14 アンドレ・ヘルグレーンという男。 6
「アンドレ様!こちらにいらっしゃったのですね!」
いつもの甘ったるい声が耳に届いて、一気に不快な気分になる。
何処で見られているのか、気味が悪いが私のスケジュールでも把握しているかの様なタイミングで現れる。
仕組まれた何かでもあるのか。
無言で振り返り、小走りにこちらへ向かってくる彼女を待つ。
正直、父親の命令でなければ待つ事もしたくないのだが。
私は一週間前、元婚約者候補のカルロッテ・ベンヤミンから聞いた話の内容を父に全て伝えた。
あの高貴な身分の方と言っていた人物が、隣国の王女の婚約者に内定している第二王子かもしれないと。
我が公爵家は第一王子派であり、私は皇太子の側近でもある。
第二王子の醜聞は、皇太子に降りかかる火の粉や隣国が関係していなければ、一顧だにもしない話だ。
それが今回は・・・その中でも最悪だ。
隣国の王女との婚約も控えている第二王子が女性関係での醜聞。それも過去に公爵家との間で醜聞に塗れ、その後の対応もお粗末の一言に尽きた上、周りを巻き込み引っ掻き回した後に結んだ婚姻も、たった二年も経たず離縁した女。
どんな爆弾を抱えているのか、第二王子は分かっているのか。
父はその女が言う話の信憑性を確かめる為にすぐ動いた。
情報収集の結果、あの女の相手は、第二王子で間違いはない事実だった。
あの女が言う様に付き纏ってるという話ではなく、婚約を結ぶ前の火遊びといったところ。
体の良い遊び相手にカルロッテは選ばれたという訳だ。
遊ぶとしても、もっと口も固く良識を持つ未亡人にすればいいものを。
何故、一番選んではいけない相手など選んだのか。
我が主君曰く「たまには毛色の違うのを試したいのではないか?趣味が悪い毛色だがな。」と嘲笑っていた。
第二王子は流石に大っぴらに口説いてはいないものの、スキあらば自室にカルロッテを引き込んでいるらしい。
後は推して知るべしというヤツだ。
王女には、第二王子のこの悪い遊びについては、まだ伝わっていない。
だが、スキあらば連れ込んでいる今、バレるのも時間の問題でしかない。
早急に馬鹿を更生させる必要があった。
第二王子に、今の立場を思い出させ、説き伏せる間の時間稼ぎ役が必要になる。
その役に、忌々しい事に私が指名された。
あの女が毎日の様に私に声をかけ、気味の悪い言葉を垂れ流すせいだ。
国の為と言われれば断る事も出来ず、断るなら王命に変わるだけだと脅される。
「妻にこの現状を説明してもいいでしょうか。」と言う私に対して、皇太子は「時がくれば。」と答えた。
ああ・・イルヴァに余計な誤解など与えたくはない。
私達二人は、これからだというのに。
知られてしまったら、どれだけ傷つけてしまうのだろうか。
――――胸が酷く痛んだ。
この問題が持ち上がる前ですら、目の回る忙しさだった。
それに加え、今回の第二王子の問題が持ち上がってしまえば、帰宅時間が深夜を超える様になるのは必然である。
日々は過ぎていった。
少しの時間があれば、なるべく屋敷に帰る様にした。
イルヴァと過ごせずとも、同じ場所に居たかったから。




