ!
早く退きなさい!」
吠える様に叫びながら、アンドルとイルヴァに近付き、そのままイルヴァに掴み掛かろうとした。
危険を察知しアンドレは咄嗟にカルロッテを突き飛ばし、イルヴァを守る様に胸に抱え込む。
「もうたくさんだ!入ってこい!」
ぎゅうぎゅうとイルヴァを抱き締め、アンドレが怒鳴る様に扉の外の者達に合図した。
有難うございました。




