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駅に居つく何か

作者: もぐのすけ

「しまった寝過ごした……!」


 会社で残業をしていたせいで、駅に着いた時には終電がギリギリ出発するところだった。

 何とか乗れたことに安心した私は、仕事の疲れと相まって睡魔に襲われ、眠りこけてしまった。

 私が起きた時には目的の最寄り駅は遥かに過ぎ去ってしまっており、終点とはいかないまでも聞き慣れない駅に着いたところであった。

 寝過ごしてしまったことから勢い余って降りてしまったが、その駅の周りには建物らしきものもあまり見当たらず、寝泊りできる施設も見当たらない。


『プシュー。』


 音を立ててドアが閉まり、ゆっくり進んでいく電車を眺めて、私は降りる駅を間違えたなと心の中で悔やんだ。

 せめてもう少し栄えた駅であればタクシーなども止まっていただろうに、よりにもよってこんな過疎ってる駅に降りてしまうとは。

 これでは不用意に動くことも出来ない。


 辺りを見回すも一面畑。

 日中帯に見ればのどかで心が洗われる良い環境だと思ったかもしれないが、外灯も少なく人気ひとけの無い真夜中では、不気味というほかない。


 私の通る路線にこんな場所があるとは知らなかった。

 基本的に会社と反対方向なんて行くことなどないため、この駅もまた無縁である。


「0時20分…………。始発までかなり時間があるな」


 携帯で駅を調べると自分の最寄り駅からはかなり離れており、歩いて帰るには厳しく、何より億劫だ。

 それならばここで一夜を過ごした方がいい。

 幸いにも明日の仕事は休みだ。

 寝転がれるベンチもあることだし、不本意ながらもここにとどまるとしよう。


 私は近くのベンチに腰掛けた。

 8月半ばではあったが、今日の夜は比較的涼しい。

 これが熱帯夜であったら耐えきれなかったが、これぐらいの気温であれば寝苦しくもないだろう。


 じーわ、じーわ、じーわ。


 りーん、りーん、りーん。


 何の虫だろうか。

 静かすぎる空間に響き渡る昆虫達の合唱団。

 姿が見えなければ聴き心地のいい、素晴らしいものだ。


 少しの間、それをバックグラウンドに携帯をいじる。


 しばらくしたのち、目が疲れてきたので携帯をしまってベンチに横になった。

 駅で寝るなんて初めての経験ではあったが、仕事疲れのせいか、しばらくするとウトウトし始めた。



 ズッ…………ズッ…………ズッ…………。



 虫の鳴き声じゃない何かの音がした。

 何に似ているかと言えば、物を引きずるような音。

 コンクリートの上を荷物か何かを引きずっている音だ。

 それはゆっくりではあったが、確実に近づいてきている。


(こんな時間に、人が……?)


 私は起き上がり、周囲を確認するも人影らしきものは見えない。



 ズッ…………ズッ…………ズッ…………。



 しかし確実に音は聞こえる。

 音の出所を探そうと耳を澄ますと、それは私とは反対側のホームから聞こえてきていた。

 ホーム内の明かりが少ないせいで反対側があまり見えないが、よく目を凝らしてみると何かが動いているのが見えた。


 あれはおそらく…………人だ。


 ボロボロの衣服を纏った人らしき物体が、両手を使って這うようにして進んでいるのだ。

 そのあまりに異様な光景に私は息を呑んだ。



 ズッ…………ズッ…………ズッ…………。



 顔や体を地面に擦り付けながら、その物体は這うようにしてゆっくりと左から右へと進んでいた。

 私はその物体から目を離すことが出来なかった。

 目を離した瞬間、カサカサカサカサ! と、こちらへ向けて動き出してきそうで、音を立てないように全神経を向けることで精一杯だった。


 幸運にも、どうやらその物体はこちらに気付いていない様子で、ゆっくりと私の正面から右へと這っていった。

 

 その間、約5分。


 過ぎ去った後、私は久々に息を吐いた気がした。

 まだ見える所にいるが、通り過ぎていった安堵感。

 おそらくあれは見つかってはいけないたぐいのものだ。


 この世ならざるもの。

 そんな気配を感じた。


『ティロン♪』


 携帯の着信音が不意に鳴った。

 バカ! と心の中で携帯に叫んだと同時に、這っていた物体にすぐさま目を向けた。


 物体の動きがピタリと止まっていた。


 まるで音の出所を探すために耳を澄ましているかのように、微動だにしない。

 私もまた微動だにできなかった。

 心臓の音がバクバクと激しく鼓動を打ち、その音すらもアレに聞こえてしまうのではないかと思った。


(バレないでくれ! 頼む!)


 物体がゆっくりと向きを変えた。

 願いも虚しく、それはまさしく私がいる方向で動きが止まった。


 バレてる。


 私の足が一歩後ろへズッ、と下がった瞬間、物体は先程までの速度とは打って変わり、這った状態で勢いよくこちらへと向かってきた。


「う、うわああああああ!!」


 物体はホームから線路上へと落ちた。

 そこまでは見えたが、私は急いで出口へと走り出したため、あとの姿は分からない。

 しかし、線路上の砂利をガシャガシャと進む音が聞こえていることから、私の方へ向かってきていることは直ぐに分かった。


 私はホーム出口の改札まで走り込み、通り抜けようとしたが、『ピンポーン』と改札が閉まった。

 そんなもの、飛び越えれば良かった話だが、混乱していた私は急いでICカードをポケットから取り出そうとしていた。


 焦れば焦るほどポケットから抜けない。

 なおも背後からペタペタペタペタペタ!! と追いかけてくるような音が近づいてきていた。


 やっとの思いで取れたICカードを改札に触れさせ、開いた改札の扉を私は勢いよく走り抜けた。


 ピタリと背後から追ってくる音が止まった。

 見ると、改札出口の手前で這い寄ってきていた何かが止まっていた。

 なおもうつ伏せの状態で、顔は全く見えない。


 しかし、悔しがっているのだろうと私は思った。


 その物体はしばらくするとゆっくり反転し、また這った状態でゆっくりとホームへと帰っていった。


(アレは駅から出れないんだ…………)


 放心状態となっていた私は、時間をかけてでも歩いて帰ることにした。


 それ以来、この駅に来ないためにも寝過ごすことはなくなった。

 未だにあの物体が何だったのかは、私にも分からない。

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